12 王女の醜聞
二〇人も王子王女がいれば、疎遠だったり不仲な相手はどうしてもできる。
俺はそういう相手をなるべく作らないように作らないように努めているが、いくら頑張ったって全員と仲良くなれるはずがない。
現状、歓談できる程度に仲が良い王子王女は半分強に留まると言っていいだろう。
そして、第四王女ヴァイオレットは、会話が出来る相手の中でも特に話しやすいうちの一人にあたる。
何故かというと――――
「……来るなら先に使いを出すくらいのことはしてくれ。こちらにも準備というものがあるんだよ」
「今日なら確実に姉上がいるという確信があったんですよ。そして、見事に当たりました。実際、暇だったでしょう?」
「それは……まあ、暇と言えば確かにそうだが……」
――――この人、ヴァイオレット=アッシュヴァーンは……
「……だからって、実の姉に対してであっても、礼儀というものがあるだろうに」
……俺にとって、唯一母親が同じ兄弟にあたる人だからだ。
いわゆる
俺より七歳年上の実姉は、呆れたように片眼鏡を軽く持ち上げた。男勝りな姉上は、普段から男装に近い格好をしていて、それがまたよく似合っていた。
雰囲気で言うと、マゼロン先輩に少し近いところがあるかもしれない。
今俺とラブルラックス先輩は、姉上の屋敷の応接室で、テーブルを挟んで姉上と向かい合っている。
テーブルの上には上等の紅茶と茶菓子……俺の屋敷ではまず出ないような美味しいお茶請けだ。
王家からの給金だけじゃなく、伯爵家からも相応の支援を受け取っているのだろう。
「甘えてるんですよ、実の姉に。可愛い弟が頼ってるんだから、多めに見てくださいよ」
「こんな可愛げのない弟もいないものだ。せめてそのふてぶてしい顔をやめてから出直してこい」
「生憎この顔は生まれつきです。ふてぶてしい顔というなら、姉上もそうでしょう」
「何を言っている。私はこれでも、学生時代何人もの殿方に言い寄られた経験があるんだぞ。フレデリック、お前にはあるか?」
「ありませんね」
隣で先輩が心外そうな顔をしていたが、『人気投票』経由でのアプローチをカウントには含めないだろう。
王族への恋など、本来叶うはずもない。
それを理解した上で、それでも思いを伝えたいと動いたのが、姉上に言い寄った男達だ。
要するに姉上が言いたいのはそれほど強く思われたことがあるかということで……俺には生憎、そういう経験はないな。
「そうだろうそうだろう。全てはお前の人当たりの悪さと目つきの悪さが原因だ。私のように朗らかに、そして王族としての自覚を持って気品たっぷりに振る舞えば、自然と異性も寄ってくるというものなのに」
「それで姉上、何かその男達に言い寄られて、優越感以外に得られたものはありますか?」
「……っ」
嫌そうな顔でこちらを睨む姉上。
「ないでしょう。結局王族である俺たちにとって、学生時代の恋愛など無駄でしかないんですよ。だから俺は、そういうものは最初から近づけないようにしているんです。貴方もよく知っている通り」
「……呆れた。まだそんな拗らせた高校生みたいなこと言ってるなんて」
「俺は今し方高校生になったばかりですが、姉上」
「そうだった。年の離れた弟を持つと、月日の速さに舌を巻くばかりだな」
姉上は深々とため息をついて、それからこちらに向き直った。
「それで、その子は? 今の話の流れからすると、ガールフレンドを紹介しにきたというわけではなさそうだが……」
「ああ、どこから説明しましょうかね。いや裏事情はいいか」
「裏事情?」
「姉上がお困りのことについて、彼女が役に立つと思って連れてきたんですよ」
「……私の?」
「時に姉上、
「ブッ」
俺がそう切り出すと、姉上は飲んでいた紅茶を勢いよく噴き出した。
「いっ、いきなり何を聞いてくるんだこの愚弟は!? 信じられない、まだ午前中だぞ!」
「午後だったらいいってそういうものでもないでしょう。で、どうなんです。セックスレスは解消されましたか」
「もう少し、王族として発言に慎みを持て。そこに一般の
媚薬を発明する女子生徒が一般
「いいんですよ、彼女にも聞かせるために言ってるんですから。で、どうなんです。改善されたんですか」
姉上は困惑しながら、やがて諦めたように顎を押さえてから口を開いた。
「……していないよ。数年ぴくりとも動かず停滞状態だ」
「で、問題は姉上の不感症……というか、性交渉嫌いでしたっけ。単なる不仲なら、こちらにできることはありませんが……」
「わ、私は別に……嫌いというわけでは……」
そう。第四王女ヴァイオレットとその夫アルブレヒト伯爵の『人として』の仲は、それほど悪いわけではないらしい。
