※5
程なくして、初めての委員会活動が始まった。俺と氷柱雪さんは校庭の隅にぽつんと置かれているボロボロの飼育小屋へやってきていた。
活動日初日はオリエンテーションも兼ねているらしい。去年からハッピーラビットパーク委員会に所属しているらしい同学年の女子が、やたらと高圧的な態度でこの場一帯を仕切っていた。そんなことよりそのクソダサい眼鏡を変えたらどうだろうという思いを、俺はなんとか押しとどめる。
簡易な作りの飼育小屋には、当然だがウサギしかいない。柔らかい作りの金網に手作りのネームプレートが掲げられていて、一部屋にそれぞれ二匹から三匹が暮らしているようだ。
俺は氷柱雪さんとペアを作って『ユキちゃん』の小屋の世話担当に振り当てられた。土だらけの部屋の中で逃げ惑うウサギたちを捕まえて小さな運動場に移動させ、散らばったフンの掃除。やっていることは紛れもなく汚れ仕事だった。それでも、感慨深いものがある。
憧れの氷柱雪さんとこうして一緒に委員会活動に勤しんでいるという事実が、俺の雑念を綺麗に浄化してくれるのだ。
「ユキちゃんユキちゃん、ふふ、今日はどこにお散歩なの?」
ぴょんぴょんと健気に飛び跳ねるウサギに、氷柱雪さんが話しかけた。
相当動物が好きなのだろう。ユキちゃんの後ろを、まるで母親のようについて行く氷柱雪さん。そんな純粋な彼女の行動を、ただただ微笑ましく思う。
「ユキちゃん、お気に入りなんだね」
「うん! 凄くちっちゃくてね、雪みたいに白い毛並みがとっても綺麗で好きなの」
委員会活動中の氷柱雪さんはとても楽しそうで、頬なんかいつも緩みっぱなしだった。
真面目に授業に取り組む氷柱雪さんも素敵だけど、こういう氷柱雪さんも非常に魅力的だ。
笑顔に勝る化粧なしという言葉があるけれど、本当にその通りだ。氷柱雪さんの美しい顔で、笑おうものならまさに鬼に金棒。圧倒的な破壊力。本能的に男は女の笑顔に弱いものなのかもしれない。
過ごしやすい気温の中、氷柱雪さんと小動物を愛でる。ああ、これは良いものだ……。
そんなときだった。氷柱雪さんがウサギを抱きかかえたまま俺の目の前にやって来た。
「ねえねえ見てみてタツヒロくん」
「ん?」
氷柱雪さんは人形を操るみたいに、ユキちゃんの小さな手を動かす。
「わたしは氷柱(ツラ)“ユキ”ちゃんです。…………えと、ウサウサ! 仲良くしてねっ」
――ダジャレのつもりだろうか。
「……ふふっ」
つい、笑みがこぼれる。何この激カワ行動。そっと添えられる人工的な泣き声に俺はもう愛しさ全開。そろそろ愛液出そう。
「氷柱雪さんってそういうことするんだね」
にやにやが止まらないまま伝える。
「あータツヒロくん笑った! もっと仲良しになろうと思って昨日の夜一生懸命考えたのに」
健気過ぎるよ氷柱雪たん。そして凄く嬉しい! 氷柱雪さんが夜寝る前に俺のことを思ってくれていたなんて!(そこまでは言ってない)
「……ウサウサって鳴くんだ」
「いやあー! やだもう絶対バカにしてるよう!」
「してないしてない。可愛いって思っただけだよ」
「もう……」
頬を微妙に染めながら、氷柱雪さんはふくれっ面を作った。
彼女の胸の中でちょっとだけウザそうにしているユキちゃんがまた、愛しさに拍車をかけてくれる。
何この青春。凄く楽しいんだけど。
――ああ、幸せだなあ。獣臭い小屋の中で、俺は時を司る神様に感謝した。
それからも順調に委員会活動に励み、俺は氷柱雪さんとの親交を深めていった。結果、俺は間違いなくクラスの中で最も氷柱雪さんと親しい男子になっていた。
ウサウサの件で明らかになったことだが、氷柱雪さんも人並みに軽口や冗談を言う人間だった。大人しそうな表情は意外にも豊かで、さらに彼女は驚くほど聡明だった。
とある委員会活動日、俺は未来技術の片鱗をひけらかした。あと十数年もすれば携帯電話が画期的な進化を遂げた姿で世の中に浸透し、パソコン並みの性能を持つようになること。そして、誰もがそれを当たり前に所持していることを説明した。
驚いてくれると思っていた。「タツヒロくん凄い!」その言葉を待っていた。
だが、氷柱雪さんはそれを当然だといわんばかりに話に乗っかり、爆発的に普及したことから大手通信事業者間の争いが激化し、一方では顧客のニーズに沿った格安の料金プランを提示してくる通信業者も現れてくるであろうことをつらつらと語った。
単に彼女の興味を引くためにやっていたのに、完全にペースを奪われてしまい、俺は唖然とするしかなかった。それに、何故だろう。氷柱雪さんは言葉の受け返しがとにかく上手い。知らず知らずのうちに俺が子供らしからぬ言葉を発言していても、彼女は聞き返してきたりはせず、ごく普通に会話を成立させてしまう。
小学生というより同年代の人間と会話をしている錯覚に陥ってしまうくらい、彼女は大人びていた。一瞬、氷柱雪さんもこの時代にタイムリープしてきたトラベラーなのではと疑ってしまうほどだ。
そんな彼女の一面に驚いた俺ではあったが、氷柱雪さんが美しい乙女であることには変わりない。こうして永遠に二人でウサギを愛でるのも悪くないと思い初めたときだった。
一匹のウサギが、びっこを引いていた。
ときおり唸るような鳴き声をあげていたし、とにかく辛そうだった。俺と氷柱雪さんはすぐに担当の先生に報告し、揃って動物病院に向かうことになった。
ウサギは、後ろ足の付け根部分が折れていた。
事故にしては不自然な折れ方だ、と獣医が語った。木の棒を破壊するみたいに、乱暴に骨と骨の接続部を捻り切られているとも。
「残酷なことですけど、生徒さんの中の誰かがやったんでしょうな」
委員会の先生は、このことに大きなショックを受けていた。生き物への慈愛の精神を植え付けるはずの飼育委員会でこのような事件が起きてしまったのだから。
ウサギは入院することになり、その帰り道で先生はいくつかの質問をしてきた。俺と氷柱雪さんが返答すると、先生は安堵して「このことは内緒な」と鼻の前に人差し指を突き立てた。
しかし、この件はすぐに学校中で話題になり、全校集会で取り上げられるほどの大問題となった。だが、その内容は俺の知る事実とは少し違っていた。
「何者かがウサギの骨を折った」ではなく、「一匹のウサギが骨を折ってしまった」と全校生徒に知れ渡ることになったのだ。
「――何か詳しい事情を知っている人は、至急担任の先生に教えてあげて欲しい」
犯人の良心を煽り、自ら謝罪させるのが学校側の魂胆だろう。
飼育小屋は、中休み、昼休みと誰でも利用することができる。つまり、無垢な少年少女の全員が加害者となり得るわけである。
事件が起きてからの数日間は、ウサギ小屋に監視の教師が張り付き水面下で犯人捜しのようなことが行われていたが、無関係の子供を疑ってしまう可能性を危惧し、結局学校は早々にこれを事故として処理することに決めた。
しかし――その翌日。
再び違うウサギが骨を折られた。
それも、今度は三匹だ。
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