第1話 出会いは唐突に


 体育館に椅子を淡々と、それでいてなるべく速く配置していく。

もう朝から始めて一時間ほど経つがいまだに終わらない。


疲れ果てた顔は無味乾燥としていることだろう。




 私立成秀院学園。


 明治初期から続く由緒正しい歴史ある名門校であり、名家、財閥やお金持ちの才覚あふれる子女が全国より集まってくる。また都会でありながら敷地面積は300平方メートルをこえる広さを誇る。その広さ東京ドームの約6個分。


…毎回思うんだが東京ドーム何個分とか分かりづらくないのかね。


まぁいい、話を戻そう。


 幼年部から大学院まであり、一旦入ってそこそこ真面目にやっていればエスカレーターが可能だ。かくいう僕も初等部の途中で編入し現在に至るまでエスカレーターである。


 しかし、ここは学校であると同時にちょっとした社交の場でもある。


名家、財閥の子息、令嬢達には門会と総称されるコミュニティに所属、作成が公に許されている。名のある財閥などの子息が率いるほど影響力は強く、力関係があらわになってくる。


 ちなみに僕が所属するのは名家の子息や令嬢が在籍する「公家会くげかい」。

一条や綾小路といった名家は勿論、古くから伝わる血筋の者は大抵ここに属する。うちも九条というネームバリューがあり、会の中での発言力はそれなりに強い。


 なお、この門会という存在は中等部で構成される。といっても初等部の時点で既にそれらしい雰囲気は出来上がっているのだが…。



 そんな訳で、高等部の公家会に入るにあたり、体験という形で何故か新入生である僕が自身の入学式の準備を手伝っているというなんとも味の無い光景が広がっている。


いよいよ入学式、これで華の高校生。気合いを入れて体育館の扉をくぐればあら不思議、今朝に見たような景色だとなるわけだ。


 入学式の準備は本来、生徒会、規律委員会の仕事なわけだが今代の「公家会」会長と現生徒会長は仲が良いようでこうして時々手伝うのだとか。


新一年を入れてるのはウチだけだけどねぇ…。

あのイケメン会長め。


何が悲しくて自分の入学式の準備をしなければならないのか。


微妙に理解したくないという気持ちがわき上がってくることは心の中に留めてそっと目をそらしておく事にした。



 そうこうしている内に準備はようやく終わる。


「お疲れ様、九条くん。よく働いてくれたね」

「いえ、これぐらいなんて事はありません」


クール系イケメンな会長が労いに来た。

しかし油断してはいけない。ここからが本番である。


「さて、あとはこれを教職員の方々に渡してきてくれ」


はい正解。景品はハワイ旅行。自費になります。

手渡された大量に積まれた書類。


「分かりました」


 体育館を出て高等部本館へと繋がる道を小走りで急いでいく。


今年は暖冬であった為か道の両端に並ぶ桜の木々は満点に花開き、ピンクの花びらが時折風で宙を舞う。やはり桜は良いものだ。見ている者に春を優雅 に感じさせる。

例年なら蕾が少しばかり残っているのだがこれはこれで嬉しい。


前日に雨が降ったことで、地面に出来上がった水たまりに映った桜に心躍らせ口角があがる。


まだ時間が早いためか生徒の姿は見えず、桜一色の並木道を一人駆けていく。


 明るい気分で走って行けば本館の正面玄関が見えてきた。

本館の一階を通って廊下を歩いて行けば着くはずだと地図を思い出しながら、スピードを上げた。


高校の本館に入るのは数回目でありいまだに校内を完璧には覚えられていないが


と、そこで入り口から一人の女子生徒が出てくるのが見えた。

リボンの赤色から高等部の生徒だと分かる。

こんな時間にいるなんて物好きな、とぼんやり考えたのが悪かった。



ふっと足が浮き、体が後ろへと倒れていく


手を離れ、辺り一面を舞う資料がスローモーションで目に映る。


景色が反転し、まずい、と思うのと同時にこれはこれで綺麗だ、なんて呑気に考えていれば肩から頭へと順に衝撃を感じた。


痛い。貴重な脳細胞が幾つ死んでしまったのだろう。

ごめんよ脳細胞くん。君の死は忘れない。

いや、絶対忘れそう。


まぁ、何があったのかと言えば僕はこけたのだ。



小学生なら何とも思わなかったのだろうが、高校生にもなって道ばたでこけるというのは大分恥ずかしく、込み上げてくるものがある


しかも何も無い場所で。


何かに引っかかったのならまだしも、何も無い場所で転ぶというのは余計非常に恥ずかしく、こちらを目を見開いて見ている彼女が恥ずかしさに拍車を掛ける。


内心ふざけて現実逃避しつつ上半身を起こして辺りを見渡せば、無残に散った資料たちの数々を見て思わず遠い目になる。


 幸いと言って良いのか、正面玄関の手前にある石畳は日当たりが良く、地面は乾ききっていたため浸水被害は無かった。



一つ一つ手作業でかき集めていれば、見ていた女子生徒が話しかけてきた。

「あの、手伝いましょうか?」

「本当ですか?助かります」

そういって見た彼女の顔を見る。

おぉ。美少女。

うん、たまには転ぶのも悪くない。

神様ありがとうございます。


「いえいえ、情けは人のためならず、ですから」

天使かよ。


彼女はニコッと人当たりの良い笑顔を浮かべてテキパキと集めてくれた

「これで全部ですね」

「貴方のおかげで助かりました、ありがとうございます」

「毎日一回良い事をするのが私の目標なんです」


達成感を表すように胸を張る彼女がなんだかおかしくて笑ってしまった。

そんな僕を見咎めるように

「あ、笑いましたね?人の目標を笑うなんてヒドい人です」

なんて拗ねるもんだから更に笑いが止まらない。


「いやー、すみません。手伝っていただきありがとうございました」

「お気になさらず。ところで、何か急いでいたようですが大丈夫ですか?」


そう言われて資料を届ける途中だったのを思い出す。

腕時計を確認して時間は十分あることを確認するが、早めに切り上げようと考えた。


「いけない、そうでした。では僕は用事があるので失礼させて頂きます」

「はい、気をつけて行ってらっしゃい」


お母さんか、と内心で突っ込みを入れて、そのまま職員室へと向かって、今度は歩いて行った。


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