※9


 教室に立ち寄ったクラスメイトの証言によると、先日警察が氷柱雪さんを訊ねて学校に訪れたのだという。情報はあっという間に広がってしまい、やがてクラス全員の共通認識となった。


「氷柱雪さん、昨日警察と話したってホントなの?」


「ううん、そんなことないよ」


 氷柱雪さんが微笑んでくれた。これで噂を流したクラスメイトのほうがホラ吹きだということが俺の中で確定した。彼女は何も悪くない。

 少しの優越感に浸っていると、さきほどから付近できゃっきゃと騒ぐ女子グループが目に付いた。


「ねえねえ、ちょっと氷柱雪さんに試してみようよ」


「みんな普通の答えすぎてつまんないよ。でも、こんなの当てはまる人居るのかなあ……」


 何やら氷柱雪さんに用事があるらしい。醜い顔面の小太り眼鏡が、下品な笑い声と共にこちらにやってくる。


「氷柱雪さん氷柱雪さん、ちょっとウチらの質問に答えてみてよ」


「……質問?」


「うんうん。オッケー? 良い?」


 いちいちかんに障る奴だな。さっさと言えよ。俺は少し苛立っていた。


「うん」と答える氷柱雪さん。きょとんとした顔がどこまでも可愛らしい。


「えーコホン……頭に思い浮かんだ答えをすぐに答えてね。じゃあ行くよ?」

 前置きをしながら、小太り眼鏡が続ける。


「今はクリスマスです。とある男の子の元にサンタクロースからのプレゼントが届きました。その中身はサッカーボールと自転車でした。でも、その男の子は喜びませんでした。さて、何故でしょう?」


「足が無いから」


 即答。一瞬――辺りが凍り付いたよう気がした。


「……え? ちょっと、もう一回言ってみて」

 対面のブスが興奮した面持ちでもう一度答えを求める。


「男の子に足が無かったから。プレゼントをもらっても嬉しくなかったんじゃないかな?」


「きゃあああぁぁ!!」

 溜め込んだ狂気を一気に発散するように、ブスが雄叫びを上げた。


「ヤバいヤバい! 氷柱雪さんヤバいって! サイコパスだ!」


「サイコ……パス」

 氷柱雪さんは、表情を変えることなくぼやいた。


「おい、からかうのもいい加減にしろよ」


 すかさず口を挟む。子供相手にみっともなく声を荒げていたかもしれない。でも、氷柱雪さんを精神病質者にするなんて許せるわけがない。


「タツヒロくん、いいよ別に」


「良くなんかないよ。氷柱雪さんも少しは言い返したほうがいい。おい、お前……名前――なんだっけ、いいから氷柱雪さんに謝れよ」


「はあ? 何アンタ。キモっ」

 ブスが眉間に皺を寄せて睨み付けてくる。


「キモくてもなんでもいい。謝れって言ってんだよ」


「何? アンタ氷柱雪さんのことが好きなわけ?」


「ああ、好きだよ」


 俺の突然の告白に、ブスとその取り巻きが瞳を見開いて奇声をあげた。


 今は昼休みで、カズトとオニギリも居なければクラスの生徒たちもまばらだった。俺や氷柱雪さんを除けば、教室にいるのは十人いないくらいだ。今の告白を何人が聞いたかわからないが、別に気にしない。今はそんなことよりも大切なことがある。


「…………」

「…………」


 氷柱雪さんとの間に訪れる沈黙。勢いで言ってしまったが、氷柱雪さんはどう思ってくれただろうか。そこが一番重要だ。


「い、今……好きっていったの……?」


 俺は身体を翻して、机に座っている彼女にちらりと目を向けた。


「…………き、聞いてた?」


 しらばっくれようと一瞬思ったけど、無理だった。ああ、どうしよう……。


「う、うん……えっと…………わたしのこと……?」


 ヤバい今更だけどなんか無性に恥ずかしくなってきた。相手が小学生でも緊張するものなんだな。好きな人が相手だと。


「…………えっと……まあ、その……一応……そういうことに……」


 一応ってなんだよ一応って! 今すぐ言い直せバカたれが!


「そ、そうなんだっ……」


 氷柱雪さんは言葉を詰まらせながら俯いた。綺麗な前髪で表情は見えなかったが、彼女はそのまま机に突っ伏してしまった。


 ……照れているのだろうか。

 だとしたら嬉しかった。例え返事が無かったとしても、かまわない。


「……今日さ、秘密基地行くから……久しぶりにおいでよ。みんな待ってる」


 寝たふりをしているらしい氷柱雪さんに一言添えて、俺は自席へ戻った。丁度良いタイミングでチャイムが鳴る。五時間目の授業が始まるようだ。


 そういえばあの小太り眼鏡……氷柱雪さんに謝りもせずいつの間にか消えていた。……因みに隣のクラスの奴だった。なんなんだよクソブスめ!


