第7話 見た目お婆さんもやっぱり魔物
俺は叫んだ。
この世界が嫌いとかそういうわけじゃないが、元の世界に戻れないのは問題だ。
平穏と平和、安らぐ俺とカリナさんの暮らしが無くなるなんて!
「ふぅむ。成る程じゃ。という事は、ユウヤとカリナは行き場を失った……というわけじゃな?」
「……そう言う事になるな」
「あらあらまぁまぁ。でも、私、この世界に住むのも楽しそうだと思ってるわよ?」
「そうなの、カリナさん!?」
「ええ。だって、剣や魔法、魔物までいる世界でしょう? 楽しそうじゃない!」
「あぁ……カリナさんはそうだった……」
元々ラノベや漫画、アニメやゲームが好きなカリナさんだ、俺なんかよりよっぽどこの世界……ファンタジー世界を受け入れるのが早いのは当然。
以前から、こんな世界に一度は行ってみたいと言って、漫画やラノベを俺に見せて来た事は数知れず……。
というか、召喚されてる途中に聞こえて来た神様の声……永遠にってこの事か!
最初から、帰れないのを知ってたんだな!?
「はぁ……ま、仕方ないか……」
「ユウヤさんなら、そう言ってくれると思ったわ!」
「良いのじゃ?」
「こうなっちまったらな。叫んでも暴れても帰れないのなら、無駄にあがくのは止めて、現実を受け止めるさ」
「案外、前向きなんじゃな」
カリナさんと付き合ってたら、誰でもそうなる。
何でも受け入れるカリナさん……ある日帰ったら、捨て犬と捨て猫をそれぞれ、10匹ずつ拾って来た……と言われても俺は驚かない。
……あ、いや、多分驚くだろうけど、カリナさんだからと納得できる。
「しかし……住む所はどうするか……ファンタジーな世界だから……使用人10人以上で、身の回りのお世話を全てしてくれて……20部屋はあって端から端まで1時間以上歩かないといけないような、広くて綺麗で、お城みたいな所に住みたいな……」
「それはさすがに高望みし過ぎじゃろ……」
おっと、思わず妄想が駄々漏れになっていたみたいだ。
マリーちゃんに注意されたように、さすがに高望みし過ぎかもしれないが、大きい家には住みたいな。
「まぁ、なんじゃ。私の城の中で良ければ、部屋を用意してやるのじゃ」
「良いの、マリーちゃん?」
「良いのじゃ。カリナとユウヤは、私の代わりに人間達を追い返してくれたからじゃ。私だけだったら、殺してしまう所だったじゃ」
「手加減して適度に痛めつけて、転移魔法に放り込むんじゃ駄目だったのか?」
「幻魔法は、自分にも影響を及ぼすのじゃ。あの姿になったら、手加減なんぞできんのじゃ」
だからあの姿になった時、口調がもっと尊大になるのか……成る程な。
「あのー、私はどうしたら……?」
「……勝手に城に入って来た人間じゃから……牢屋?」
「ひぃー! 牢屋は嫌ですぅ! 何でもしますから、牢屋だけは止めて下さいぃ! どうせ私なんて、牢屋に入れられたら、忘れられて餓死して骨になるんですー!」
牢屋に入れられるのが嫌なのはわかるが……そこまで自虐的にならなくても……。
もしかすると、今まで何度も忘れられて、近い経験でもあるのかもしれない。
こうやって騒いでると、存在感が薄いとか全然感じないけどなぁ。
……まぁ、人間界に返す時、忘れてたのは確かだが。
「人間界に帰らないの?」
「私には、勇者様を召喚した責任があります! 勇者様と一緒にいるのです!」
カリナさんが一番良い提案をしたと思うんだけど、それを否定して俺達と一緒にいたいらしいクラリッサさん。
一応、召喚してほったらかしにするのではなく、帰れなくなった責任も感じているようだ。
「マリーちゃん、どうにかならないか?」
「ふむ、まぁ良いじゃろ。城には部屋が余っているのじゃ。クラリッサとか言ったか? そやつの部屋も用意してやるのじゃ」
「ありがとうございますぅぅぅぅ!」
マリーちゃんに聞くと、ちゃんと部屋を用意してくれるらしい……さっきの牢屋は冗談だったんだろう。
しかし、涙目でマリーちゃんに感謝するクラリッサさんを見ていると、本当にどこが存在感が薄いのか疑問だ。
「仕方ないのじゃ。三人分の部屋を用意してやるのじゃ。おーい、婆やじゃ!」
婆や?
