第9話 水原優華



体育祭も終わり、私は寮の部屋でベッドに倒れ込んだ。


「あー、疲れたなぁ。」


身体を起こし、お茶を入れにいく。


キッチンからティーカップとソーサー、スプーンを取り出す。



アールグレイの香りが部屋にふわりと広がっていく。

白い湯気を昇らせるカップ。

そこに角砂糖を何個か入れ混ぜてから一口。


口に広がる甘いそれにへにゃりと頬を緩ませた。



昔は慣れなかったその動作は、今ではすっかり身体に染みついている。




「雅人くん、あんなに運動できたんだ。」


自然と口から昔の呼び名がこぼれる。


体育祭の練習として二人三脚に付き合って貰った際にもなんか空中をぐるぐると回っていたが、今回はもっとかっこ良かった。


メンバーの中にカップルがいたのは想定外だったけれど、上手く生かせたと思う。


これで私の計画も一歩進んだ。


「これで、ちょっとは気にして貰えたかな…。」


入学式の朝、一目見ただけですぐに彼だと分かった。


懐かしさに、思わず呼びかけてしまいそうになったのを慌ててこらえたのを覚えている。


彼を見た瞬間に湧き出た色とりどりの感情。

喜び、懐かしさ、そして……。


でも、そんな私に彼は気がつかなかったようで。

話しかけた私に返したあの言葉。

『本当ですか?助かります』

その敬語に壁を感じた。


エリコの壁みたい。

聖書に出てくる壊れそうにない堅牢な壁。


彼と同じクラスになれたのは幸いだった。

自己紹介のあとは思わず焦って自分から話しかけにいってしまったけれど、それは良い効果になったみたい。私が彼に話しかけに行っても誰も不審がらないようになった。


といっても、あまり彼の方に行き過ぎても不自然だから他の子とも仲良くして快活でコミュ力のあるフレンドリーな印象を与えるように動く必要が出来たけれど。


もともと、そこまで話せる方では無いんだけどなー。


でも、そういうのは慣れている。

私は、元々大人達の中で演技をしてきたのだから。



「それにしても、雅人くん変わってないなぁ。」

クスリと笑う。


成長した姿から、正直変わってしまったのではないかと不安だったのだけれど。

身長は伸びていたし、以前のように髪は整えられずミディアムに近い状態。

悪く言えば髪が伸びている。それでも元の素材は良いのでそこまで悪くは見えないのだけど。


でも、相変わらず楽しそうに笑うんだから。

友達も多くないし。

相変わらず、色々と多才なわりにそこそこでやってる。

球技が下手なのもそのまんま。


「うーん、でも顔に出さなくなっちゃったみたいなんだよなぁ。」

むー、と唸りつつ顔をしかめる。


入学式以来、さりげなくスキンシップをしたりしていたのに、彼は気がついていないかのように顔色一つ動かさなかった。


まさか女性嫌いになったかと不安になって二人三脚を持ちかけてみれば、顔は動かさない癖に心臓の鼓動が早くなっているのが伝わってきて、安心した。

まぁ、逆にそれが分かっちゃって私も恥ずかしかったんだけど…。


って、私のやってること変態みたいだ。

…あー、変態だなんて思われて無いと良いんだけど。


にしても、今回のでちょっとは雅人くんの気を引けたかな。

好きでも無い相手と組むのは少し嫌だったけどこれも計画のため。

ひいては、彼を好きにさせるため。


というか、ここまでして気を引けてなかったら私ショック受けそう。


その可能性を思い描いて、少し息を吐き、開いた窓の外へと目を向ける


「綺麗な満月。」

そらに浮かぶまん丸のそれはお団子のよう。


今日は雲一つ無い晴れのため、周りの星々まで綺麗に見える。

時折入り込んだ風がカーテンを揺らしては外へと帰っていく。


それらを眺めながらお茶を一口含んでから軽い調子でつぶやく。

「私はあなたに復讐しにきたんだから。なんてね。」

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