6 一家団欒と調査報告

「まだ調査中ですが、一方についておおよその事情は分かりました。ラブルラックスのご令嬢は、どうやら金目的でリック様に近づいたようです」

「仕事が早いな……」

「それで給料もらっていますから」

「メイドの仕事に諜報活動は本来入ってないと思うけど。まあ、助かるよ」


 まさか、調べろと言ったその日の夕食に報告が上がってくるとは思わなかった。

 俺の屋敷では、必ず夕食は全員で取ることになっている。

 屋敷内の親睦と結束を深めるためだ。

 なのでその場にいたのは護衛のゴードンと執事のヘンリー、そしてアリエルと俺の四名。

 ゴードンとヘンリーも、当然人気投票絡みの事情は知っている。


「それで、金目的というのは?」

「ラブルラックスは、帝都北部に居宅を構える子爵の家。ですが最近、事業に失敗して多額の借金を抱えていたようです」


 今日の夕食はポークソテーとミネストローネ、そしていくらかのサラダと山積みの丸パン。

 食事を作るのは主にアリエルの仕事で、彼が忙しいときはヘンリーが代わりにやることもある。


「それで、王族である俺に目をつけたと?」

「おそらくは。王族との太いパイプができれば、融資も受けられやすくなりますしね」」


 丸パンをかじりながらため息をつく。

 まあ、王子って響きからは金持ってそうな雰囲気を感じるのも無理はないが……。


「俺が大して贅沢な暮らしをしてないって言ったら、どんな顔をするだろうね」

「今の暮らしが質素なことと、将来性はまた別の話です。リック様を大志と野望に満ちた王子としてあるべき姿に『調整』できると踏んで、距離を縮めてくる女性もいるかと」

「俺をその気にする手間をするくらいなら、素直に金持ち商人の息子でも狙った方が話早いと思うけどね」

「はっはっは。いやあ、そのご令嬢は殿下がどれほど面倒くさいかご存じありませんからなあ。侮るのも無理はないかと」

「何笑ってるんだこの野郎」


 今笑ったのは執事のヘンリーだ。

 屋敷の運営に関わる事務経理などの書類仕事、スケジュール調整などを担当している。

 齢五〇を超えるベテラン執事で、見た目は渋いナイスミドルなのだが、中身が……。


「おっと失礼、失言でしたかな。わっはっは」

「絶対失言だと思ってないだろ……」

「以後気をつけますよ」

「もう百回ぐらいその台詞聞いたわ」


 一応雇い主である俺に対してあまりにも明け透けにものを話す男だが、有能なのでそのまま雇っている。

 根も葉もない侮辱とかではないし、一々プライドを気にするほど誇り高い性分でもないしな。


「しかしだとしたら、『やっぱり駄目』の意味が分からないな」

「またまたぁ殿下、分かってないはずないでしょう? 生理的に無理だったんですよ、殿下のことが」

「うるせえ黙ってろ」

「金のために身を売る決心はしてきたつもりだったけど、いざ殿下を目の前にしてみるともうどうしようもなくキモすぎたとかでしょうな」

「少しは言葉を慎めよ」

「ですがリック様。真面目に考えるならそれくらいしか可能性が考えられないのも事実です」

「アリエルまでなんてことを言うんだ!?」


 毒舌親父ヘンリーの戯れ言なら聞き流せるが、アリエルまで乗っかると流石に傷つくぞ。


「私がリック様のことを生理的に無理と思っているわけではありません。ですが世の中には様々な女性がいます。そしてその女性の数と同じだけ、多種多様な男性の好みがあります」

「……」

「立候補したご令嬢が、偶然ご主人様と全く逆の男性が好みだったとしたら……逃げ去るのは極端にしても、生理的に受け付けないという状況が発生するのは十分に考えられます」

「……ひょっとして、今後もこんなことが続くんじゃないだろうな」


 だとしたら、三年間メンタルが持つ気がしないんだが。


「もちろん、これはあくまで予測です。深く掘り下げれば、もっと別の事実が見えてくるかもしれません」

「なあ、この話やめないか?」

「ラブルラックス令嬢の好みが本当にリック様の真逆にあるか、詳しく調査してみましょうか」

「いいよそんなことやらなくて! 金に困ってて俺を利用しようとした! 理解なんてそれで十分だろ!?」


 俺だって鉄面皮じゃない。等身大の高校生と同じように傷ついたりくじけたりするんだぞ。


「というかそっちはもういいよ。もう一人、マゼロンの方はどうだった」

「セラフ=マゼロンですね。あちらは代々軍人の家系で、父親は現在の帝国第三師団の参謀……若い頃は特殊部隊のエースとして活躍したとか。娘であるセラフも父親に憧れて同じ道を志しているようですね。よく周りに語っていたようです」

「……? だったら花嫁候補に立候補するのはおかしくないか? どう考えても夢の障害になるじゃないか」

「ええ、不審です。ですがその不審の正体までは、突き止めることはできませんでした」

「周りに語っている夢が嘘だったのか、別の目的があって俺に近づいていたのか……」


 そういえば、もう一つ気になることがあったな。


「マゼロンとラブルラックスの面識はありそうか?」

「未調査ですが……ラブルラックスは内部生でマゼロンは外部生。所属学科も普通科と体育科で繋がりは見えませんし、特に親交はないと思うのが自然かと」


 だったら、ラブルラックス先輩が飛び出したときの、マゼロン先輩の知り尽くしたかのような反応は一体なんだったんだろうか……単にライバルが消えてほくそ笑んでいただけか?