「はいはい、お呼びでございますかな、マリー様?」
「客人じゃ。三人が暮らせる部屋を用意するのじゃ」
マリーちゃんが、天井へ向かって婆やとやらを呼ぶと、天井の一部、天窓になっていた所がガラッと空いて、そこから鼻と耳が尖って、腰の曲がったお婆さんが飛び降りて来た。
……床にシュタッと降り立ったけど……忍者みたいだな……すごい運動神経だこの婆さん。
「何だ、俺達の他に人間がいるんだな。……ちょっと普通とは違って、凄い動きをするけど」
「何を言っているのじゃ? 婆やは魔物じゃぞ?」
「え?」
「初めまして、ユウヤさん。話は聞いておりました。ワタクシ、マリー様のお世話をしております、婆やと申します。この通り、見た目は人間に近いのですが、立派な魔法ババアですじゃ」
魔法ババァ……魔物としての種族名なのかもしれないが……その時点で既に罵倒のようになってるんだけど良いのか……? いや、本人が自信満々に名乗ってるんだから、良いのか。
「えっと……婆やさん? お名前は?」
婆やと呼ぶのは、お世話をされているマリーちゃんの呼び方だろうからな。
名前があれば、そっちで呼ぶ方が自然だろう。
「婆やの名前? 婆やは婆やなのじゃ」
「そうでございます。ワタクシの名前は婆や、でございます」
「はははは、そ、そうなんですかー」
「変わったお名前なんですね」
婆や、というのが名前なんて……もはや笑うしかない。
そう言えば、ちゃぶ台を持って来てくれたコボルトも、コボ太という名前らしいから、魔物は安易な名前が多いのかもしれないな。
そう考えると、マリーちゃんの……カトリーゼ・ブラッディ・マリーって名前は、ちゃんとしてて珍しいな。
「頼んだぞ、婆や」
「畏まりましてございます」
再び、シュタッと音を立てて、天井の窓へ飛び上がり、広場を出て行く婆やさん。
随分アクティブなお婆さんだ……。
「しかし、婆やさん……あの年でよくあんな動きができるな……」
「何を言っているのじゃ? 婆やは生まれて、まだ30年くらいじゃぞ?」
「は? 年を取ってあの姿じゃないのか?」
「婆やは生まれた時から婆やじゃ。あの姿で生まれて、あの姿のまま生きて行くのじゃ」
……俺やカリナさんより、少し年上なくらいじゃないか……。
それであの、腰の曲がったお婆さんの見た目……魔物って難儀だなぁ。
「マリー様、お部屋のご用意ができましてございます」
「わかった、ご苦労じゃ」
「早っ! 早すぎない!?」
「婆やはすぺしゃりすと、じゃからな」
スペシャリストとか関係ないような速度だったんだが……婆やさんにお願いしてから、5分も経ってないぞ!?
というか、マリーちゃんが慣れない言葉なのか、舌ったらずな感じでカタカナ読みじゃなく、ひらがな読みのようにスペシャリストと言っているのは、ちょっと可愛い。
……ほら、カリナさんが可愛さのあまり、抱きしめたくて手をワキワキさせてる……ちょっと変態っぽいな。
「それでは、お部屋へご案内します」
「よろしくお願いし……」
ぐぅ~
「あ……」
婆やさんが部屋まで案内してくれるというので、それについて行こうとした矢先、俺のお腹の虫が大きく叫ぶ。
「なんじゃ、腹が減っているのじゃ?」
「えーと、まぁ……」
「そう言えば、夕食前だったものね」
「……すみません、私もお腹が……」
考えてみれば、この世界に召喚される前はちょうど夕食を頂く直前だった。
カリナさんの手料理を食べられなかった恨みは大きいぞ、クラリッサさん!
そのクラリッサさんも、小さく手を上げて恥ずかしそうにしながら、お腹が空いてるアピール。
……お腹に手を当てて、顔が赤くなってるから、もしかして俺のお腹の音と一緒にそちらも鳴ったのかも……?
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