第4話  病は気から ①


医者曰く、妹は重症らしい。

なんかやたら長い病名で意識が戻るのはいつかわからないとか。

「ほんと、呑気な顔よねぇ」

寂しそうに母がそう呟く。

「昨日まであんな元気にはしゃいでたのに。

急に苦しみ出して意識不明って。

神様も残酷なことするわね」

その冷静さが演技であることは明らかだ。

泣いたら、妹はこのまま帰ってこない。

そんなことあるわけないのに。

俺も、母さんもそんな気がしていた。

後ろから足音が近づいてくるのが解ったのは俺だけだった。

母さんはそれほど妹のことで頭がいっぱいだったのだろう。


「ご家族の方ですか?」

どこか冷徹とも取れるそんな声で初めて、担当医の存在に気がついたようで、ハッと振り向くと声の方へ駆けていった。

「先生!!娘は助かるん…ですよね…?」

「…最善は尽くしますが。

症例も少なく、難しい手術になります。

成功率は…良くて10%程かと」

淡々と、冷酷に。

そんなヤツを見ていて溢れててきた感情は。


もちろん、怒りだった。

「なんだよ!!テメェからしたらたかが患者の一人かもしんねぇけど!!こっちからしたら18年間一緒にいた家族なんだよ!!!

なんでそんなロボットみたいな顔してんだよ!!!あァ!?」

口が勝手に、叫んでいた。

ここが病院ってこととか、周りの患者とか。

全部忘れるほどに憤っていた。

「母さん!!こんな病院やめてもっと他のところ…」

感情のまま、叫んでいるところに

冷ややかな水が垂らされる。

「行きたいならどうぞ。まぁ、妹さんは明日手術しないと手遅れになります。それでも行きたいなら。どうぞ」

「っつ!!!!!」

憎悪・嫌悪・憤怒。

医者ヤツに向けたそういう感情ばかりが俺の心を支配した。

「手術は予定通り明日の午前9時からです」

短くそういうと、真っ白なロボットは病室を出て行った。

「クソッ!!!」

母さんはスカートの丈を強く掴み、

俺はやり場のない苛立ちに余計ムシャクシャした。



翌日


手術が始まるまで後30分程だ。

「まだ意識戻らないんだな」

「大丈夫よ。ここの病院、良いって噂なんだから」

「性格は最悪だけどね」

「…」

母さんは俯いたまま、一向に顔をあげない。

「失礼します」

コンコン、という音とともにヤツが入ってきた。

「これより手術室へと移動します」

そう言われると、俺と母さんは妹の顔を触って、いつも彼女がやってくれていた、元気が出るおまじないをした。

「「ガンバ」」

たった3文字の後、ベッドはガラガラと運ばれていく。

「行こう。母さん」

「…え、ええ」

不安になりながらも俺らは妹についていった。






「…長いな」

「ドラマとかだと十分くらいで終わるのにねぇ」

「あれはカットしまくってんじゃん」

仕様もない会話をしながら俺たちはひたすら祈り続ける。

たった10%。

でも逆に考えれば10%もある。宝くじに選ばれるよりかはずっっっっっっと確率が高い。

ガチャで最高レアが当たるのよりずっと高い。

そう思うと大丈夫な気がしてくる。

「ちょっと外の空気吸いに行こ」

母さんにそう言われ俺は黙って外に行こうとした、その時だった。

「…咲織ちゃんのご家族ですよね…?」

さっき妹を運んで行った女性が俺らの方へと小走りで、汗を流しながらやってきたのだ。

それも。

目に涙を一杯溜めて。



そんな顔を見て。

一つの結果を察した。

だが同時に。

信じたくなかった。



「っ!まっ…」

彼女の言葉なんか無視して、俺は走った。

奇跡なんて、なかった。

あんな元気で、可愛くて、正直な良い子が。

突然変な病気が発症して。

10%すらも外してしまうなんて。

そんなの酷すぎる。

悲しすぎる。

…つら、すぎる。


泣いて泣いて泣いて。

泣きまくった。

どこに行けば良いかも分からず。

あてもなく泣きながら走りまくった。


自分が今どこにいるのか。

そんなことが、心底どうでも良くなるくらいに。



























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