第9話 魔界の朝はヒュドラの雄叫びと共に



「えっと……シャレとコウベだっけ? 何でここにも?」


 テーブルの上には、ドクロが二つ……さっき廊下で見た物と同じ物が鎮座していた。


「それはオブジェにございます。動いたり、見張ったりはしないので、ご安心下さい」

「……そうですか」


 恐る恐る触ってみると、骨とは違う不思議な質感だ。

 金属のような……石のような……何でできているんだろう……?


「この部屋と同じ部屋を、他の方達にも用意してございますので」

「私もこの部屋と同じなのね」


 俺としては、カリナさんと同じ部屋で良かったんだけど、部屋は別になってしまった。

 まぁ、いつでも気軽に、お互いの部屋を行き来すれば良いか。


「広すぎます!」

「……どうした、クラリッサさん?」

「広すぎるんです! 落ち着きません!」


 俺とカリナさんが、概ね部屋の大きさや内装に満足していると、急にクラリッサさんが叫んだ。

 食堂でもそうだったけど、大きすぎる部屋には、安心して腰を落ち着ける事ができないようだ。

 ……広場恐怖症の気でもあるのかな?


「……困りましたな……これ以上狭い部屋は、この城にはありません」

「無いんですか!? 狭ければどこでも構いません! 屋根さえあれば馬小屋でも!」

「馬小屋はさすがに……女性が寝泊まりする場所じゃないんじゃ……」

「……そうですな……下働きの者が寝泊まりする部屋でよろしければ……」

「そこで構いません! そこで寝ます!」

「わかりました……こちらです。お二人方、慣れない場所での疲れもありましょう。ごゆっくりお休みになって下さい」

「はい、ありがとうございます」

「ありがとうございます、婆やさん」

「ほ、ほ、ほ。ワタクシには、普通に話しても良いのですよ。お二人はマリー様のお客人なのですから」


 そう言って朗らかに笑いながら、クラリッサさんを連れて階段を下りて行った。

 普通に、と言われてもなぁ……見た目がお婆さんだから、タメ口で話すのは気が引けるんだよなぁ。


「ふぅ……さすがに、ちょっと疲れたか」

「先にお風呂をいただくわね、ユウヤさん?」

「うん、良いよ……って、部屋には行かないの?」

「何を言ってるの、私達は夫婦でしょ? 別々の部屋なんて嫌よ」

「カリナさん……」


 ベッドに腰かけている俺に、カリナさんが少しだけ頬を染めながら言う。

 その様子に、何だか体の内部が盛り上がってきたが、ここは知らない世界の知らないお城。

 さすがに初日からというのはどうかな……と考え、何とか体を鎮める事に成功。


「じゃあ、先に入って良いよ。俺は後から頂くね」

「えぇ、ありがとう」


 カリナさんが風呂に入り、続いて俺が入る。

 ふと、着替えなんかはどうするのかと考えたが、風呂場に着替えが用意されていた。

 さすがに今まで着ていたような服じゃないけど、着心地の良い服で、どのサイズでも極端に違わなければ着られるようなデザインだった。

 ……色が黒とか青、赤とかの原色ばかりだったけども。

 何故か、カリナさん用の服だけ、ピンクや白やそのほか、淡い色が用意されていた。

 いや、我が儘は言わないけど……黒や青、好きだし。


「さ、寝ようか」

「……良いの?」

「今日はいろんなことがあり過ぎて、疲れてるでしょ? 早めに寝て、明日に備えよう」

「そうね。ユウヤさん……色々ツッコミをして、疲れてそうだから……」

「まぁ、ね」


 だってこの世界、考えてたファンタジー世界と少しだけズレてて、ツッコミが捗るんだから仕方がない。

 広いベッドで手を繋ぎ、狭く使って二人一緒に寝た。

 お楽しみは、この世界に慣れてから……だな。



 翌日、ほぼ二人同時に目が覚め、顔を合わせて微笑み合い、軽く目覚めのキスをする。

 あぁ、こういう時間って、幸せだなぁ……。


「グルゥァァァァァァァァ!!」

「何事!?」

「大きな声ね」


 二人で見つめ合っていると、部屋の外から雄叫びのような大きな声が聞こえて、驚いてベッドから起き上がった。

 部屋の外というか、城の外から聞こえてきたようだけど……?


