第3話 奥さんの意見で魔王に味方



「ぬん! こざかしい!」


 椅子に激突した後、さらに回転し続けて、頭から床に突き刺さっていた大男は、腕の力でそこから抜け出し、俺達を見て叫ぶ。


「なんなのだその力は! 我を殴り飛ばすとは……魔法を跳ね返す能力といい、なんなのだ!」

「魔王、観念しなさい!」

「そうだ、勇者の二人がいる限り、お前に勝ちはない!」

「我が念願のため、討たせてもらうぞ!」


 叫ぶ大男、それに対し意気揚々と叫んでいる人達。

 ……どうでも良いけど、この状況ってなんなんだ?


「あのー、すみません。今どういう状況なんですか?」


 疑問に思っていたら、痛みが引いたらしい香梨奈さんが、その場の全員に問いかけた。

 ここまで盛り上がってる状況で、こうして聞く事ができるとは……さすが香梨奈さんだ!


「どうもこうも、俺達は魔王の討伐に来たんだ!」

「そうよ。そして、あなた達は魔王を討伐するために、召喚された勇者ってわけ」

「魔王って……悪者なんですか?」

「全ての魔物を統べる存在と言われてる。悪に決まっているだろう!」


 どうやら俺達は、魔王を倒すため、勇者として召喚されたらしい。

 けど、勇者とか魔王っていきなり言われてもなぁ……? ちょっと急展開過ぎて付いていけない。


「魔王……?」

「なんだ、女?」

「悪者なの?」


 盛り上がっていた雰囲気に水を差して、全員が落ち着いてしまった。

 これぞ香梨奈さんののんびり時空!

 のんびりした空気で全てを包み込み、どれだけ盛り上がっていようと、どれだけクライマックスだろうと、引き込まれたものは落ち着いて話をしてしまうのだ!

 ……俺が勝手にそう呼んでるだけだけどな。


「ふ、我を悪者などと……人間達が勝手に言っている事だ。我はこの魔界で、静かに暮らしていたにすぎん」

「嘘よ! 人間界に魔物を放ち、人間を滅ぼそうとしているんでしょ!?」

「そうだ! どれだけの人間が死んだか……それをお前は、静かに暮らしていたと言うのか!」

「魔物を倒せず、町を守れなかった無能者として、俺の家は取り潰しになったんだ! 魔物を使役するお前がいるから!」

「笑止。魔物は魔界にいる者以外、我には関係の無い事だ。魔界で生まれる魔物と違い、人間界で生まれる魔物は、本能で生きているに過ぎん!」

「んー……」


 魔王と、それを倒そうとする人達……どちらが正しいのかを言い合っている。

 どちらも本心で、嘘を言っているようには見えないんだよなぁ……。


「じゃあ、もしかして……この人達は、不法侵入?」

「不法侵入というのが何なのかはわからぬが、勝手に入ってきて勝手に我を殺そうとしているのだ。抵抗して当然だろう?」

「魔王なのだから、討伐されて当然でしょ!」

「そうだ。こんな城に勝手もなにもない! 魔物の王は滅ぼされるべきなのだ!」

「貴族家再興のため、こんな城は全て焼き尽くせばいい!」


 ……聞いてて何だか、魔王に言いがかりをつけてるクレーマーのように見えて来た。

 あれって、自分達が正しいと疑わないから、勝手な事を言ってるって気づかないんだよなぁ。

 そりゃ、勝手に侵入してきて攻撃して来たら、自分の命を守るために攻撃し返すだろうし……さっき香梨奈さんを攻撃したのも、敵側の味方だと思ったからだろうと納得できる。

 とはいえ、簡単に許す事はできないんだけどな?


「これだから人間は。勝手な思い込み、勝手な扇動、勝手な思想で、静かに暮らしている我らを害するのか!」

「成る程……そういう事なのね……」

「香梨奈さん?」


 魔王が言っている事を受け、香梨奈さんが何やら納得した様子。

 ……すこし嫌な予感がするんだけど……どうしてだろう?


