第19話 マリーちゃんの魔法で雨を降らせましょう



「良いぞー! もっと飛ばすのじゃー!」

「行きますよ!」

「うぉー!」

「あらあら……」

「きゃぁぁぁ!」


 俺達を乗せて飛び立ったバハムーさん。

 うっぷんを晴らすように速度を出し、それをマリーちゃんが煽ってさらに加速した。

 とんでもないスピードになってるんだが……これ、落ちたら無事じゃすまないよね?


 俺は声を上げて叫んでいるし、カリナさんはいつものあらあらまぁまぁも途中で止まって、顔が引き攣っている。

 クラリッサさんなんて、声を出せる限りにひたすら悲鳴を上げてるしな……。

 そこらの遊園地にある、ジェットコースターなんて目じゃないスリルだ……こっちには安全装置なんてない。


「到着ーじゃ!」

「はぁ……」

「あら……あらあら?」

「あぁ、ふらふらします……」


 城下町を抜けて、見渡す限り荒野になっている場所に降り立つバハムーさん。

 その背中から降りると、足の感覚が何か変だ。

 まだ浮いているような、揺れているような……。

 カリナさんもクラリッサさんも、ふらふらしている様子……平気そうなのはマリーちゃんだけだな。

 慣れてるのかな?


「ここが運動会会場となる場所じゃ!」

「……ふぅ……何も無いな」

「あらあらぁ?」

「ふーらふーら」


 何とか深呼吸をしながら、足の感覚を試して地に足を付けている事を確認する俺。

 ……カリナさんとクラリッサさんは、まだふらふらしているけど、じきに収まるだろう。

 しかし、本当に見渡す限り何も無いな……運動会をここで開くという話だが、準備できるんだろうか?


「その通りじゃ。何も無いからこそ、ここで運動会ができるじゃ。魔物達は大きさがまちまちじゃ、広い場所で用意しないと、開催なんてできないのじゃ!」

「成る程な……しかしどうするんだ? 運動会の準備をするって言ってたが……? 地面も硬いし……」


 種目の中に徒競走という名のマラソンがあったが、この硬い地面じゃ走るのも一苦労なんじゃないだろうか?

