第6話 後戻りのできない勇者召喚
「……ここは……あれ? 魔王は? 勇者様は?」
俺とカリナさんがここに来た時、魔王であるマリーちゃんと戦っていた、4人のうちの1人だ。
……そういえば、途中で気を失ってたっけ……喋らないから完全に忘れてた。
他の3人は、マリーちゃんの魔法で追い出したけど、この人だけずっと床で寝てたんだな……。
「なんじゃお主、まだいたのか? ……そういえば、人間界へ送ったのは3人じゃったな。存在感が無いから忘れておったわ」
「誰、この可愛い子……角がある……人間じゃない!?」
「当然じゃ。マリーは魔王じゃぞ? 人間であるわけがないのじゃ」
寝起きで、ぼんやりしている様子の……えっと、クラリッサって呼ばれてたっけ。
そのクラリッサさんは、半分閉じた目を、近付いて来たマリーちゃんに向け、観察。
途中で、マリーちゃんの頭から生える角を見て、人間じゃない事に気付いたみたいだ。
……やっぱり、角が生えるって人間じゃないんだな。
「魔王? いえ……魔王はもっと大きな男なはず……」
「あぁ、そういえば、幻魔法とかいうのが掛かってたんだっけか?」
「そういえばそうじゃの。こうすれば信じるか。……変、身!」
またも、どこぞの変身ポーズのような動作をするマリーちゃん。
今度ははっきり、変身って言っちゃったし……。
「どうだ、これで我が魔王だとわかっただろう?」
「ま、魔王!? 一体どこから……いえ、さっきの子供が変化したというの!?」
「その通りだ。だが……これは疲れるからな。今日はここまでだ……とぅ!」
戻る時はさっきと同じように、掛け声だけなのか。
ポーズは変わらず変身ポーズだが。
「……本当にさっきの子供……一体どういう事なの……?」
「私はいつも、人間が来た時は幻魔法で姿を変えているのじゃ。さっきの姿は、仮初の姿というわけじゃな」
マリーちゃんの事を、はっきりと魔王と認識したクラリッサさん。
魔王の本当の姿とか、教えちゃって良いのかと思うけど、本人が説明してるんだから良いか。
「……はっ! こうしてはいられないわ! 魔王、私一人になったとて……とて……あれ、他の皆は?」
「人間界へ追い返したのじゃぞ?」
「へ? ……殺して食べたとかじゃなく?」
「人間なんぞ、食うわけがないのじゃ。不味そうじゃしな」
「何で、私だけここに残されてるの?」
「……忘れておったのじゃ。存在感が薄いからなのじゃ」
「存在感が薄いって言わないで! 気にしてるんだから!」
気にしてるのか……。
それはともかく、このままじゃ話が進まないな。
「えーっと……クラリッサさん。で良いのかな?」
「え? ええ、そうよ。私はクラリッサ・デニッツ。貴方は……私が召喚した勇者様!?」
「……勇者っていうのはともかく、召喚されたのは確かだね」
「何故、勇者様は無事なのですか!? 魔王が目の前にいるのに!」
「いやー、話してみると魔王が悪いと思えなくてさ。思わず味方しちゃった」
「しちゃったとか、男が可愛く言わないで下さい! 気持ち悪い!」
「えー……」
俺、ちょっと傷ついた。
場を和ますためのちょっとした冗談で、両手の人差し指を頬に当て、首を傾げるまでしたのに……気持ち悪いとか……。
「ユウヤさん、話が進まないわよ?」
「はい……。んんっ! えっと、それでクラリッサさん。魔王……マリーちゃんは悪い子じゃないから、討伐とか考えなくても良いんだよ?」
「そんな……魔王は魔物を統べる者。人間界では、人間に恐怖を与える存在です! 夜突然部屋で物音がするのも、魔王の仕業と言われています!」
それはただのラップ現象じゃないだろうか……?
