第20話 身体強化(極限)とクワ



「さて……次は石じゃ。あれをどかさないと、皆が怪我をしてしまうからな」


 闘技大会で、怪我をしないよう武器に制限を付けたマリーちゃん。

 やっぱり皆が怪我しないように配慮するため、石をどかせる気のようだ。

 石で怪我をしてしまう魔物はやっぱり出るようだ……バハムーさんなんかは、大丈夫そうだけどな。


「……何だ、ユウヤ?」

「いえ、なんでもありません」


 石で怪我をするどころか、簡単に踏み潰しそうだな……と考えながらバハムーさんを見てたら、睨まれてしまった。

 怖い怖い……。


「マリーちゃん、石はどうやってどかすの? 結構広いから、手作業だと大変でしょう?」

「それはじゃ、カリナママ。こうするのじゃ。……ロックブレイクサンド!」


 俺がバハムーさんに睨まれてビビっている間に、カリナさんとマリーちゃんが話している。

 手を広げ、大きく魔法を唱えたマリーちゃん。

 その瞬間、いたる所に落ちていた石が弾け飛び、砕けて砂になって行く。

 ……魔法って、便利だなぁ。


「どうじゃ? これで危険はないじゃろ?」

「そうだな……見る限りでは、もう石が見当たらない」

「すごいのねぇ、マリーちゃん」

「えへへへへじゃ」

「……さっきの雨といい……私達は、こんな事のできる魔王に挑んだんですね……死ななくて良かった……」


 マリーちゃんの魔法によって、見渡せる範囲ではもう石は見当たらない。

 全て弾けてバラバラになり、最後には砂になって地面に落ちた。

 もしかすると、まだ小さな石くらいはあるかもしれないが、それでも、すでに怪我の危険はかなり少なくなっただろう。

 尖った石とかもあったからな……転んで突き刺さったりしないのは安心だ。

 クラリッサさんは、小さく呟いてマリーちゃんに怯えてる様子になったけど……確かにこんな事ができる相手に討伐とか……自殺行為のように思えるな。


「さて、じゃ。ユウヤパパ、後は任せたじゃ!」

「は?」


 何を思ったか、カリナさんに撫でられて喜んでいたマリーちゃんが、急にどこからか大きなクワを取り出し、それを俺に渡す。

 思わず受け取ったけど……これで何をしろと?


「バハムーと一緒に、辺り一面を耕すじゃ!」

「……いや、広すぎだろ!」


 クワは俺の両手でやっと持てるくらいの大きさ、刃床部だけでも俺の体の半分以上だ。

 ……これ、持ってるだけでも結構重いんだけど……。


「ふんっ、軟弱な人間だな。その程度、軽々扱ってみせんか!」

「いや、そんな事言われても……そもそもこれで耕すって、運動場にするんじゃないのか?」

「今は水分を得て柔らかくなっているじゃ。けど、このまま放っておいたら、また乾いて固まるのじゃ。その前に耕して、柔らかさを保つようにするじゃ!」

「そういう事か……」


 畑造りに似てるのかな? いや、農業には詳しくないが……あれは腐葉土だったりを混ぜるとか聞いた事がある。

 今回は、運動会が開催される間だけ柔らかければ良いから、とりあえず……なんだろう。

 耕して空気を含ませた土が、どれくらいでまた固まるのかは知らないが、短い期間だけならそれで十分なんだろう……多分。

 そもそも、この世界……魔界の土と、俺達がいた世界の土とが、同じとは限らないからな。

 今は黙って従い、水を含んでぬかるみのようになった地面を耕そう……とは思うんだが……。


「いや、俺がやる意味あるの? 広すぎて時間がかかりそうなんだが……?」

「大丈夫じゃ! きっと……」

「いや、きっとって……」

「マリーちゃん、マリーちゃん。ちょっと……」

「なんじゃ、カリナママ?」


 俺が耕せる範囲なんて、たかが知れてる。

 見渡す限りの範囲を人間一人でなんて、現実感がなさ過ぎてむしろ現実だと理解してしまうくらいだ。

 それこそ、バハムーさんや、同じくらい大きな魔物にやらせた方がよほど早く終わるだろうに。

 ……農業機械でもあればな……まぁ、この世界にそんな物はないだろうけど。

 とか考えていると、カリナさんがマリーちゃんを手招きして、何かを耳打ちしている。

 何をしてるんだ?


