第21話 フェイスツリーのジンメンさん



「飛ぶのじゃ、バハムー!」

「はっ!」


 バハムーさんが俺を乗せる事を渋っても、それを無視したマリーちゃんの言葉によって、そのまま飛び立つ。

 走って帰る事にならなくて良かった……。

 今度ここに来る時は、バハムーさん以外の移動手段が欲しい所だな。



「はぁ……さすがに今日は疲れたよ……」

「ユウヤさん、頑張ったものね」

「あの頑張りは見事なものじゃ。マリーも見直したのじゃ!」


 城に戻って夕食も頂いて、今は寝る前のまったり時間。

 体の疲れはそこまで感じないが、さすがに精神的には疲れてる。

 人の手であの広さを耕すのは、相当な精神的重圧になるからな。

 ……東京ドーム数個分はあったぞ?


 とにかく、俺を労ってくれるカリナさんと、マリーちゃんの言葉を素直に受け止め、ベッドへと倒れ込む。

 例えマリーちゃんの言葉が、カリナさんに吹き込まれたから棒読みだとしても、俺は気にしない!


「本当は、もっと時間をかけてゆっくり準備する予定だったのじゃ。でもおかげで、運動会の準備が順調に進みそうじゃ!」

「そう、それは良かったわねぇ」


 ベッドにうつ伏せになりながら、マリーちゃんとカリナさんの話を聞くともなしに聞く。

 予定より時間を短縮できたのか……頑張ったかいがあったなぁ。


「本当は、専門の魔物を呼ぶ予定じゃったが……ユウヤのおかげなのじゃ」

「そいつはどうも……って、専門?」

「そうじゃ。整地するための能力を持った魔物もいるのじゃ。その者達に任せるより速かったじゃ」

「……何で俺に任せたの?」

「身体強化(極限)を持っていたからじゃ。……本当は、どれだけできるか試すだけのつもりじゃったのじゃが……つい全部任せてしまったじゃ」

「……はぁ……まぁ、良いか」


 本来なら、耕す事を専門にする魔物がいて、その魔物に任せるつもりだったらしい。

 だったら最初から俺に頼まず、その魔物達を頼れば良かったのでは……? とも思うが、娘に頼りにされて、悪い気のする父親はいない……はず。

 これで少しでもマリーちゃんが俺の事を、父親だと認めてくれれば良いか。


「さて、そろそろ寝ましょうか?」

「わかったじゃ、カリナママ……ふわぁ……」

「ふふふ、お眠なのね」

「今日は頑張って、マリーも魔法を使ったのじゃ。少しくらいは疲れてるのじゃ……」

「そう。それなら、ゆっくり寝ないとね」


 マリーちゃんも、今日は魔法で頑張ったようだ。

 確かに、あの水を降らせる魔法だとか、石を弾けさせて砂にする魔法だとか、凄かったもんな。

 魔法を使うという事がどれだけ疲れるのか、俺にはわからないが……小さい体で頑張ったんだと思う。

 もしかすると、マリーちゃんも、俺やカリナさんという親代わりになってくれた存在に、良い恰好を見せたかったのかもしれないな。


「それじゃ、おやすみなさい。ユウヤさん、マリーちゃん」

「おやすみ、カリナさん、マリーちゃん」

「おやすみじゃ、ユウヤパパ、カリナママ」


 昨日と同じように、ベッドに並んで寝る俺達。

 初めてマリーちゃんが、俺をカリナさんよりも先に呼んでくれたな……と思いながら、良い夢が見られそうな心地良い眠りへと入り込んで行った。



 それから数日、何度も運動会開催予定地に足を運び、準備を手伝う俺達。

 ……足を運ぶと言ったが、実際運んでくれたのはバハムーさんなんだけどな。

 それはともかく、すこしずつ形になって来ている運動会会場。

 大小様々なテントが用意され、俺の記憶にある、運動会の準備中に似た様相になって来た。

 用具も運び込まれ、本当に魔物が運動会をするんだなぁ……という実感がわき始めたある日の事。


「マリー様、フェイスツリーのジンメンが、報告したい事があるようです」

「ジンメンじゃ? わかったじゃ。いつもの広間で待たせておくのじゃ」

「畏まりました。そのように……」


 朝食時、厨房の使い方にも慣れて来たカリナさんの料理を、皆で食べていたら婆やさんがニョキっと床から生えて来た。

 ……婆やさんの登場の仕方はバリエーション豊かだが、この数日でもう慣れた。

 一番驚いたのはあれだな……飲み物の入ってるカップを、俺が飲もうと持ち上げたら、その中から出て来た時か……。

