第6話 体育祭当日

 見事なまでの五月晴れ。

入学式では満開だった桜の木は花びらを若葉へと着替えている最中だ。


そして、雲一つ無い青空の下。

成秀院学園高校の校庭には赤と白の鉢巻きを巻いた生徒達がずらりと並んでいる。


 運動会での赤白という光景は日本独自だそうで、欧米では赤組と青組に分けるのが一般的なのだとか。日本育ちの身としてはやはり赤白の方が落ち着く。


なんでも赤白にした理由は詳しく分かっておらず、源氏(白)と平家(赤)の旗の色に合わせたのでは無いかというのが定説である。


 九条家はまごうことも無き公家の血筋でありどちらかと言えば平家に近い。つまり赤と言える訳だが、何故か白組となった。


まぁ正確に言うなら源氏、平家双方の流れをウチの家は組んでいないからどちらでもいい。


「いやぁ、体育着姿の女子も良いな。有りだ。」

いつもの馬鹿も当然のようにセットである。

いや、クラスごとに色が決まるのでどちらにしろセットではあるが。


「お前は本当にぶれないな……」

「九条さんはどの子がお好みで?あ、分かっちゃった水原ちゃん?

さてはさては水原、優華ちゃんだなぁ?」

「……。」

「いやー、あの子最近は九条以外とも打ち解けたみたいで結構クラスに馴染んできたな。」

 そう言って喜田が目を向ける先には近くの女子と楽しげに話す水原の姿。

会話が盛り上がっているのかよく笑っている。


初めは周りから一歩引いていたようだが、二週間経った今ではああしてクラスに馴染みきったようである。


「そうみたいだな。」

「九条くんも?最近はあまりかまって貰えなくて?さびしいみたいだしぃ?」

「はぁ?そんな訳無いだろう。」

「手をつけるなら早い方がいいぞ。女を花で例えるように、男にも旬という物がある。俺たちはまさに、旬の真っ最中だからな。」

「ハッ。」

「うわ、嘲り笑ったよコイツ。」

嘲笑で返しつつ、なんとなく水原に目を向ける。


 気心しれる友人が出来たのであれば、それは良いことだ。

水原にとっても学園生活は過ごしやすくなるだろうし、僕にも平穏な生活が戻ってくる。

ただそれだけだ、と思いつつモヤッとしたものを覚えた。



 体育祭のスケジュールは単純だ。

最初に開会式があり、色々やりつつ時折中間発表。お昼を挟んでまた色々やって閉会式で閉め。やや省略しすぎ感はあるがこんなもんだろう。


 スケジュールとして体育祭の予定は把握しておいてある。

入学式のごとく公家会から何かあるのでは無いか、とやや身構えていたのだが体育祭では動かないので好きにしろと会長からはお達しが出た。

ビバ・フリーダム(自由って素晴らしい)。


 校長先生が開会の言葉を告げ、体育祭は開始だ。


まずは綱引き、ウチのクラスの握力自慢たちの登場である。

いかつい体格をした大男たちが何人も歩いて行く。

ボディービル部なるものも高等部には存在したはずだが、確かそこにいる生徒だったろうか。


対する相手のクラスはひょろりとした背の高い男が縄の後方で一人目立っている。

モヤシという印象が強い。特に筋肉隆々というわけではなくひょろりとそこに立っている様子だ。


『それでは、構えて…始め!』

アナウンスとともに、両者力強く引っ張る。

体格的にウチのクラスの圧勝かと思っていたが、敵も負けじと踏ん張っている。

あのモヤシくんなんて自分の体に縄を巻き付け、地面と平行に近いくらいの態勢で頑張っている。


 ……いいぞ、引張れ。

そのまま握力どもをぶっ潰せ。

そうだ握力がなんだって言うんだ。握力が全てじゃないとも。

くそ、握力どもめ耐えやがって。


あれ、どっちが自分の色だっけ。


「九条、お前今ウチのクラス罵倒してたろ。」

「気のせいじゃないか?」

「目が泳いでるから」

「なっ」

「はい引っかかったー、ぐほぇっ」

鎌をかけ、おちょくってきた馬鹿の頭を叩き、競技を見ればウチのクラスの勝利だった。


喜ぶべきなのだろうが、微妙に勝って欲しくなかったため内心複雑だ。



 綱引きは他の組み合わせでも色々とやり合い終了、そして次は玉入れ。

つまり僕の出番である。


見てろよ水原、喜田、西川。僕は運動音痴では無いと、証明して見せようじゃ無いか。


『続いて、玉入れの選手の入場です。』

小走りで戦場へと駆けていく。闘志、気合いともに十分。

あとは網の中ゴールへと突き進むのみ。


そう。この日のためになんと、玉入れのコツを調べたのだ。

負けるわけが無いだろう。


『それでは…始め!』

合図と同時に地面に転がる無数の球を素早くつかみ取り、右手の中に全て持つ。

そして勢いをつけてポールへと走って行き、ポールの前で左肩を上に、跳ぶっ!

そこから右手を振り下ろし、の――

――ダンク、シュートッ!


 決めたかと思った次の瞬間。

持ちすぎて右手からはみ出した球が、一つ。また一つと手の中を離れ、跳んで身体が最高潮に達するのと同時に全て地面へと落ちていく。



……そうだ。僕、握力無いんだった。

ふと頭をよぎっていくその言葉が自分の中で深く突き刺さる。


悲しいかな。

ダンクシュートのための跳躍力はある。そのフォームを再現できるほどの身体能力もある。されど、球を数個掴むための握力が決定的に足りていなかった。


しばらくして玉入れは終了。


結局、僕の戦果は球一つとなる。


その後喜田から、球を両手で掴んで少し跳んだ後にゴールポストの手前で離せば入るという事を聞き、その手があったかと愕然とするのだった。


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