第10話 休校日
体育祭のあとは一日休みが入る。
朝から機能のあのきぶんが続き未だに若干鬱に近い状態だ。
しかし、あの興奮状態からは覚め、冷静な部分が戻ってきた。
しかしその冷静さが混ざり合い、なんとも言えない感情である。
マリッジブルーになりそうだ。
そんな気分はともかく、せっかくの休暇。これを使わない手は無い。
水原を落とす方法を考えよう。
まず、前提として人との駆け引きをする上で相手を落とす為には何をすれば良いのか?
それを知らなくてはお話にならない。
というわけで色々と調べてみる事にしてみた。
知識がある上での実践が大切なのだ。
出来ることは今日中にすべてやってしまおう。
さて、準備を始めよう。
なんとしても水原を落としてみせる。
予定を立てよう。
順番としてはこうだ。
パソコンをつけて思いついたことを調べていく。
しかしネットは誤情報もあるので複数のサイトから調べ同じ結果を見つけ次第実践。という具合にいたってシンプル。
「『恋愛 心理』で検索。」
普段の口調が崩れ、家での口調がばりばり出るが気にしない。
「ふむ、髪はショート……今から予約を取るのは時間が掛かりそうだ。」
家から呼ぶか。
すぐに部屋の中の固定電話から家へと連絡する。
すぐに家政婦が電話に出た。
「もしもし、雅人だ。家の者を一人借りたいのだけど良いだろうか。
……いや、たいしたことじゃない。髪を整えたいと思ってな。
ありがとう。寮の家で待っているよ。」
ウチは他家のごとく他県に実家があったりするわけでは無いのでそこまで学校から遠くない。
明治で天皇陛下が東京へと来るのと同時に家もついていったらしい。
ウチだけでなく貴族の上位は一斉に東京へと家を移したそうだ。
さて、待っている間に他にも調べていくとしよう。
机上のパソコンへと向かう。
まずは、そうだな。
「『恋愛心理テクニック』…っと」
ふむ、35もあるのか。
落とすためならなんだってしようじゃ無いか。
しかし35全てを使うというわけでもないと思れるし、すぐに使えそうなテクニックを探しだそう。
ふむ、【ミラーリング】…?
えっと、相手の動作を真似ることで親近感が上がる?
必要なのは表情、仕草、動作、癖、声色、姿勢、笑い方、か。
こんなに簡単なのか。元子役をなめるなよ。
メモしておこう。
…他には?
【ポッサードの法則】。
なになに?
『男女間の体の距離が近いほど心理的な距離も近くなるという法則です。』
…へぇ。
これも採用。
さてさて、次だ。
【ダブルバインド】。
相手にNOを言わせない…?どういうことだ?
ふむ
『二択のうち、1つを選択してしまうような質問をする方法です。具体例としては土曜日か日曜日に、ごはんに行かない?となります。』
なるほど、確かにこれなら選択肢があるようで結果は「行く」としかならないのか。
よし、メモメモ。
と、そこで扉が叩かれる。
「ごめん下さいませ。
「あぁ、よく来たね。入ってくれ。」
「失礼いたします」
引き戸を開けて、着物を着た和風のおばあさん、九賀が入ってきた。
手に持つ風呂敷をおいて、深くお辞儀をしてから。
「お久しぶりでございますね、坊ちゃん。」
そういって顔をあげ、皺のある優しげな顔をほころばせた。
「それにしても驚きました、坊ちゃんから私を呼んで下さるとは。」
「九賀はなんでも出来るし、器用だからな。」
「養育係としては嬉しいお言葉です。養育係冥利につきますわ。」
そういって口元を袖で隠し、クスクスと笑う九賀はお嬢様そのもの。
それもそのはず、九賀は養育係であって家政婦ではない。
そして九条家の子供の養育係になるのは分家筋の女性である。
つまり、九賀は生粋のお嬢様なのだ。
「それにしても、髪を切られたいとは急ですね。
なにかありましたか?」
「今日中に自分を変えようと思ったんだけど時間が無くてね、こうして九賀を呼ぶことにしたのさ。」
「まぁ、ならば早速始めてしまいましょうか。」
「頼んだよ。」
そう言うと九賀はせっせと持ってきた風呂敷を開け、準備を終わらせる。
さすが、いつも通り速い。
「さて、どのような髪型にいたしましょうか。坊ちゃんは顔が良いので何でも似合うと思いますよ。」
「そうだね、ストレートで前髪をサイドに流せるようにしたいかな。」
「承知しました。」
そういうと九賀はハサミと櫛を素早く走らせていく。髪がみるみるうちに変わっていくのがよく分かる。
それでいて九賀自身は焦っているような表情はせずに、余裕の笑みを浮かべている。呼んで正解だったな。
「坊ちゃん、この雰囲気でいかがでしょうか。」
「うん、ありがとう。」
「いえいえ、いつでもお呼び下さいな。」
「必要になったらまた呼ばせて貰う。」
そう言いながら風呂敷に道具を全て片付けていく。
そして、風呂敷に包み終わり角を結んだところで、ふと顔をあげて聞いてくる。
「そうそう、坊ちゃん。」
「なんだ?」
「娘、琴音はお役に立っているでしょうか。」
九賀には娘がいる。
天真爛漫な性格で昔から僕の付き人をしていた。
いまは中学二年生であり、中等部公家会の副会長をしていると聞いている。
やや茶色のミディアムヘアがクリッとした大きな眼に合う美人だ。
そういえば、今年度に入ってからは会っていないな。
「あぁ……最近は会っていないな。
公家会の引き継ぎで忙しいのだろう。」
「なんとまぁ……申し訳ありません、坊ちゃん。あの馬鹿娘には言いつけておきますので、どうかご勘弁下さい。」
「気にしなくて良い、公家会の副委員長をやっているのだろう?
引き継ぎは大変だし、中学二年生となればなおのこと。」
といったのだが、九賀は目を細めた。
その瞬間、放たれる圧倒的なまでの威圧。
その空気で辺りの物まで震えだしそうな勢いである。
九条の数ある分家の中でも一代にして上位へと上り詰めた九賀。
その手腕をかわれ、本家継承権第二位であるぼくの養育係へと着くことになったのである。
いかにおっとりとした空気を普段に身に纏っていようとその本質は虎。
凜としたたたずまいで堂々と立ち、敵には容赦をしない。
これぞ女傑。
口をゆっくりと開く。
「いいえ、仮にも九条の血筋であるならばそのようなことは許されませぬ。
主の側で仕えぬ付き人などどこにおりましょうか。」
まさに女傑。
だがしかし、僕は九条本家である。
身内を助けられずしてどうしようか。
可愛い妹のために人肌脱ごうか
「――……程ほどにな。」
すまない琴音。やはり僕では止められそうにない。
遠くのいとこに心の内で謝った。
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