第5話 練習を二人で

 体力測定の結果、僕は玉入れと騎馬戦となった。


騎馬戦は長座と握力の結果によって上の生徒が決められ、玉入れはぶっちゃけ測定結果での運動音痴を放り込む競技と化した。


玉入れについて疑問に感じて西川に体力測定で定番のハンドボール投げで決めないのかと聞けば、「ハンドボールはどこまで遠くに飛ばすかなのだから、玉入れに必要な精度とは関係無いだろう」と返されそれもそうかと納得した。



 さて、測定が終わって次の日。


「旧石器時代の遺跡としては岩宿遺跡はやはり外せません。相沢忠洋によって黒曜石が発見され――」

授業中にふと視線を感じて、そちらを見れば水原が目をパチパチとさせてこちらを見ていた。僕が見たのを確認すると、頼むというように手を合わせて頭を下げてから、ドアの外へと何度か指を指す。


僕は出来る男。ちゃんと今ので把握できるさ。


 そこでチャイムが鳴り、7限の授業が終わる。あとは終礼をしてその日の授業は終了。あとは放課後だ。


 水原のボディランゲージ通りに教室の外へと出る。

教室の前で待っていると、水原が来て

「あとで練習に付き合ってくれない?」

と言ってウィンクをしたら戻って行った。


 ちょっと待って、僕は何も言ってないんだけど。

僕の意思は無視ですか、そうですか。


いやまぁ?美人だからいいんだけどね?

男なんてそんなもんだ。(偏見)



 終礼の後で喜田に断りを入れ、水原の席へと行く。


「それで? 何をするんだ?」

「それは向かいながら話すね。」

上機嫌な彼女の後ろについて、体育館へと歩いて行く。


「私は借り物競走と二人三脚になったんだけど、二人三脚が昔から下手で上手くいかなくって。」

「うん。で?」

「九条くんに練習付き合って貰えないかな~と。」

そういって上目遣いにこちらを見てくる水原。


勿論です。今すぐやりましょう。と言いたいけどここはこらえて。


「僕じゃ無くて、ペアの子とやればいいだろ。」

「いやー、ペアの子がまだ決まってないんだよ……。」

「うん?」

「その、私が編入生だからか皆全然話しかけてくれなくて…。正直、私もそこまでコミュ力高いわけじゃ無いから…。」

なら何故僕と話しているのかと思ったが、練習に付き合うことにした。


それに、ペアが決まっていないというのに練習をしようとする水原の心意気は内心気に入ったのだ。


と言い訳をしておく。


美少女万歳。


「ここまで来て戻るのは癪だし、付き合うよ。」

まぁ打ち明けたりはしないが。


無論、男女の更衣室は違うので、着替えたら地下体育館の中で合流することにした。


体育館の放課後使用は基本的に自由。一階はバレー部が既に使っていたので仕方なし、というより一階は運動部が連日のように使っているそうだ。

その場の隅で練習することは邪魔であるとしか考えられないため合流場所は変えておいた。



地下体育館といっても一階と見た目はさほど変わらない。床も壁も木目のデザインになっており、天井を支える四角柱の柱が適度に配置されているという具合だ。


待つ間に体をほぐしていると、水原の声がかかる

「ごめん九条くん待っ、…え?」

「何を見ているん、だっと。」

床を両足で蹴る音が地下体育館に響く。


顔を少し引き攣らせて聞いてくる水原。

いい表情だ。

「何、やってるの?」

「後方伸身宙返り。」

「……え?」

「だから、後方伸身宙返り。」

言うのと同時に床へと着地を決める。

 ……決して、運動音痴と思われたままなのが嫌だったから、だとか、なんとなく見せつけたかった、なんて幼稚な理由では無い。

断じて言うが、練習の話が出たときからそんな事を考えていた、なんて訳では無いのだ。

いや少し考えていたかも。


「よし、水原さんも来たことだし、二人三脚の練習をしようか。」

「う、うん。そうだね。」

と澄まし顔でいう僕に若干引き気味の水原。

あれ、何か間違えた気がする。いや、気のせいだろう。

そうに違いない。


 水原は気を取り直したようで、

「それじゃあ、バンドつけるね」

そういって足にバンドをつける。屈んだ彼女からは女子特有の甘い良い匂いがしてきて、思わず水原が女子なのだと再確認する。

そう思うと、なんだか気恥ずかしくなってきてしまい、彼女を意識し始めてしまう。


「九条くん? どうかした?」

当の本人は何も気にしていないようで、カクンと不思議そうに首を傾げてくる。

こやつ……さては天然殺しかっっ…


「なんでもないよ。練習始めていいから。」

「じゃ、私が合図するから、よろしくね。」

「分かった。」


やや、呆けた僕に声を掛けてくる彼女。

「せーのっ!」

かけ声と同時に足を動かす。


 が、集中はすぐに切れた。

自分の体に柔らかい何かが当たっている。

走るために体を密着させることによって女子特有の膨らみまで密着されているのだ。

 僕は別に女子嫌いというわけでは無く、健全な思春期男子である。当然、そういった方向を全く意識しないわけが無く。

意識することで余計に思春期ぼんのうが心の中で暴れ出すのも必然。



 肩を組むことで分かる華奢な体つき。体を密着させた事により伝わってくる水原の鼓動。バンドで固定された足に触れる柔らかな雪のような肌。

水原の「いっち、にっ」というかけ声が遠ざかっていく。

水原の呼吸が色っぽく、耳に残る。

最高です。


 あぁ、今までのハニートラップはお嬢様にお上品だったのかと訳の分からない方向に思考が飛んでいく。今まで「こいつ別に僕の事好きでは無いだろう」と思われる女子からのプレゼント攻撃やらを受けたことは幾度となくあった。


あからさますぎて嬉しくなかったです。


 しかし、女子とここまで密着するのは初めてだ。


 例の親友が頭の中で「どうだい、坊や」とサムズアップしてくる絵が浮かんできたのであとで殴る事を決めた。

慈悲はない。



あぁ、頭がクラクラする。

「九条くん? なんか、大丈夫?」

「平気。さぁ練習続けよう。」

「うん。」


水原の色気地獄、いや天国は夕方になるまで続くのだった。


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