博学で多趣味な姉上と、好奇心旺盛でサービス精神も旺盛な伯爵は、共に時間を過ごす友人としては、十分上手くやっていた。
だが、いざ婚儀を結んでみるとそうはならなかった。問題は夜の生活の完全な不一致に端を発する。
アルブレヒト伯爵は好色で鳴らしたスケコマシで、結婚前は毎日のように遊び歩いていたという噂もある曰く付きの男だ。
一方の姉上は、元々触覚が普通の人間より鈍磨だったらしく、それが夜の生活にも影響を及ぼしてしまった。
要するに、セックスを心から楽しめなかったのだ。
女好きは女好きでも、女性に楽しんでもらうのが大好きだった伯爵にとってこれはショックだった。
姉上は演技でもいいから伯爵を満足させようとして、女慣れした伯爵は姉上の演技を容易く見抜き――――お互いにとって幸せにならない交渉が何度か繰り返された後――――二人は
というよりも、伯爵が姉上に対して性的な興味を失った、というのが正しいかもしれない。
以降、結婚生活は続いているものの、二人の間には子供は生まれていない。
何年か前に、俺が姉上から聞いた倦怠の顛末はそんなところだ。
そしてその状況は、どうやら今でも変わっていないらしい。
「……あの人のことは好きさ。今でもたまに、二人で遊びに行ったりすることはある。ただ、夫婦らしいことができているかというとそれは……」
「では、その状況が改善されるとしたらどうします?」
「え?」
俺は先輩の肩を軽く叩いた。先輩はびくりとその場で軽く跳ねた。
「さ、お願いしますよ先輩。貴方の発明を、うちの姉上にお見せして下さい」
「……っ、わ、分かりました……」
先輩はおずおずと鞄から缶を取り出し、それをテーブルの上に置く。
「あ、あの、えっと……お、お納めください」
「えっと、これはなにかな?」
「そ、それは、その……」
しどろもどろに
仕方ない、少しアシストをしてやるとするか。
「媚薬ですよ、姉上」
「……はい? この愚弟は何を言っているんですか?」
そういう反応をされるのも無理のないことかもしれないが、一応こっちも真面目なんだ。
姉上は俺の言葉を無視して、ぷるぷる震えている先輩に対して優しく話しかけた。
「ええと、すみません。可愛らしい
「……そ、それがその……はい。えっと……媚薬です」
「貴方は愚弟にどんな弱みを握られているのかな?」
血の繋がった弟をもうちょっとくらいは信じて欲しい。
「え、あっ、そ、その……」
「ああいや、言わなくてもいい。そもそも女っ気のないうちの愚弟が我が家にガールフレンドを連れ込んだことからしておかしいと思っていたんだ」
「で、ですから……」
「悪ふざけの片棒を担がされているんでしょうが、正直に話してもらっていいんだよ。私は……」
「……ち、違うんです! 本当に、本当に媚薬なんです!」
「はい?」
姉上は唖然として、何度か瞬きを繰り返した。
「媚薬って……それが何かちゃんと分かって言ってるのか?」
黙って頷く先輩を見て、姉上は呆れたように頭を抑えた。
「参ったな。いいかいお嬢さん、この男に何を吹き込まれたのか知らないが、本来媚薬などという都合の良いものはこの世に存在しないんだ」
なんか分からんが、勝手に俺が騙したことになってないか?
「い、いえ、確かに一般的に見ればそうかもしれませんが、でも」
「大方、私に媚薬を売れば夜の手助けになるとか唆されたんだろうが……」
「!」
「私と旦那の不和を聞きつけたロクデナシ共が、今まで何度も似たような案件を持ってきた。だがそいつらの一人として、まともな解決策をよこした奴はいなかったよ」
なるほど。それはリサーチ不足だった。
姉上も姉上なりに悩んで、色々手は打とうとしていたんだな。
だったらなおさら、そろそろ報われても良い頃だ。
「ですから姉上、そこらの馬の骨と実弟であるこの俺を一緒にするんですか? 俺はあくまで――――」
……と、そこで俺は、先輩が袖をくいくいと引っ張っているのに気がついた。
「どうしましたか、先輩。え? 話がある?」
どうやら、一旦外に出ろと言っているらしい。参ったな、今一番大事な時なのに。
しかし先輩の顔色を見るともう真っ青で、このままこの場にいたら倒れてしまいそうだった。
やむを得ず、彼女を連れ出し部屋を出る。
姉上は胡散臭そうな目をしてこちらを睨んでいた。ああ、ありゃ疑ってんなあ。
内にも外にも味方がいないからピリピリしてんだろうが、実の弟くらい信じてくれたっていいだろうになあ。
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