第8話 体育祭.3
その後はお昼休憩を挟んで、応援合戦が行われる。
昼食を食べていると喜田から話しかけてきた。
「九条、なんか変わったか?」
「うん? 何がだ。」
「いや、普段のお前ならそこまで体育祭とは真剣に取り組まないだろ。」
確かに、普段より競技に取り組んでいる気がする。
インパクトを強くしてさっきの借り物競走の出来事を吹き飛ばそうとしたんです(適当)
まぁ無理だろうけど。
「普段から真面目にやっているとも。」
「嘘つけ、今までは汗流すなんて無かったくせに。」
「なるほど、汗をかくなんて久しぶりだ。」
暑さでの汗は別として、運動でこうして汗をかくのはいつぶりだろうか。
あ、ウソだ。
水原と練習してる間冷や汗やらなんやら沢山出てたわ。
そう、詰まるところただの運動不足。
「九条くんが頑張ってくれるなんて…お母さん嬉しいわ。」
「お前みたいな母親はいらん。」
目元を拭う仕草をする馬鹿を傍目に箸を動かす。
「まぁ九条君が頑張る理由はやっぱ?
優華ちゃんに良いとこ見せたかったからかなぁ~?
さっきの騎馬戦も、凄かったし?」
「は?」
「待って、ストップ。拳構えないで。
話せば分かる。」
「いいだろう。」
喜田はすぅっと息を吸い込み、真面目な顔になる。
その有無を言わさぬ顔に僕まで真剣な表情となった。
なんだ、何を言うつもりだ。
周りの雑音が消えていく気がするほどのピリピリと張り詰めた空気感が辺りを支配する。
校庭でお昼食べてるだけなのに。
喜田が重々しい口調で口を開ける。
「では。第一回、水原優華攻略会議をはじめ――ぐはぇっ」
僕の緊張感を返せ。
いや特に緊張してなかったけど。
お昼休憩、応援合戦も終わり、次は徒競走だ。
徒競走は全員参加である。
赤白二人ずつの四人セットで走って行く。
なお、僕は三位である。
運動神経が悪いわけでは無いとはいえ、体力測定での結果通り平均値以下というのは伊達では無い。
体操をやっていたとはいえ何でもかんでも出来るという訳ではないし、体力測定はそこまで真剣に取り組んだわけでは無いが、おおむね間違っているという訳でもないのだ。
こいつ、実力を隠していたのか的な訳では無いため、そんな目で見ないで欲しいな佐倉さん。目が怖い。
普段から真面目な佐倉さんには、真面目にやっていない生徒と思われたようだ。佐倉とは今回初めて同じクラスになったが、悪い印象がついてしまったようである。
ちなみに水原は一位。結構足が速く、最初から最後まで独走していたのは印象的だった。
その後は高二による組み体操と、高三男子の上裸で行う棒倒しが行われる。
棒倒しは男子生徒が上裸になるという名物の競技であり、棒倒しのためだけに身体に磨きを掛ける生徒もいるぐらいなのだ。
それはさておき、ピンク色の集団が棒に群がっていき棒を覆い隠していくのはなんとも目に悪いと個人的に思うのだが、黄色い声をあげる女子生徒が多いため不評ではないのだろう。
ピンクの集団が棒を倒し倒されが続き、それも終わって残る競技も二人三脚と教員リレーとなった。
二人三脚は言うまでも無いが水原が参加する。
あの練習の後も水原とは何度も練習を繰り返した。
その度に繰り返される色気地獄。
あの練習で僕も耐性がついたように感じる。
拝啓。お母様、息子はすくすくと健全に成長しました。
さて水原はどこだ、と探してみて思わずスッと息を飲んだ。
水原のペアとして、横にいたのはクラスの男子生徒である。
若干の思考停止のあとで、頭が回り出す。
…あぁ、そういうことか
二人三脚は男女4人ずつ選ばれ、それぞれでペアを組む。
その中に一組のカップルが混ざっていたようだ。自分以外の競技のメンバーを気にしていなかったために気がつかなかったが。
並び順を見るにそのカップルが組んだ事で、男女ともに残り三人ずつ。そうなれば必然的にカップル以外にも男女のペアが出来上がるわけだが、それが水原とその男子のペアというわけだ。
水原は隣の男子生徒ともにこやかに話している。
何故僕は水原は女子と組むだなんて考えていた?
男子生徒と組むことがあり得る可能性だと最初から分かっていたはずなのに、その可能性を否定していたのか。
水原はそれに気がついたから近くの男である僕に練習を申し出たのでは無いのか。
考えていくと、思考の波が一気にあふれ出してくる。
考えている間にも競技は進んでいき、ついに水原の番となった。
男子生徒と水原はリズム良く、進んでいく。
あの位置、水原の隣でずっとやってきたのは僕なのに。
止まらないかな?あれ。
転倒、他の選手からの妨害、ルール違反。なんでも良い。
勿論、いくらそんな事を考えたところで現実が変わる訳がなく。
二人のペアは二位で着く。
到着と同時にクラスが沸き立った。
そして、僕は。
「……ふふ、ふふふふ」
「九条?」
「いや、懐かしいね……全く。」
「おい、どうした。」
喜田の言葉も耳に入らずに一人、思考する。
「本当に懐かしい。」
思い出す。様々なシチュエーションを取るために作られたドラマ用のブースの数々。それらの中で、役を演じていた自分。自分を取り囲んだ無数のビデオカメラの視線。天井から吊されたシャンデリラの輝き。目の前に広がる赤。
そして……役が出来なくなって続きが撮れない僕の代わりに、別の子役が演じたドラマが流れる。
それらと共に自分の中に流れ込んでくる憎悪や虚無感の感情が渦巻いていく。
僕は、あの時自分の役を取られた。
水原にとって、僕は確かに一クラスメイトである。
冷静に考えてみればそれはそうだ。
そんなに重要なポジジョンではない。
ましてや水原をどうこう言えるような立場でもないだろう。
練習をお願いされたり、ちょっと呼ばれたりで浮き足立っていた自分が馬鹿みたいだ。
でも。
「他の男といるのは癪だね全く」
気に入らない。
決めた
「――水原を、落とそう。」
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