※13


 小学校卒業以来行くことも少なくなった秘密基地へ向かい、円卓会議を始めた。


「よし、じゃあもし殺人鬼が出たらオニギリは置いて逃げる……と」


「ちょっと!? 今聞き捨てならないワードが聞こえたけど!?」


 あれほど嫌だ嫌だと駄々をこねていたオニギリは、氷柱雪さんが参加することと幼馴染カズトによる脅迫によって、渋々承諾することになった。


「バカにぎり。殺人鬼なんて本当に出てくるわけねえだろうが。……まあでも、一応用心の為に各自武器と非常食なんかは持ってきたほうがいいかもな」


「あっ、じゃあわたしは医療セットを持っていくね。誰かがケガをしてもいいように」


「オッケー。じゃあ俺は金属バットとエアガン二丁持っていくわ。誰かに貸してやる。うはぁ~、それにしても盛り上がってきやがったなぁ……あっ、タツヒロは絶対ケータイ忘れんなよ。持ってるの俺とお前だけだからな」


「オッケー、了解」


 まるで修学旅行前のような雰囲気で俺たち三人が和気藹々とするなか、オニギリだけが不安そうな表情を浮かべていた。


「えっ……? ちょ、ちょっと待ってちょっと待って! なんなの君たちもの凄く物騒なんだけどっ、この集団は夜中に一体何をしにいくわけ!?」


 確かに、会話だけだと非行少年の集まりでしかなかった。でも、夏の風物詩としてはいいんじゃないか? 肝試し。

 鼻腔をくすぐる夏草の匂い。懐かしい青春。俺は肺いっぱいに空気を吸い込んで、にっこりと微笑んだ。悟った表情で、オニギリの肩に手を乗っける。


「オニギリ、中学最後の夏だしさ、良い想い出作ろうよ。……ほら、彼女が居なくても俺たちがいるじゃんか」


「タッツー……いや、何良い感じに言おうとしてんの……? ぶつよ?」

 真顔で言われた。基本温和なオニギリが暴力振るおうとするとか、余っ程だ。


「まあ冗談はさておき――各自家帰って準備して仮眠取ったら、ここに集合な」


 観念したオニギリを笑いながら、カズトは卓上の紙に作戦決行する時刻を記入した。


 ――殺人鬼の館へ、潜入することになったのである。





 幾つかの携帯食料、スナック菓子にハンディライト。暇つぶし用の携帯ゲーム機までもを兼ね揃えたサバイバルバックを背負って、俺は集合場所へとやってきた。

 完全に遊びに来てる感が否めないが、それでもワクワクする心は止められない。男の子は、いくつになってもみんな冒険が大好きなのだ。


 ポケットから折りたたみ式のケータイ電話を取りだし、時間を確認する。23時を過ぎたころだった。以前使っていた懐かしの機種をいじくりながら、みんなを待った。


 最初にやってきたのはカズトとオニギリだった。

「よっ」


 真夏だというのにダウンジャケットを着込んだフル装備でカズトが片手を上げた。頭部には建設工事用のヘルメット。そして何故かサングラスにマスク。背中のリュックからは金属バットの取っ手が飛び出ている。警察に見られたら即刻補導されそうだ。


「カズト、その格好割とマジでヤバいよ」


「ふっふっふ……大分イカしてるべ? 皆まで言うなって」


「いや、誰も言って無いけど……」


「それより聞いてくれよタツヒロ、このチキン野郎が寸前になってお腹痛いとか抜かしやがって部屋から出てこねーでやんの」


「オニギリ、体調悪いの?」

 ふて腐れるオニギリをのぞき見ながら訊ねた。


「そうだよ! それなのにカズトが無理矢理……!」


「ウンコならそこら辺でしてかまわねえから。まだ氷柱雪来てねえみたいだし」


「こんな公の場で僕に野糞をしろっていうの!?」叫ぶオニギリ。


「別にいいだろ、俺たちだけなんだし」


「全然良くないよ! 例え君たちが相手だったとしても、僕は銭湯で自分の裸を晒すことさえ躊躇するよ! ホント、そういう繊細な子がこのグループにいるっていうことをもっと意識してほしいところだね。いっつも距離感が可笑しいんだよ、君たちは……」


「ああ、もういいからいいから」

 面倒くさくなったカズトがぷらぷらと手を振った。オニギリが歯をむき出しにしてカズトに文句をつらつらと言い放つ。


 基本オニギリは殴られたりしたときもやり返すこともなく苦笑いを浮かべているだけのヘタレだけど、幼馴染のカズトにだけは心からの本音を言える。二人の間には、俺でさえ入ることのできない空気があるのだ。


 やがて到着した氷柱雪さんがくすくす笑いながら口にしたのは、「オニギリくん、おトイレ行きたいの?」だった。





 事前に作成した簡易地図を頼りに、夜道を歩いた。

 この付近一帯には草木以外何も無い。近隣の住宅も少し離れたところにぽつぽつとあるだけだ。つまり、野生動物の縄張りというわけである。


「なあ、熊とか出たらどうする?」

 先頭のカズトが、ヘルメットに取りつけたライトで暗闇を照らしながら嬉しそうに言った。


「この辺ってそんなに出るっけ?」


「わたしは聞いたことないなあ……」

 カズトは特に表情の変化しない俺と氷柱雪さんを見て、つまらなそうに眉を下げた。


「お前たちって結構度胸あるよな……なんか、こう怖い物知らずっていうか」


「「そう?」」

 氷柱雪さんの言葉が重なる。えっ、嬉しい。


 小さな幸福を味わう最中、最後尾を歩くオニギリが突然足を止めた。


「ね、ねえ……やっぱり帰ろうよ」


「ここまで来てそれはねえって。帰りたいなら一人で帰れ!」


「そんな、ずるいよ! こんなところまで連れてきておいて、送迎サービスもないの!?」


 ふざけるでもなく、彼は本気で言っている。こんな面白いことばかり言うものだから、弄られキャラの立場を不動のものとしているのだが、本人はそのことに気が付いていないのだろうか? でも、そんな君も好きだよオニギリちゃん。


「うぅぅ……もうおしまいだぁ」


 挙げ句の果てに涙をぽろぽろ零し始めるオニギリ。彼は終始俺の服の袖を離さなかった。そういうことは氷柱雪さんにして欲しかったんだけど。ていうか鼻水拭いたりするなよ。


 スニーカーを泥だらけにしながら、足場の悪い道をなんとか進み――ようやく辿り着いた。



 殺人鬼の館に。



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