「窓の外か?」

「そうみたいね」


 カーテンが閉じている窓の方に目を向け、声が聞こえて来た事を確認する。


「何の声だ……? え!? ……さらに、え!?」


 一体さっきのは何だったのだろう……と、首を傾げながらカーテンを開いて驚き、窓を開けて2回驚いた。

 この世界に来る前、夕食直前だったから、当然時間は夜。

 そして、この世界に来てから大分時間が経ち、そこからぐっすりと熟睡したはずだ。

 それなのに、明るく朝日が入り込んで来るのを想像してカーテンを開けると、そこには真っ暗な外が見えるだけ。

 さらに窓を開けると、明かりという物が全くないおかげで、景色の見えない暗闇が広がっているだけだった。


「暗くて何も見えない……カリナさんは?」

「私も同じね」


 これがもし魔法が原因なら、魔法反射を持ってる香梨奈さんには効果がなく、俺とは別の物が見えるはずだった。

 しかし、カリナさんも俺と同じく、暗くて何も見えないと言う。

 どうやらこの暗闇は魔法でもなんでもなく、自然の物だという事だ。


「朝じゃぞー! 起きるのじゃー!」

「うぉ! ……マリーちゃん?」

「おはよう、マリーちゃん」

「おはようじゃ!」


 突然部屋のドアが開けられ、マリーちゃんが入って来る。

 驚く俺とは対照的に、カリナさんは穏やかに挨拶をする。

 ……相変わらずカリナさんは、何事にも動じないな……俺もそうなりたいよ……。


「マリーちゃん。さっき大きな声がしたんだけど、あれは何?」

「あれは朝を告げる、あなうんすというやつじゃ。ヒュドラ三姉妹が担当しているのじゃ。今日は真ん中のニーハオちゃんが担当じゃったようじゃ」

「ヒュドラ……ニーハオちゃん……もう何て言って良いのか」


 ヒュドラって確か頭がいくつもある魔物の事だろ?

 ヒドラとか、ハイドラとか……同じじゃないけど、似た物だとヤマタノオロチとかか。

 そんな魔物が朝のアナウンスを担当してるとか……。


「向かって右の頭が、モーニングちゃんで、真ん中がニーハオちゃん。左の頭がオッハーちゃんじゃ。体は一つじゃが、頭はそれぞれ別で、三姉妹なのじゃ」


 オッハーとか……どこぞの男性ママか?

 体は一つなのに三姉妹……よし、考えないようにしよう! これ以上は俺の頭が持たないし、寝起きで考える事じゃないな、うん。


「朝を教えてくれる子達なのね。今度挨拶したいわ」

「良いのじゃ。機会があれば紹介するのじゃ。今から寝るから、また今度じゃ」

「朝なのに、今から寝るのか?」

「ヒュドラ姉妹は夜行性なのじゃ。朝のあなうんすを終えたらすぐに寝るのじゃ」


 成る程……それなら今度、起きてる時に挨拶を……というわけか。

 今から寝るのを邪魔しちゃ悪いからな。

 今すぐ挨拶を……とかじゃなくて安心した。

 ……決して、怖いからじゃないぞ?


「それはともかく、マリーちゃん」

「どうしたのじゃ、ユウヤ?」

「外が暗いんだけど? 朝なのに……」

「それは当然なのじゃ。ここは魔界じゃ。常に暗いままなのじゃ。人間界だと、朝は明るく、夜は暗いらしいのじゃがな。じゃから、ヒュドラ三姉妹が朝のあなうんすをするのじゃ。そうしないと、朝か夜かもわからんからじゃ」


 ……そういう事か。

 だとしたら、魔界にいる限り、日の光を浴びる事は無さそうだな。

 さっきの大きな雄叫びには驚いたが、必要な事だったんだと納得した。


「ユウヤとカリナは、これからしばらくここで暮らすのじゃろ? 今から城内を案内するのじゃ!」

「そうねぇ、他に行く当てもないし……ユウヤさんはどう思う?」

「まぁ、とりあえずここで生活をしないとね。ここが魔界だって言うなら、人間界よりも人間には暮らしにくいだろうけどね」


 特に話し合ったわけじゃないけど、マリーちゃんは俺達がここで暮らす事に賛成してくれるみたいだ。

 小さい女の子だが、魔王であるマリーちゃんに歓迎してもらえるのは、ありがたい。

 カリナさんは、元々俺が何と言っても、ここで暮らすと決めてた雰囲気もあるしな。

 ……多分、俺に聞いたのは特に理由はないのだろう。

 

 少しだけマリーちゃんに待ってもらって、手早く朝の支度をし、意気揚々と案内を申し出たマリーちゃんによって、城内見学へと向かった。



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