第15話 マリーちゃんはゴブリンの親子に興味津々



「こっちは大型の魔物が多く住む場所じゃ。大きな家が多いじゃろ?」

「そうだな。人間がちっぽけに見えるくらいに……」

「大きいわねぇ」

「……落ち着かなさそうです」


 犬男が俊足で取って来た骨を受け取り、褒めるように頭を撫でたマリーちゃん。

 その姿は、大型犬に懐かれている小さな子供のようで、俺とカリナちゃんは微笑ましく見ていた。

 犬男の相手も終わり、また少し別の場所へ歩くと、今度は大きな家ばかりが建っている区画に出た。


 そこにある家は、自分が小さくなったかと錯覚をするほど大きく、家の入り口一つとっても、見上げる程の大きさだ。

 出入りしている魔物も、キュクロさんやバハムーさんと同じように、人間なんて簡単に踏み潰せそうなくらい、大きな魔物が多く見えるから、そういった魔物のための住宅地なんだろう。


「マリー様!」

「お?」


 カリナさんやクラリッサさんと一緒に、大きな家々を見上げていた俺達の所へ、大きな影が叫びながら来た。

 この大きさと見た目は……バハムーさん?


「申し訳ございません! マリー様の御前で無様な姿を見せてしまい……」

「バハムーか。良いのじゃ。ユウヤは私を軽々と殴り飛ばして、きりもみ回転させた者じゃ。バハムーがああなる事はわかってたのじゃ」

「……マリーちゃん、あの時の事……根に持ってる?」

「……そんな事は……ない、じゃ?」


 何故最後が疑問形なのか……。

 まぁ、あの時はカリナさんが危ないと思って、手加減とかせずに殴ったからな……魔王をきりもみ回転で殴り飛ばすとか、割と恐ろしい事をしてしまったのかもしれない。

 

「ユウヤ、と言ったな?」

「……はい」


 マリーちゃんに声を掛ける時とは違い、俺には低い声で唸るように名前を呼ぶバハムーさん。

 ……見た目が完全にドラゴンだから、ちょっとどころではなく怖い。

 ふと見てみると、俺が折ってしまった指は治っているように見える……ハイルンさん、ちゃんと治療できるんだな。


「……闘技大会……楽しみにしているぞ……?」

「は、はぁ……」


 そう言って、何やらやる気のようなものを漲らせて立ち去って行くバハムーさん。

 あれ、これって……ドラゴンに目を付けられた? 俺、詰んでない?


「はっはっは、バハムーはユウヤをライバルと認めたようじゃ。バハムーは戦いが好きじゃからな、力比べできる者を求めていたのじゃ。これは楽しい闘技大会になりそうじゃ!」

「いやあの……ドラゴンと戦うって……さすがに……」

「あらあらまぁまぁ」

「ユウヤ様……惜しい人を亡くしました」


 カリナさんはいつものホンワカ雰囲気で動じて無いし、クラリッサさんは俺を惜しむように目を伏せている。

 クラリッサさん、まだ俺は死んでないからな!

 ……ドラゴンに踏み潰されている自分を想像してしまい、ちょっと身震いしたが、身体強化(極限)がなんとかしてくれるだろう……きっと……してくれるよね?