 硬い地面と柔らかい地面のどちらが、走るのに適しているかはわからないが、少なくとも、この硬い地面でこけたりしたら、結構痛い怪我をしそうだ。

 それに、あちこちには大小さまざまな石が転がっているから、これらをどけないと、他の競技もまともに出来そうに無いんだが……。

 いや、参加者が魔物しかいないんだから、その程度はどうでも良い事なのかもしれないけどな。

 俺が昔やった運動会では少なくとも、小さな石ころを取り除いたり……という作業をして、怪我をする可能性を低くしていたはずだ。


「硬い地面はじゃ……こうするのじゃ! パワフルウォーターレイン!」

「おっと、マリー様。これを……」


 マリーちゃんが魔法を唱える瞬間、どこからか取り出した大きな布を広げ、それに木の棒をくっつけて簡易テントを作り出したバハムーさん。

 そうして巨大なバハムーさんを含む、俺達の頭上に屋根が完成したところで、空からバケツの水をこぼしたような量の水が降って来た。

 バハムーさんが作った大きな屋根のおかげで、俺達には降って来てないからありがたい。


「……雨?」

「水を降らせる魔法じゃ。これで地面を柔らかくするのじゃ!」


 成る程……足を付いてみた感覚では、この地面の土は水分をほとんど含んでいない。

 だから硬いのだろうけど、それなら、雨を降らせて地面を柔らかくすれば良いという事なんだろう。

 ……と、納得していると、横からふらふらとしたままのカリナさんが、簡易的な屋根の外に体を出した。

 もしかして、乗り物酔いも合わさって、上手く動けないのかな? 支えてあげないと……。


「カリナさ……あばばばば」

「危ないのじゃ、ユウヤパパ」


 カリナさんを支えて、濡れない場所に誘導しようと屋根の外に出たら、あまりの水の勢いに喋る事ができなくなった。

 何故か、水が上だけじゃなく横からも来てるんだけど……。


「あ~……死ぬかと思った……」

「迂闊に外に出るでないのじゃ。水そのものは無害じゃ、けど勢いに流される可能性もあるのじゃ。本来はそれが目的の魔法じゃ」

「あぁ、成る程ね。危なかった……あれ?」

「どうしたじゃ?」

「カリナさん……濡れて無い?」

「あら?」


 屋根から外れて、間違いなく降り注いでる水に体を打たれたはずだ。

 なのにカリナさんは、体どころか髪も服も全く濡れていない……どうしてだ……俺は全身びしょびしょなのに……。


「……もしかしたら、反射かもしれぬじゃ」

「反射……? でも、水が流れてるんだぞ?」

「この水は魔法で作り出した物じゃ。じゃから、カリナママの体に当たっても反射のおかげで、濡れる事がないのかもしれんじゃ」

「……あぁ、そうか……だからさっき、横からも激しく水に打たれたのか……」


 カリナさんが反射した水が、俺に向かって来たんだろう。

 まぁ、実はそのおかげで流されなかったんだけどな……振ってる雨は斜めだが、その逆方向から水が襲って来たから、体を立たせておくことができた。

 もしあれが無かったら、今頃どこかに流されていたかもしれない……おかげで喋る事もできなかったが。

 ……身体強化(極限)を発動してれば大丈夫だったかな? とは思ったが、さすがに試す気にはならないな。


「マリー様……」

「どうしたのじゃ、バハムー?」

「いえ、その……差し出がましい事とは思いますが……先程から人間達を、カリナママ、ユウヤパパ、と呼んでいるのは何故ですか? 先日はそのような呼び方では無かったと記憶しておりますが……」

「その事じゃ? 簡単な事じゃ。カリナママとユウヤパパは、マリーの母親と父親になったのじゃ!」

「は? ……人間が……ですか?」

「そうじゃ!」

「マリーちゃんは可愛い娘よー」


 目を点にさせて驚いているバハムーさん。

 急に現れたどこの馬の骨かもわからない人間が、自分達が王と仰ぐマリーちゃんの親になった……と言われたら、驚くのも無理はないよな。

 俺もまだ、慣れてないし。

 カリナさんは、ちゃんと親と紹介された事に気を良くしたのか、笑顔でマリーちゃんを撫で始めた。

 マリーちゃんも、撫でられるのが気に入ったのか、朗らかな表情だ。


「ユウヤ……調子に乗るなよ……?」

「……いや、調子になんて乗ってないんですけどね?」


 カリナさんとマリーちゃんの様子を見ていたら、大きな顔を寄せて来て、ボソッと低い声で呟かれた。

 目の前で開かれた大きな口には、鋭い牙があるし、顔だけで俺の体くらいあるから、かなり怖かった。

 バハムーさん的には、俺がマリーちゃんに上手く取り入って、魔界を支配しようとでも考えてるように見えるんだろうか……?


「お、そろそろじゃ」

「ん?」


 カリナさんに撫でられていたマリーちゃんが、屋根の端に行って空を見上げながら呟いた。

 その様子を見て、俺達も空を見上げる。

 ……バハムーさんだけは、未だに俺を睨んでいたようだけど、気にすると怖いから、気にしないようにしてる。


「雨が、止んでいくわね?」

「うむ。そろそろ魔法の効果が切れるからじゃ」


 雨粒という表現すら生ぬるい、水が滝のように降っていたのも、段々と勢いをなくし、少しずつ量も減って行く。

 しばらく様子を見ていると、完全に水が降って来る事は無くなった。

 これで、晴れ間でも覗けたら、虹がかかったりして気持ちの良い雨上がりなんだろうけどなぁ。


「ふむ……よし、こんなものじゃ」

「大分柔らかくなったな。……びちゃびちゃだけど」


 雨……というより、水が完全に降り止んだ後の地面を確かめるように、足でそこらをつつく。

 最初と違い、多くの水分を含んだ土は、ぬかるみのようになって軽く沈むくらいだ。

 水はけは悪くないのか、水たまりが少ないのが救いか。

 あれだけの量の水、集中的に降ったら川が氾濫とかしそうだが……その辺りは大丈夫なのかな?

 まぁ、近くに川なんて見当たらないから、大丈夫か。



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