第4話 魔王は小さな女の子



 しばらく後、人が数百人は入りそうな大きな広場の中心で、香梨奈さんと魔王さんとで、一緒にちゃぶ台を囲んで一息ついている。

 驚いたのは、ちゃぶ台がある事もそうだけど、それを運んで来た生き物だ。

 コボルトって言うんだったかな? 犬のような肉球のある手足と顔。

 上向きの耳に、ふさふさの毛をした尻尾、それに全身毛むくじゃらで二足歩行……さらには普通に言葉を喋っていた。


 魔王さんはそのコボルトを、コボ太って呼んでたけど……そんな名前で良いのか?

 俺の半分くらいの体で、ちょこちょこと歩いてちゃぶ台や座布団を運んで来たのは、ちょっと可愛かった。


「とりあえず落ち着いたが……お主達はどうするのだ?」

「どうすると言われてもなぁ……」

「そうねぇ、こっちに知り合いがいるわけでも無し。人間界だったかしら? そちらにも知り合いがいないしねぇ」

「邪魔な者達を追い返してくれたから、こうして落ち着いているが……人間が我をあそこまで追い詰めるとはな……」


 俺も香梨奈さんも、当たり前だがこちらに知り合いがいるわけがない。

 誰かを頼って……という事が出来ない以上、どうしたら良いのかもわからない。

 魔王さんは、追い出した人達とは違って、無理矢理呼び出された俺達を歓迎はしないが、攻撃もしないでいてくれる。

 最初に向こうから仕掛けて来たのは、侵入者の味方だと思ったかららしい。

 ちゃぶ台が用意される前に謝ってくれた……意外に律儀な性格だ。 


「それよりも、魔王ちゃん?」

「ちゃん? 我にそんな呼び方をするとは……初めてだな」

「香梨奈さん、失礼じゃない?」

「でも……女の子でしょ?」

「は?」

「……何だと?」


 大男の外見をしている魔王さんの事を、魔王ちゃんと呼ぶ香梨奈さん。

 こんなゴツイ外見のオジサンを捕まえて、ちゃん付けはさすがに失礼かと思ったが、香梨奈さんはさらに驚く事を言った。


「いや、女の子って……筋肉質で人相の悪いオジサンだよ?」

「何を言ってるの、勇弥さん。小学生くらいの、可愛い女の子にしか見えないわよ?」

「いやいやいや、そんなわけないでしょ!」


 香梨奈さんはどうしてしまったのか……。

 どう見ても、ゴツいオジサンにしか見えない魔王さんを見て、小学生くらいの女の子だなんて、なぁ?


「香梨奈さんが失礼な事を、すみま……」

「くっ……くっくっく……はっはっは!」


 失礼な事を言う香梨奈さんに代って、俺が謝ろうとしたところで、魔王さんが急に堰を切ったように笑いだした。

 どうしたんだ?

 もしかして笑いながら怒るとかいう、あれか?


「はーはっはっは! まさか我の幻魔法を見破る者がいるとはな!」

「幻魔法?」

「よかろう、そこの男はわかっていないようだし、我の真の姿を見せてやろう!」


 笑いながら感心した様子の魔王さん。

 幻魔法とは一体何だろうと首を傾げる俺に、魔王さんが一度腕を体の前で交差。

 その後右手を上から、左手を下から回転させて、再び体の前で交差させる。


「とぅ!」


 掛け声と共に、魔王さんの体が発光。

 ……なんだか、どこぞの変身ヒーローみたいだな……。

 そんな俺の思考を余所に、発光している体が縮まって行き、俺のお腹くらいまでの大きさになったあたりで、光が収まる。

 発光が終わった後に残ったのは……。


「これがマリーの真の姿じゃ!」

「幼女!?」


 姿を現したのは、香梨奈さんの言う通り、小学生……10歳にもなっていないくらいの見た目をした、小さな女の子。

 紫色のフワフワした髪の毛は柔らかそうだが、その隙間から小指より少し太めの、小さな角が2本突き出ている。

 体の大きさは本当に小学生くらいで、正体を現したことを自慢するように小さな胸を逸らした姿は、親に良い成績が取れた事を自慢している子供のような、妙な愛らしさがあった。


