7 挟み撃ち

 そんなこんなで朝っぱらから作戦会議に勤しむ羽目になった。

 面倒な話だが、これもある意味でのノーブレス・オブリージュと言えるかもしれない。


「さて、問題はどうやって二人の目をかいくぐって登校するかだ」

「裏口から出る支度は済ませておきました。いつもの馬車とは別に、馬を二匹裏口の方へ。いつでも出発できます」


 相変わらず手際が良すぎる。つくづく俺なんかの下で働いているのが勿体ない人材だ。


「仕事が早くて助かるが、ことはそう単純なことでもないんだよ」

「と言いますと?」

「だって、このまま二人を放置しておくわけにはいかないだろ」

「確かに……正門から現れないご主人様を待ち続けて、学校に遅刻したなんてことになったら大変ですね」

「うちの学校は遅刻にやたらと厳格だ。もしこれで二人が遅刻して成績に響くようなことがあれば、流石に気分が悪い。そこでアリエル。俺が出てからしばらく後に、二人の応対をお願い出来ないか?」

「リック様が既に出たことを説明しろ、ということですか」

「ああ。俺がもう出発したと伝えれば、向こうも諦めるだろ」

「分かりました。では準備が出来ましたらご連絡下さい」


 アリエルは恭しく頭を下げて部屋を出て行った。

 一時は面倒なことになったかと思ったが、なんとかやり過ごすことができそうだ――――……





「あっ、あのっ、き、奇遇ですね、殿下っ。こんなところで会うなんて……!」

「……先輩、なんでここに……」


 ……と思っていたのだが、どうやら俺やアリエルより二人の方が一枚上手だったらしい。

 裏口から馬に乗って出て行こうとした俺の前に立ちふさがったのは、ラブルラックス先輩その人だった。


「き、昨日はその、失礼しました。え、ええと……今日はたまたま、近くを通りすがったというか……そうだ! 殿下、これもなにかの巡り合わせですし、私と一緒にと、登下校とか……」

「いや、そういう茶番はいいです」

「ちゃばっ……」

「……要するに先輩は、俺と一緒に登校したいと、そういうことですね?」

「あっ……えっと……はい! そうです! 一緒に学校に行きましょう、殿下!」


 さて、どうしたものか。

 何故表口にいたはずのラブルラックス先輩が裏口にいたのか。

 アリエルが誤情報を流したとは考えづらいし、アリエルに見つかった後に手分けして表裏を挟むように回り込んだとか?

 表に来るか裏に来るかで、どちらが一緒に行くことになっても言いっこなしの勝負でも仕掛けたのだろうか。

 だとしたら、一杯食わされたな。


 さて、見つかってしまった以上、ここから逃れるのは至難の業だ。

 かといって、わざと嫌がらせをして追い払うというのも王子としていかがなものかと思う。

 最低限の品位は、地味王子の必須要素だ。

 よくできた王子として目立つのも嫌だが、出来損ないの不良王子として目立つのはもっと嫌だ。


 ……そうだ。この先輩は、俺のことが生理的に無理なんだったな。

 それを圧して金のために、無理して俺と関わろうとしているんだったか。

 今もおどおどして、正直限界なのがよく見て取れる。

 だったら、その化けの皮を剥がして楽にしてあげようじゃないか。


「だったら……そうですね」


 俺はおもむろに、彼女に手を差し伸べる。


「……?」

「『握手』しましょう。昨日できなかった分の、埋め合わせです」

「握手、ですか?」

「はい。それができたら、一緒に学校に行ってあげましょう」


 人の好みが一日で変わることはそうそうない。印象が良くなるようなことをなにもしていなければ尚更のこと。

 昨日できなかった握手を、今日できるようになるとは考えにくい話だ。

 つまり、昨日握手ができなかったラブルラックス先輩は、今日もまた握手が出来ないに違いない。

 そうすれば断る口実もできて御の字、先輩もいい加減好きでもない相手に挑戦し続けることの不毛さを知ることができてウィンウィ――――


「あ、はい。分かりました。こうでいいですか?」


 手のひらに、ぬくい感触。

 手元を見ると、ラブルラックス先輩の小さな両手が俺の右手を包んでいた。


「……」


 あれ――――!?

 馬鹿な!? 昨日の段階では彼女は俺と手を繋ぐことができなかったはず!

 しかも今回は前と違って素手なのに! 何がどうなってるんだ!?


「えへへ……手を繋いで欲しいなんて、殿下って、意外と……甘えん坊さんなんですね」


 よからぬ勘違いまでされている。


「殿下の手って、意外とあったかいんですね。私、王族の方の手ってもっと冷たいものだと思っていました」


 それはそれでどういう偏見なんだ。

 同じ人間なんだから体温だって変わらないに決まってるだろ。

 しかし参ったな。こうもあっさりと手を繋がれてしまうとなると――――


「……で、では、約束通り! 殿下とご一緒させていただけるということで!」


 たった今やった約束が、ずんと胸にのしかかってくる。

 王子たるもの、一度誓った約束を破るわけにはいかない。

 いや、王子であるかどうかに関係なく。

 約束を平気で破るような奴の言葉なんて、それから先誰も信じてくれなくなるからだ。

 となると、一緒に登校……するしかないよなあ。迂闊だった。


「……まあ、そうなりますね」


 だが、ここで言われるがまま学校まで同行してしまえば、それこそこちらの敗北だ。

 『人気投票』企画をお流れに出来る目は、完全に消えると言っていいだろう。


「まだ、時間はあるな」


 ポケットの懐中時計をチェックしてから、俺は門の側につけられた二頭の馬を指さす。


「先輩。馬には乗れますか?」

「……え?」


 いつも早めに学校に着くように余裕を持って出発しているから、馬でならゆっくりでも十分間に合う。

 逆に言うと、ラブルラックス先輩とマゼロン先輩は、遠くからわざわざこの時間に俺の屋敷前に辿り着けるよう家を出たということで……起きるの、大変だっただろうに。


「折角共に向かうなら、ゆっくり向かいましょう」

「ゆっくり、ですか?」


 それぞれ、俺との結婚について相当な意気込みがあるらしい。その理由は恐らく、俺個人ではなく俺の『立場』や『資産』を求めてのことだろうが……普通に関わっているだけでは、その部分を掘り下げることはできない。先生とか周りの目があるからな。

 二人きりの状況は、突っ込んだことを聞くのにはこの上ない状況だ。


「ええ、ゆっくり。わざわざ、俺のような男のところへ来て下さった先輩のことを……もっとよく知りたいですから」


 学校に行くまでの短い時間を使って、その本当のところを丸裸にしてやる。


「道中、ゆっくり話しましょう。お互いのことを理解するために」


 長めに見積もって三〇分。短いが、やってできない時間じゃない。

 『ピンチをチャンスに』。アリエルもそう言っていた。

 では、従者の期待に応えてやるとしようじゃないか。



 ――――そういえばマゼロン先輩のことは完全に放置状態だが……まあ、大丈夫か。アポがあった訪問でもないしな。

 表門に向かったアリエルが、なんとか上手く対応してくれることだろう。

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