 しかし、それにしても――あのブスが言い放った一言が気になっていた。

 サイコパス。

 聞いたことはある。妙な質問に対する返答の仕方で、凶悪な犯罪者と同等の思考を持っているかどうかを判断するものだったはずだ。インターネットをちょっと覗けば、犯罪者的な思考をいいように利用する娯楽サイトがごまんと現れるだろう。

 こんなもの、全部遊びに決まってる。


「……くだらない」


 タイムリープをしてみてわかったこと――氷柱雪カナタは少し変わっている。

 でも、それがどうした。彼女が美人であるなら、なんの問題も無い。俺はすべてを許す。


 例え、氷柱雪さんがサイコパスだったとしても。





 放課後、四人で久しぶりに秘密基地へ向かった。この小さなボロ小屋が元々何に使われていたのか知るよしも無かったが、土臭くて、それが癖になる。そこで俺たちは返却されたばかりの作文を見せ合うことになった。


「……ケーキ屋さんだぁ?」

 ひくひくと眉を微動させながら、カズトが言った。


「別にいいじゃん、甘いもの好きなんだから。いつでもケーキが食べれるなんて最高だよ」


「女子かよお前は。家が剣道の道場やってんのになんでこんな女々しい野郎に育ったんだか」


「そういうカズトん家はお花屋さんじゃん。ってことはお花屋さんになるの?」


「んなわけねえだろバカ」


「おかしくない? カズトの言ってることおかしくない?」


 オニギリがぽかんと口を開けたまま、困惑した表情で俺と氷柱雪さんの間を行ったり来たりする。俺はくすくす笑いながらオニギリの頭部をぺちんと叩いた。


「オニギリ、ケーキ屋さんになりたいんだったらあだ名モンブランに改名しようよ。イガグリボーズってことで」


「モンブランだったらそれはタッツーのほうじゃん! 栗ヶ山なんだからさっ」


「うふふっ」


 モンブランオニギリとの会話劇を前に、氷柱雪さんが笑った。よし、良くやったぞ栗にぎりめしよ。全然美味しそうじゃないけど。


「氷柱雪は? なんて書いたんだ?」カズトが訊ねる。


 氷柱雪さんは困ったように笑みを浮かべてから、「……学校に置いてきちゃったの。だから今持ってない」と答えた。


「なんだよー、でも内容くらいは覚えてるだろ?」


「ううん、全然覚えてないの」


「なんだそりゃ。じゃあ次、タツヒロな。おら、見せろよっ」


 カズトが俺の原稿用紙を無理矢理奪い取る。


「んー……何なに――はあ? タイトル、『結婚したい』って――なんだこれ、婚活中のオヤジじゃねえんだから……つか最近のお前色々と大胆すぎるだろ!」


「素敵な夢だ。タッツー……良い夢だね」

 オニギリが酔いしれたような声音でうっとりと微笑む。ロマンチストオニギリ。


「うわっ、こいつ気色悪っ。キモにぎりだ!」カズトが非難の声を上げる。


「何を言ってるのさ! みんな好きな人の一人や二人いるもんでしょ! はい、じゃあこれから発表タイムね。好きな女子を順番に言っていくこと! あ、氷柱雪さんは男子ね。じゃあまずは言い出しっぺのタッツーから」


 別に言い出してはないんだけどな、と思いつつ、俺は意中の人を見つめながら言った。


「氷柱雪さん」


「…………えっ」

 オニギリは再び絶望的な顔を披露した。


「オニギリとカズトには言ってたでしょ、なんで驚いてるのさ」


「だ、だって……まさか本気だなんて……思わなくて」


「好きな人をテキトーに決めたりだなんてしないよ、俺」

 そう言って、氷柱雪さんにじっと瞳を向ける。


 氷柱雪さんはまた髪の毛で綺麗な顔を隠し、見せてくれなかった。視線を反らしながら「えっと……」と、指先をいじくり恥ずかしがっている。とても良い。


 真剣な思いを瞳に宿し、俺は氷柱雪さんを穴が開くほど見つめた。マジ過ぎて表情が子供のソレじゃないかもしれない。


 憔悴しきった表情のオニギリは放っておくとして、気になったのは無言を貫くカズトのほうだった。彼はどうにも歓迎してくれる雰囲気ではなかった。

 たとえ親友のお前がライバルになるのだとしても、俺は絶対に負けないけどね。


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