「勇弥さん、私達はいつも一緒よね?」

「え? あ、うん。もちろん」

「それなら、私に協力してね?」

「良いけど、どうするんだい?」

「簡単よ。……あの人達をここから追い出すの! 不法侵入はゴ〇〇リの如く! さっさと退散してもらうわ!」

「えー、やっぱり……?」


 嫌な予感は的中。

 香梨奈さんによって、魔王に言いがかりをつけていた人達は〇ブリ〇扱いされ、退散させられる事になった。

 当然、実力行使に出るのは……俺の仕事だよなぁ?

 家を守ってくれてる香梨奈さんにとって、ドアを開けたら図々しく家の中に入り込む訪問販売の人(訪問販売員の方、すみません)や、夏場に猛威を振るうゴ〇キ〇は天敵なのだ!

 まぁ、戸締りしてても入って来る、泥棒なんかの不法侵入者は、恐怖の対象だしな。

 この人達がそういう人だとまでは思わないが、香梨奈さんのセンサーで敵認定されたんだ、俺にはおとなしく従うしか道は無い。


「ちょ、え、嘘でしょ?」

「勇者が魔王に味方するか!?」

「騙されるな、そこの馬鹿女!」

「勇者かどうかは知らないけど、魔王とか関係なく、俺は香梨奈さんの味方だ! あと、そこの奴! 香梨奈さんを馬鹿女呼ばわりするんじゃねぇ!」


 香梨奈さんが魔王に付くと決めた事に戸惑う三人に対し、身体強化とやらをした俺が近づく。

 そこからは、一方的な蹂躙劇だった。

 何とか抵抗しようと、剣だったり矢だったりで攻撃してくるが、俺には全てがスローモーションのように見える。

 限界まで加速した体で、体当たりをしたり、香梨奈さんを侮辱した優男の顔をぶん殴ったり……次第に抵抗してた人達は、その意思を失って行った。


「えーと、魔王さん?」

「……何だ?」

「こいつらを外に出す事って、できますか?」

「あ、ああ。それなら簡単だ。ほら………ゲート」


 俺にぼこぼこにされた人達は、抵抗する気力も失い、力なく地面に膝を付いている。

 時折飛んで来る魔法は、間に香梨奈さんが入って来て反射。

 剣も矢も魔法も全てが効かない俺達に、すっかり気力を無くしたようだ。

 今まで敵わなかった魔王に加え、さらに敵わない相手が出て来たら、こうなるのも……ま、仕方ないな。


 魔王に言って、追い出す用意をしてもらう。

 魔法なんだろう。

 軽く手を振ると、広場の真ん中に黒い渦のような物が出て来た。


「その中に入れると良い。そうすれば、人間界へと強制的に送られる」

「体が消滅したりしない?」

「するわけが無かろう。ただ転移させるだけだ」


 転送魔法ってやつか?

 そんなものまであるんだな……便利だ。


「離せー!」

「暴れない、暴れない」

「離しなさいよ、エッチ!」

「ちょっと、変な事言わないで! 俺の身が危ないから!」

「……勇弥、さん?」

「何でも無いですからねー。変な所は触ってないですからねー」

「くそぅ……我が貴族家再興が……」

「はいはい、頑張ってねー」


 途中、変な事を言った女性……ゼルマって呼ばれてた人かな?

 その人から謂れの無い冤罪を着せられそうになりながらも、順調に三人共黒い渦へと投げ込んだ。

 持っていた物も含めて、全てその中に入った瞬間、体が消えて、黒い渦も消えた。

 これで、不法侵入者は退散させたね、ひと仕事終了!


「終わったよー、香梨奈さん」

「お疲れ様。……後で話があるからね?」

「……えっと、お手柔らかに……」


 着せられた冤罪で断罪されそうだ!

 せっかく頑張ったのに……しくしく……。


「あー、お前達はそのままなのか……? ここは魔界……人間界に帰らなくて良いのか?」

「あ……」

「あらあらまぁまぁ」


 忘れてた!

 魔王さんからすれば、俺達もあの人達と同じような不法侵入者!

 さっきの人達と一緒なのは嫌だけど、同じように転移魔法に入れば、人間界に行けたんじゃないか!

 これじゃ、今度はこっちが攻撃対象になっちまう!

 というか魔界って何!? 人間界って何!? こっちに来てから色々急展開過ぎて、頭が混乱状態だ!

 ……えーと、うーんと……ま、仕方ないか。

 自分が前向きになるポジティブ魔法……というより単なる口癖で誤魔化す事にした。



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