「どうじゃ、驚いたか?」

「…………」

「私からは、最初からその姿に見えてたんだけど……?」

「そうじゃったな。じゃが、男の方は存分に驚いたようじゃ。はっはっは!」


 尊大だった喋り方が少し変わり、語尾にじゃが付くようになった魔王さん……もとい魔王ちゃん。

 その変わりように俺は、コクコクと壊れた人形のように頷くしかできない。


「魔王ちゃんは可愛いわねぇ?」

「な、何をするのじゃ!」


 胸を張って笑ってる愛らしい魔王ちゃんを、香梨奈さんが手を出して頭を撫でる……香梨奈さんは子供とか大好きだからなぁ。

 そんな事をされた事がないのか、魔王ちゃんは顔を紅潮させて戸惑っている。

 ……怒っているわけでは無さそうだ。


「魔王ちゃんは、どうして魔王をしているの?」

「そんな事は知らん。マリーは、生まれた時から魔王じゃ!」

「……両親は?」

「両親? なんじゃそれは?」


 魔王ちゃん、どうやら両親を知らないらしい。

 見た目からして、生まれて数年……どういう事情があったのかは知らないが、親を知らずに育ったようだ。

 ……というか魔王ちゃん、一人称が自分の名前?


「両親っていうのはね、お父さんとお母さんの事よ? 魔王ちゃんにはいなかったの?」

「お父さん、お母さん……知らんのじゃ。マリーはずっと一人で、この魔界を治めておるのじゃ! それと、その魔王ちゃんというのをやめるのじゃ。マリーには、カテリーゼ・ブラッディ・マリーという、立派な名前があるのじゃ!」

「そうなのね。じゃあ、マリーちゃんね」

「ちゃん付けはそのままか……まぁ、良かろうじゃ。そう呼ばれるのに、悪い気はしないのじゃ。むしろどこか安らぐようなじゃ……」


 魔王改め、マリーちゃん。

 香梨奈さんにそう呼ばれる事に、すぐ抵抗する気が無くなり受け入れた。

 これが香梨奈さんの人徳か……。

 名前が日本名じゃないのは異世界だからだろうし、ブラッディなんて不吉なミドルネーム? が付いてるのは魔王ゆえか。

 本当なら、カテリーゼと呼ぶのが正解かもしれないが、自分で自分の事をマリーと呼んでいるので、香梨奈さんも自然とそっちで呼んでいる。


「マリーちゃんね……。何か色々疑問もあるが……子供が魔王ってのはなぁ?」

「お前にマリーちゃんと呼ばれるのは、許さないのじゃ!」

「……まったく、マリーちゃんはお転婆だなぁ……はっはっは!」

「痛い、痛いのじゃ! 止めるのじゃ! 許す、許すからぁ!」

「勇弥さん、解除、解除」

「あ」


 跳ねっ返り娘のように、俺がマリーちゃんと呼ぶことに難色を示した。

 頭をポンポンして認めさせようと思っただけで、脅すつもりは無かったんだが、香梨奈さんに言われて身体強化(極限)が解除されていなかった事に気付く。

 しかし、これで痛いだけで済むマリーちゃんは丈夫だな……間違えて潰してしまわなくて良かったけど。


「身体強化(極限)解除」

「なんじゃそれは?」


 まだこの能力に慣れておらず、頭の中だけで唱えるというのにしっくり来ていない俺は、口に出して呟く事で、身体強化(極限)を解除した。

 ……ズン、と体が重くなったが、元々これが普通だったんだよなぁ。

 マリーちゃんは、俺が口に出して呟いた事が気になったようだ。


「さっきマリーを殴る前も、何か言っていたが……それは魔法か何かか?」

「魔法……なのかな……?」

「わからないわ。マリーちゃんあのね、私達はここに来る前、神様に力をもらったの」

「力? 神様? 召喚された事は知っているのじゃが、元々使える魔法じゃないのじゃ?」


 香梨奈さんと二人、ここに召喚される直前の事をマリーちゃんに説明する。

 魔王であるマリーちゃんに種明かしをするようなもんだけど、能力が知られたからってどうにかなるものでも無いと思う……多分。

 それに、こんな愛らしいマリーちゃんが、何かして来るわけはないしな。


「ふむぅ……身体強化(極限)と全魔法反射か……道理で、マリーの魔法が効かなかったわけじゃ」

「いきなり魔法? で攻撃して来た時は驚いたけど、おかげで香梨奈さんが無事で良かったよ」

「魔法を反射されて思いっきりマリーにぶち当たったんじゃがな……じゃが、道理で幻魔法が効かないわけじゃ」

「さっきから疑問なんだが、幻魔法ってのはなんだ?」



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