 それと比べたら、床から生えて来る事なんて大した事じゃないように思える。

 いや、大した事なんだが……転移魔法とやらを使ってると聞いたから、どこから出て来てもおかしくない事を理解したからな。


「ジンメンって言うのか……フェイスツリーって確か、木の魔物だろ?」

「そうじゃ、ユウヤパパ。おそらく、闘技大会用の武器を作る進捗の報告じゃ」

「成る程ね……」


 確か、自分達の体で作られた木を加工して、木剣とかを作る……だったな。

 俺が提案した事だが……何故あの時俺はゴムと言わなかったのか……。

 ゴムで作れば危険はもっと減らせるし、フェイスツリーが犠牲になる事も無かったはずなのにな。

 まぁ、そもそもゴムがあるかどうか知らないが。

 というか、最近マリーちゃんが、俺の事をユウヤパパと呼ぶことに慣れて、以前よりスムーズに呼ばれる事が嬉しくて、後悔はすぐに忘れた。



「マリー様の、おなぁぁぁぁりぃぃぃぃぃ!」

「ははっ!」


 謁見の間……通称広間へ、マリーちゃんと一緒に入ると、何故か時代劇風の叫びをコボ太が上げた。

 ……一体どこでそんな言葉を覚えたんだ?


「マリー様、本日も見目麗しく……」

「お決まりの挨拶は良いじゃ。木で作られた武器の報告じゃ?」

「はっ、その通りでございます!」


 ジンメンと呼ばれたフェイスツリーという魔物は、見た目そのまま木だ。

 木以外の何物でもない。

 枝を手のように振り、根っこを足のように使って立っている。

 マリーちゃんが入って来た時、ズザッと跪こうとしたが、そもそも根っこなので膝という概念がない。

 なので、あたふたしながら床に倒れてもがいていた……声だけは勇ましく、臣下のような声を出していたが。


「どうじゃ、進捗の方は?」

「はっ、順調に進んでおります。現在、100個もの武器を、我らが種族の体で作りました」


 マリーちゃんに武器作りの報告をするジンメンさん。

 だけど、身振り手振りを加えて伝えようとしているから、枝から葉っぱが落ちて辺りに散らばっている。

 ……後で掃除が大変そうだなぁ。


「100個じゃと!? マリーはそんな数を用意しろとは言っておらんじゃ! そんなに用意したら、フェイスツリーの数が……じゃ!」

「それはそうなのですが……最近、我らの数に気を使って、マリー様は木材の発注をしておりません。久々にもらえたこの機会にと、我らフェイスツリーは喜んでその身を捧げております!」

「むぅ……じゃが、数が減るのはじゃ……せっかく、少しずつ増えて来たのにじゃ……」


 マリーちゃんが頼んだ数は、100個よりは少ないらしい。

 使いまわして……とか言っていたから、多くても数十個を想定していたんだろう。

 しかしフェイツリー達は、マリーちゃんの発注に喜び勇んで、多く作り過ぎてしまっているらしいな。

 フェイスツリーは見た目そのままの木だから、増えるのにも時間がかかるんだろう……地球でも、木が育つのにはかなりの時間がかかるからな……。


「ご心配はありがたいのですが、マリー様からの発注という名誉を授かるのであれば、我らフェイスツリーは喜んで身を捧げます! 種族存亡も重要なので、最小限だけを残し、全て武器とするつもりです!」

「最小限……じゃと? それはならんのじゃ! せめてその10倍は残すのじゃ! そうしないと、数が増える速度も遅いじゃ!」

「いえ、最小限を残すとさせて頂きます!」

「10倍じゃ!」

「最小限です!」

「……強情な奴じゃ。なら、9倍じゃ!」

「……むぅ、マリー様がそう仰られるならば……2倍です!」

「ならぬ! 9倍じゃ!」

「2倍です!」

「8倍じゃ!」

「3倍です!」


 倍倍とお互い叫びながら、数をすり合わせて行くマリーちゃんとジンメンさん。

 なんか、値切り交渉のように見えて来たな……。

 実際には値段とかじゃなく、種族が生き残る数なのに。

 どれだけの数が残るのか、具体的には言わないから俺達にはわからないのだが、その競りにも値切り交渉にも見える言い合いは、しばらく続いた。



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