「ここは憩いの場じゃ。体が大きな者はあまり来られんじゃ、けどそれ以外の奥様方の会議場にもなっておるのじゃ」

「へぇ、結構いい所……かな?」


 次にマリーちゃんに案内されたのは、公園のような場所。

 木や草花があり、隅のほうには椅子が並んで休めるようになっている。

 だが、俺が疑問形になるのも仕方ない。

 空が明るく天気の良い日であれば、気持ち良く過ごせるだろうけど、ここは魔界……日差しなど微塵もなく、篝火が明かりとなっているため、薄暗い。

 城や大きな通りもそうだったが、基本的にこの魔界では、蝋燭や篝火、松明を灯して明かりを得ているらしい。


「あれはなぁに、マリーちゃん?」

「あれは井戸じゃ。あの周りで奥様方がよく会議をしておるのじゃ」


 カリナさんが興味を示したのは、公園の中央にある石を丸く積んで、何かを囲むようにしている所。

 成る程、井戸か……ヨーロッパとかに昔あった物を、写真とかで見たことがあるが、それと重なる姿だ。

 奥様方が井戸の周りで会議……文字通り、井戸端会議……か。

 城とは違って、町中にはあまり水道が通っていないのかもしれないな。

 ……どんな技術が使われているかわからないから、城以外に使えないのかもしれない。


「……じゃ」

「ん? どうした、マリーちゃん?」

「どうしたの、マリーちゃん?」

「急に静かになりましたね……」


 喜々として俺達を案内し、色々な事を紹介、説明してくれていたマリーちゃんが、急に黙り込んだ。

 その様子を不思議に思い、俺達はそれぞれ声を掛けたが、マリーちゃんは反応しない。

 ただジッと一つの方向を見て、動きを止めている。

 マリーちゃんの見ている方向には……?


「……親子?」

「そうみたいね」

「あれは、ゴブリンですね」


 マリーちゃんの視線を辿って見ると、そこには俺の腰より少し上くらいの大きさの魔物が、手を繋ぎながら仲良さそうに過ごしていた。

 公園だから、家族での憩いの場……と言う事だろう。

 クラリッサさんの言葉で、あの魔物がゴブリンだという事がわかる。

 鼻と耳が長く、ブルドックを思い出させる顔……確かにゲームや何かで見たゴブリンの姿に似てる。


「もしかして……」


 ゴブリン達は、2人が大きく、残りの3人がその半分くらいの大きさだ。

 多分、両親とその子供なんだろう。

 しかし、何故マリーちゃんはあのゴブリン家族を見て、動きを止めたんだろう?


「のう……カリナ。最初に会った時に言っていたじゃ、父親と母親とはああいうものなのじゃ?」

「……そうね。お父さんがいて、お母さんがいる。そして、その子供達を慈しんで育てるのが、家族というものね」

「……そうか」


 初めてマリーちゃんと会った時、両親というものを知らなかったマリーちゃん。

 見るのは初めてじゃないだろうけど、カリナさんに言われた事で、両親というものに関心を持ったのかもしれない。

 今までは、何の疑問もなく一人でいる事が自然だったのに、両親という存在を知って、今までの自分に対して疑問を持った、という可能性もあるな。


「……婆やに聞いたのじゃ。人間、魔物に関わらず、生き物は親というものから生まれてくるのじゃと。じゃが……マリーは最初から一人じゃ……」

「マリーちゃん……」

「「……」」


 寂しそうな様子で話すマリーちゃん。

 カリナさんも、俺やクラリッサさんも、それに掛ける言葉が出ない。

 そのまましばらく、ゴブリン家族が公園を去るまでの間、ずっとマリーちゃんは、どこか羨ましそうにそちらを見ていた。


「……帰るのじゃ」

「……ああ」

「そうね……」

「わかりました……」


 公園を後にする俺達。

 城への帰路では、案内してくれていた時と違い、皆が皆、ほとんど喋ることは無かった。



「マリーちゃん……かわいそうよね。ずっと一人で……」

「そうだね……慕ってくれる部下はいるようだけど、それでも家族がいないのはね……」


 城に帰った頃、ちょうど昼時だったので、クックさんの作ってくれた鳥料理を食べ、今は俺とカリナさんだけ部屋に戻って来ている。

 食事中も、ずっと言葉少ななマリーちゃんは、寂し気な様子を隠す事もなく、考えたい事があると言って食堂を去って行った。

 クラリッサさんは、神出鬼没で、姿は見えなくとも存在感のある婆やさんに、存在感の出し方の相談をしていた。

 ……そんな事で、すぐに存在感が出るとは思えないけどなぁ。


「私達、どうしたら良いのかしら? マリーちゃんを元気づけてあげたいけど……」

「そうだねぇ……俺達にできる事、かぁ」


 カリナさんと、部屋の中でマリーちゃんの事を考える。

 両親の存在を知らないマリーちゃん。

 そんなマリーちゃんを元気づけるには、どうしたら良いのだろうか?

 世話になっているという事もあるが、見た目子供なマリーちゃんが寂しそうにしているのは、見てて辛いからな。

 しかし、しばらくの間良さそうな意見が出ず、頭を悩ませる俺達。


「そうだ!」


 二人で俯いて、時間ばかりが過ぎていた頃、唐突に、何か名案を思い付いたように顔を上げたカリナさん。

 マリーちゃんを元気にさせる方法を考え付いたのかな?


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