「わかったじゃ! ユウヤパパ……」

「……何だ?」


 カリナさんの耳打ちに頷き、てててっと近づいて来たマリーちゃん。

 俺の顔を下から窺うように見上げている。

 ……若干、目が潤んでるような気がするが……?


「マリー、パパが頑張るところが見たいのじゃ……頑張ってじゃ、パパ!」

「頑張って、ユウヤさん!」

「……う」

「う?」

「うおぉぉ! 身体強化(極限)! どりゃぁぁぁぁぁ!」 

「何だと!? くっ、私も負けていられぬ!」


 マリーちゃんの言葉とカリナさんの応援……それに応えないと男が廃る!

 クラリッサさんが首を傾げているのも無視して、すぐさま身体強化(極限)を発動!

 無心になって、全力で巨大なクワを地面に向けて振り下ろす!


「うぉっしゃぁぁぁぁぁ!」

「くっ、人間のくせにやるではないか!」

「……ちょろいのじゃ」

「ユウヤさんはね、乗せられやすいのよ。そこが良いんだけどねぇ」


 後ろで何か聞こえて来た気がするが、それにも構わず一心不乱にクワを振り続ける。

 娘と奥さんに期待されちゃあ、全力でやるしかない!


「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ」

「お疲れ様、じゃ。ユウヤパパ、すごかったのじゃ!」

「はぁ……はぁ……ははは、どんなもんだい!」


 身体強化(極限)を使い、ひたすら地面を耕し続けて幾星霜……いや、数時間だが。

 バハムーさんの協力もあり、一応見渡す限りの荒野を全て耕す事ができた。

 これで、俺もカリナさんから惚れ直されたり、マリーちゃんから凄いパパだと思われるんだろう。


「……くっ……私がこれしきの事で……」

「バハムーさん……」


 俺と一緒に、全力でクワを振るい続けていたバハムーさんは今、地面にぺちゃっとなって疲れ果てている。

 ……ドラゴンって、体柔らかいんだなぁ。


「ユウヤパパ!」

「なんだい、マリーちゃん?」


 心持ち、格好良いパパを気取ってマリーちゃんの方へ向く。

 さぁ、パパの胸に飛び込んできなさい、娘よ!


「次はあっちじゃ。今度は今よりも広いから、もっと頑張るのじゃ!」

「……は……?」


 しかし、俺の胸に飛び込んで来たのは、無情な言葉だった……。


「うぉりゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ギャォォォォォォォォォ!」


 バハムーさんと二人、全力でクワを振り続ける……。

 男って……娘とか嫁に弱い生き物なんだなと、心の底まで実感した。


「はぁ……はぁ……はぁ……やるなバハムーさん……」

「グルルルル……ユウヤ、お前こそ……」


 マリーちゃんに指示された場所を、全てクワを使って耕した後の俺達……。

 なんだか、バハムーさんと友情めいたものを感じた。


「父親って、ちょろいものなんじゃな?」

「こーら、そんな事を言っては駄目よ? お父さんは頑張ったんだからね?」

「はーいじゃ」

「……男って……悲しいですね」


 疲れ果て、種族を越えた友情に芽生えた俺達を余所に、何やら話しているカリナさん達。

 まぁ良いさ、これで少しは娘の役に立てたって事だからな。

 ……俺もカリナさんと同じで、娘ができた事に喜びを感じてるんだなぁ、と実感。

 種族が違ったり、ただの口約束のようなものだったりするが、そんな事は気にしない!


「よーしじゃ、予定よりも早く整地が終わったじゃ、そろそろ城に帰るのじゃ!」

「はいよー」

「わかったわ」

「私、何もしてません……いる意味があるのでしょうか?」

「はっ、畏まりました!」


 少しだけ休んで、マリーちゃんの号令と共に城へ戻るため、バハムーさんに乗っかる。

 身体強化(極限)のおかげか、異常な量の運動をしても、疲れはそこまで感じていなかった。

 さすがに、息切れくらいはしたけどな。

 バハムーさんも、息を整えただけで、もう飛び立てるらしい。

 ドラゴンって、タフなんだなぁ。


「あ、ユウヤは走って帰ると良いぞ?」

「いや、バハムーさん……さっきまでの友情は……?」


 バハムーさんに乗った後で、本人に言われた一言は、友情がもろい物だという事を教えてくれた。

 って、かなり城から離れてるのに、走って帰れるか!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る