「念のため、そっちもチェックしておいてくれ。結託している可能性もあるかもしれない」

「考えすぎな気もしますが、分かりました。では二人についての調査は引き続き続行します」

「ああ、頼んだぞ」


 ちょうどその頃、皿の上のミネストローネも空になった。ポークソテーとサラダは先に平らげていたので、これでご馳走様だ。

 自室に戻ろうかと思って立ち上がったところを、ヘンリーに呼び止められる。


「にしても殿下、そこまで過敏にならなきゃいけないものなんですかね?」

「なに?」

「別に陛下のご意向に沿って、普通に相手を選んでもいいんじゃないですかね。下手に逆らう方が、よっぽど面倒くさいことになりますぜ」

「勘違いされては困るが俺に決定権はないんだ。選ぶのはあくまで在校生。それに、俺は自分の結婚相手が人に選ばれること自体が嫌なわけじゃない」

「だったらさっきから何をメソメソと懊悩してるんですかい?」

「だから一言余計だっての。いいか、俺が一番嫌いなことは目立つことだ。人目を引くことだ。市民の認知度が上がることだ」


 今までも散々繰り返してきたことを、改めて言うのは馬鹿馬鹿しい。

 だが、言わなきゃこの男は納得しないから、繰り返し口にしておくのだ。


「目立てば目立つほど、王宮内の要らぬ争いや揉め事に巻き込まれるし、引っ張り出される回数も増える! 暗殺者だって差し向けられるかもしれない! 俺はな、そういうのとは無縁に生きていたいんだよ!」

「……別に人気投票したくらいで暗殺者を差し向けられたりは……」

「一事が万事だ! そうやって一つ一つを適当にいなしていたら、積み重なって大事おおごとになるんだよ!」


 これくらいなら。ほんのちょっとなら。そうやって油断して、手痛い失敗を食らうというパターンを俺は今まで何度も見てきた。

 なんならつい昨日に自分でも体験した。


「こんな状況になってしまったが、俺はあくまで軟着陸を目指す。企画をグダグダにして、自然消滅を狙ってみせる。そして不動の空気ポジションを獲得して、死ぬまで人畜無害な昼行灯王子として慎ましく暮らすんだ!」

「かっこつけて何を言ってるんですか殿下は」

「……本当、才能の無駄遣いもいいところです」

「なんとでも言え! ともかく現状最優先すべきは、今立候補している二人を辞退させることだ!」


 確か立候補から一週間が経過した後、候補者の存在は一般生徒に対しても公示される。

 そこで初めて、誰が立候補しているかが衆目に晒されるというわけだ。

 一度公示されたら、辞退する精神的ハードルは大いに上がるだろう……だから、それまでに動かなければならない。


「頼んだぞアリエル。学業に支障が出ない範囲でいいが、二人についてもう少し掘り下げて調べてくれ。最悪、弱みを握る形でもいい。無理やり辞退させられるならな」

「うわっ、殿下最低だなぁ~! それでも一国の王子の自覚あるんです?」


 ヘンリーこいつのたちの悪いのは、言っていること自体は至って正論に近いということだ。

 実際自分でも大概だと思う。


「最悪の場合の話をしてるんだ! 俺だってできればそんな手は取りたくない……ともかく、頼んだぞ!」


 このままここにいたら、ヘンリーに何を言われるか分かったものじゃない。

 俺は速やかに食卓を離れ、自室に戻ってそのまま寝た。

 心なしか、いつもより眠りにつくのが早かったような気がする。



 そして、次の日の朝。

 部屋で身支度を整えた俺を、不意の呼び鈴が襲う。


「朝からうるさいな……どうした、何かあったのか」

「リック様、良いニュースと悪いニュース、どちらから聞きたいですか?」

「……悪いニュースからで」

「実は、今屋敷の正門前にマゼロンとラブルラックスの姿がありまして」

「……なんだって?」

「恐らく、一緒に登校しようという狙いなのでしょう。単純接触の機会を増やすのは、恋愛のセオリーですからね」

「庶民が一緒に歩いて登校するという話は聞いたことがあるけど、俺は馬車登校だぞ? 馬車に相乗りするつもりか?」

「さあ、そこまでは。登校狙いというのも私の予想ですし。もしかしたら忘れ物を届けに来たのかも」

「それはそれで、なんならむしろそっちの方が怖いわ」


 にしても、ラブルラックス先輩も来てるんだな。

 昨日はあれだけ拒絶反応を剥き出しにして逃げていったというのに、今日は大丈夫なんだろうか。

 今日もまた逃げられたりしたら、流石に俺も耐えられないぞ。


「しかしまあ、意図は分かったが……問題だな」

「ええ。問題ですね」

「万が一捕まって一緒に登下校する羽目になったら……昨日の今日だ。無茶苦茶目立つぞ」

「もしかしたら目立つことすらも計算のうちなのかもしれませんね。あらかじめ、王子の花嫁候補は私たちなのだと衆目に認知させておけば、他の立候補を牽制できます」

「他の候補者を牽制するのは大いに結構だが、それを今やられると困るな」


 折角まだ候補者が公になっていなくて、秘密裏に辞退させられるかもしれないっていうのに。

 接点がなかった女子生徒と同伴通学なんかしたら、もう公示しているのと何も変わらないじゃないか。


「まあ、悪い方のニュースは分かったよ。それで、良い方のニュースはなんだ?」


 俺がそう聞くと、アリエルは人差し指を立てて真顔で言った。


「ピンチはチャンス。もしかしたらこの状況を、上手く利用できるかもしれません」

「うん?」

「それが良い方のニュースです」

「悪い知らせしかないも同然じゃねえか!」


 そういうぬか喜びさせるような言い方は俺良くないと思う。

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