第7話 体育祭.2

 玉入れの後は、借り物競走だ。


借り物競走は確か水原が出るんだったか。


そう思いながら汗を拭いて前を向けば、

出場者が校庭の中央で箱からそれぞれクジを引いていくのが見えた。


 水原もその中に混じり、箱に手を突っ込んでクジを取り出した。

クジを見て顔をゆるめたのが見えたため、簡単なお題を引いたのかもしれない。


『それでは選手はそれぞれクジに書かれた物を借りてきて下さい!

よーい、スタート!』


 中央から選手達は思い思いに駆け出す。

そして、その集団の中から飛び出した水原がウチのクラスへと向かって駆け込んできたかと思えば。

「九条くん、来て貰える?」

そういって腕を掴み、また走り出す。


またこの流れか。相変わらず了承もしていないのに勝手な。


そう思いつつも、頼ってくれたことが嬉しくて頬をゆるめる。


「お題はなんだったんだ?」

「ボーイフレンドって。」

「うん。……うん?」

ゆるめたのもつかの間。顔は引きつった。


 それは良くない。こういった保護者、つまり社交界やらの重鎮たちも大勢来ている中でそういった風に紹介されるのは非常に良くない。

子供同士の付き合いでも動くのが、あの大人たちの世界だ。

ウチの両親も今回は来るとは聞いていないが伝わること間違いなしである。


 ボーイフレンド。日本で使うなら純粋に男友達。

しかし英語圏であればボーイフレンドとは恋愛関係のある男性の恋人を示す言葉であり、恋愛関係が無いならばフレンドと呼ぶのが通常である。

つまりボーイフレンドとは日本でいう「彼氏」に相当するのだ。


誰だこんなネタを仕込んだのは。

というかなんでこんなブツが入っていやがる。

非核三原則って知ってる?


思わず青ざめた僕に

「いやー、九条くんが居てくれて助かりました。」

と笑顔で言い放ち中央へと走り続ける水原。

つねってやろうか。


「水原さん、待ってくれ――」

言いかけたところで中央に着いてしまった。……ついて、しまった。


『おっとここで一人目が到着だーッ!』


アナウンスが響き渡る。

「一等だよ、これで。」

「あぁ……そうだな。」

その言葉で更に遠い目になる。

一等。余計に目立つではないか。


実況をしている男子生徒が煽りつつ、水原と会話していく。

『お題は……ボーイフレンド!

お隣にいるのはまさか?』

『クラスの男子です。』

笑顔で返す水原に大げさなリアクションを取る実況。

『あちゃー、残念!

ではでは一等に輝いた両名に拍手!』


「ありがと、九条くん。おかげで一等だよ。」

「お役に立てたならなにより……。」

「そういえば、さっき何か言いかけてなかった?」

「いや、もういい……。」

半ばヤケクソになりながら言葉を返す。


あくまでも「クラスの男子」として広まるなら問題は無いだろう。

その裏で恋愛関係を勝手に想像するならさせておいても問題は無い。

僕は九条ではあるが、次男であり跡継ぎでは無いのだから。


いや、呼んで貰えたのは嬉しい。

手をつないで走るのも青春ぽくて良い。

しかし紙の内容が危ない。


一人悶々としながら、席に戻っていく。


この次は部活対抗リレーのはずだ。

これは、それぞれの部活を連想させる格好をして、部活の道具をバトン代わりに走るというもの。


見る前に競技中色々と考えていて、気がつけば終わってしまっていたのだが。




さて、昼前最後の競技は騎馬戦。高1男子は全員参加。


僕はあの測定により騎馬の上だ。

下には喜田と普段あまり話さない男子二人。


「九条、へますんなよ。」

「大丈夫だ。」

借り物競走からの衝撃がまだ酷いが、これぐらいならなんて事は無い。

というかそう思わないとやってられない。

よっしゃぁ、ここは暴れて忘れ…ちゃだめだけど憂さ晴らしだ。


『では、騎馬戦。開始!』


ここから始まるのは戦。

気持ちを切り替え、目の前のことだけに集中しなければ。

なんて格好つける感じで一回深呼吸。

そして前を向く。


色ごとに四騎ずつ出て体当たりをするわけだが、ウチのクラスは最初に各個撃破をするらしい。


つまり、相手の一騎を二騎で囲んで勝つごとに次へと移っていく戦法だ。しかし、これを実践した場合残り二騎ははじめ、敵の三騎を相手にすることとなる。

つまり、二騎はそれを耐えられるような騎馬でなければいけないわけだが。


「九条は俺と防御側になってくれるか!」

「分かった。」


その二騎は僕と西川となった。

他の二騎が相手を囲んだのを確認したら、自分たちはまず耐えなければいけないわけだが。では、耐えるのに何をすれば良いのか。

攻撃をこちらから仕掛けず、相手に囲まれないように一定の距離感を保つ事だ。


そうして相対する相手を減らしてから、こちらが囲み返して一気にたたみかけるという方法である。


「喜田、もう少し右に下がってくれ。囲まれそうだ。」

「あいよ。」

最初は睨みをきかせるだけの役だが、これも重要な役である。

しばらく、お互いに睨み続けていると。


「西川!取ったぞ!」

「よし、九条!行くぞ。」

「うん。」


西川がそばに居た一騎に正面から勢いよく立ち向かう。


 敵の選手と西川がもみ合っている隙に後ろから鉢巻きを狙う。

が、当然相手が黙ってそれを見ているわけが無く。他の一騎がこちらに向かってきていた。ウチのクラスの騎馬もそれを追いかけているが間に合いそうに無い。


 そして、僕の後ろから手が伸ばされる。

「悪いが、今はちょっとむしゃくしゃしててね。」

「なっ。」

喜田の頭に右手を乗せてあん馬の要領で身体を宙へと浮かして旋回。頭をずらして後ろからの攻撃を避けつつ、左手で西川側からかすめ取り。

「はい、一つ。」


後ろにいた敵選手の驚く顔が目に入る。

そういう反応好きだよ。

気分は実は強キャラ的な立ち位置になった感じ。


倒立で一旦体勢を立て直す。

世界が遅く見える。

開脚旋回で動きを分かりづらくさせ、今度は右手で取る。

足を敵の目の前で横切らせ、そこから手が現れるように身体をひねって

「二つ。」


二人目の鉢巻きも落とす。


うーん。余裕だ。

三人目がいたら区切りが良かったんだけど、もう他の騎馬に落とされてるや。



しんと静まりかえった会場を、一瞬で興奮の波が覆っていく。

あっというまに場は歓声で包み込まれた。

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