「マリーちゃんは、魔物を使って人間を襲ったりしてるの?」
「そんな事しないのじゃ。私はこの魔界で、魔物達と静かに暮らしているだけじゃ。人間界の魔物は、ここの魔物とは違って自然に発生した者じゃ。私が何かを言う事はないのじゃ」
「……え?」
どうやら、クラリッサさんを含めた人間がいる人間界と、マリーちゃんがいるここ、魔界とでは魔物の存在自体が違う物らしい。
魔界にいる魔物は、マリーちゃんが統率しているけど、人間界の魔物は勝手に生まれて、勝手に人間を襲っている……という事なんだろう、多分。
「それじゃ、もしここでマリーちゃんを倒したとして……人間界の魔物はどうなるんだい?」
「どうもならんのじゃ。魔界は大混乱に陥るじゃろうが、人間界には何の影響もないのじゃ」
「……そんな……だったら私はどうしてここまで……」
「まぁ、魔王を倒すために苦労して来たんなら、落ち込むよねぇ」
「それだけじゃありません! 魔王を倒すために……倒して後世に、偉大な召喚士として名を残すために……禁じられた勇者召喚までしたのに……」
「えっと、他の事で名を残すとかは?」
「もうできません! 勇者召喚は、本来召喚士がしてはいけない禁じられた術! 一度成功してしまうと、召喚をする事そのものができなくなります!」
クラリッサさんは魔王を倒して、後世に名を残す事が目的だったみたいだけど、その勇者召喚で呼び出されたのが、俺とカリナさん。
その二人が魔王に味方し、しかも魔王を倒しても人間界の魔物の脅威はなくならない、と来た。
これじゃ、後世に名を残すどころか、無駄に戦った笑い者になりかねない。
そのうえ、勇者召喚を成功させたから、もう召喚ができないらしい……。
「存在感がないうえに、召喚もできなくなったか……存在意義が薄れたのじゃ」
「そんな……そんな……存在感が薄いから、頑張って誰にでも知られるようになりたかったのにー!」
ついには、泣き出してしまったクラリッサさん。
存在感が薄い事を気にしてるのか……あまり言わないように注意しよう。
というか、存在を示すために名を残したかったのか……何かをやる動機は人それぞれだが、難儀な人だなぁ。
「ごめん、カリナさん。泣かせちゃった」
「あらあらまぁまぁ。仕方ないわね、私に任せて」
男の天敵は泣いてる女性。
どう扱って良いか、わからなくなってしまう。
これがカリナさんなら、愛を囁いたり、抱きしめたりして慰める事もできるんだけど、他の人にそれはできないな……カリナさんが怖いからじゃないぞ!?
「よしよし……大丈夫。ちゃんと私は貴女を見ているわ。私達をここに召喚してくれたのでしょう? ちゃんと存在しているわ。貴方がいなければ、私はここにいなかったのよ?」
「ぶえぇぇぇん!」
カリナさんが頭を撫で、慰める言葉を掛けるが、逆効果だったようだ。
どうも、今まで溜め込んで来た何かがあったようで、カリナさん時空に入り込んだ途端、咳を切ったように泣き始めた。
カリナさんの胸に顔を埋めて……羨ましくなんてないやい!
……これが男相手だったら、身体強化(極限)を発動するところだったぜ……。
"
「落ち着いた?」
「は゛い゛……す゛ひ゛ま゛せ゛ん゛」
「はいはい、鼻をかみましょうねー?」
「ぶびー!」
「ぷっ……変な鳴き声じゃ……」
「これ、笑ってあげない」
しばらくして、ようやく落ち着いて来たクラリッサさん。
カリナさんの取り出したティッシュで鼻をかみ、ようやくすっきりしたようだ。
……目が赤くなってるのは泣いたからだろうから、見て見ぬふりをしておこう。
「んっと……それで、召喚が使えなくなった……で良いんだよね?」
「はい……もう召喚は使えません……召喚した者を返す事も……」
「はい!?」
「返す事ができないの?」
「はい……召喚に関する力を、全て失っています。なので、勇者様達を元の場所へ返す事はできません」
落ち着いたクラリッサさんに、召喚に関する事を聞くと、驚くべき事実が明らかになった。
って、それじゃ俺達、元の世界に帰れないじゃん!
仕事……はどうでも良いけど、カリナさんとの嬉し恥ずかし二人暮らしのマイホームが!
……いや、賃貸だけども。
「どうにか、どうにかして、戻ることはできないのか!?」
「できません……召喚は、呼び出した本人が帰還の術を使う事で、戻す事ができるのですが……」
「召喚に関する全ての力を失ったお主には、その術を使う事ができない、というわけじゃ?」
「はい……」
「ノーーーーー!」
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