4 質問攻めは王子の嗜み
入学式中は何故か特別待遇を受ける王族だが、普段の扱いは他の生徒と代わらない。
国中の天才や名門貴族が集まるこの王立最高学芸院では、たとえ王族であろうと他の生徒と同じように机を並べ、授業を受ける。
一年A組に割り当てられた俺の席は、窓から二列目の前から二番目だった。
そして今、その席は――――
「王子! あの話って本当なんですか!? 本当に嫁を、人気投票で!?」
「ねえねえ、王子ってどういうのがタイプなの? 私にもチャンスあるかなあ?」
「王子! 女性をまるで見世物扱いするかのような企画は、感心しませんな!」
質問攻めを浴びせてくる有象無象の生徒共によって、包囲隔離されていた。
その中心に座っている俺の気持ちを述べよ……地獄だ。
「それは王子発案なんですか、それとも皇帝直々のお達しなんですか?」
「一体なんでそんなことをやろうと思ったんですか? 発想が突飛というか、独創的というか……」
質問の中には既にイザベラが語っていたこともある。
「……まず、まずだ。王子王子って言うのをやめてくれ」
中等部からの付き合いの奴は、俺が普段友人になんて呼ばれたがっていたかを知っているはずだ。
だが俺の交友関係は、王族としては極端に狭かったため、その場には友人と言えるほど関係が深い相手はいなかった。
エスカレーターで上がれる中等部までと違って、高等部は貴族の生徒でも容赦なく落とされる難関だから、意外と内部生が少ないというのもある。
「好きじゃないんだ、その呼び方」
単純に悪目立ちするし、何より自分のことを呼ばれてる気がしなくって居心地が悪いから、俺は王子と呼ばれるのが好きじゃない。
周りに王子が何人もいる環境で育ったせいだろうか。俺が王子として一切振る舞おうとしないせいだろうか。
「同級生で、同じ学舎で教えを授かる者同士。俺は君たちと、もっと砕けた関係でいたい。フレデリック、もしくはリックと呼んでくれ」
「分かりました、フレデリック様!」
「ではリック様で、よろしく!」
「よろしくな、フレディ!」
「りっくん! りっくんと呼ばせてもらいますわ!」
急に砕けた奴が中に交じっていた気がするが、まあいいか。
そういうことで厳格になるほど俺は狭量な性分をしていないつもりだ。
「で、リック様! 結局の所、どうなんですか。本当に奥さん選びをするんですか。人気投票で!」
「……不本意ながら、そういうことになった」
「なんでまたそんなことに」
「
うなだれる俺。ざわつく室内。
ついさっき入学式直後のホームルームが終わって解散となり、今は放課後のはずだからもう別にいつ帰っても構わない筈なんだ。
なのにこいつら、いつになっても帰る兆しがないな。
お前らが帰らないと、囲まれている俺も帰れないんだけど。
「で、リック様。リック様のタイプはどういう系統なんです?」
「……なんでそんなこと聞きたがるんだ」
「いやあ、リック様の好みのタイプが分かってたら、投票するときにタイプの子を応援してあげられるかなって。その方がリック様も幸せでしょう?」
……良い奴だな、お前。誰か知らんけど。
「お気遣いどうもありがとう。だけど、そういうことはなんとも言えん……属性一つ一つが好みでも、他の要素次第で好きじゃなくなるとかはいくらでも起こりうることだしな」
「なるほど……色々考えてるんですね」
「考えてるよ。今一番考えてるのは、このふざけた企画が頓挫してお蔵入りになってくれないかということだ」
「……嫌なんですか?」
「誰だって嫌だろ。こんなもの。さっき誰かが、相手の女を見世物にしていいのかとか言ってたが……」
どこかで誰かがばつの悪そうな悲鳴を上げた気がしたが、別にどうだっていい。
いちいち追い詰めて追及するほど小人物じゃないし、暇でもないんだ。
「……第一に見世物になってるのは、トロフィー扱いされてる俺の方だからな」
「あ、あはは……」
「だから、俺のためを思うなら、女子生徒諸君は立候補しないでくれると助かるんだ。まあ、まずこんな俺の奥さんになりたいなんて言う女子がそういるとも思えないけどな……」
そう思われないように振る舞ってきたんだから、そうなってもらわないと困る――――とも言える。
しかし人垣が消える様子が一向に見られないな。
もうとっくに放課後だってのに、こいつらいつまで居残るつもりだ。
「……それで、ところでリック様。他にも聞きたいことが……」
「すみません! 通していただけますか!」
不意に、溌剌とした声が響く。
俺を取り囲む人垣が真っ二つに割れて、一人分の道ができた。
そこから俺の元に近づいてきたのは、アリエルだった。
「リック様。そろそろお帰りにならないと、午後の予定に差し支えます」
予定? そんなものあったっけな。一瞬考えてから、アリエルが気を回してくれたのだと悟った。
「……ああ、そうだったな。悪い、皆。俺は今日はもう帰る。他の質問は、また明日以降に尋ねてくれたら答えるよ」
「そうですか。お気をつけて、リック様」
「ごきげんよう、リック様」
生徒達に見送られ、俺はアリエルに手を引かれる形で教室を後にした。
学者を出て正門をくぐると、王家の紋章が入った馬車が待機していたので、それに乗って屋敷へと戻る。
馬車の中のソファにもたれかかると、疲れが沈み込むような感じがして、もう立ち上がりたくなくなった。
「……疲れた……」
「お疲れ様です、リック様。今日は災難でしたね」
対面に座るアリエルは、そんな俺の様子を見て申し訳なさそうに微笑んだ。
「またしても災難だったよ、アリエル。どうもここ数日、俺の人生計画という名の機械仕掛けが、猛烈な勢いで狂わされている気がしてならない」
「どうもあのイザベラ=アーバンリシルが、裏で糸を引いているようですね」
「それっぽいよな……あー、めんどくせえ。そんなに俺のライフスタイルが気にくわないのかあの女は」
「アーバンリシルはリック様と対極のような生き方をされている方ですからね。皇帝陛下との馴れ初めからして、アポなしで後宮に侵入して陛下の寝所に潜り込むなど、ひとつ間違えていれば殺されていてもおかしくない所業でした」
「よほど気が合ったのか、それとも体の相性が合ったのか……いや、セクハラの意図はないんだが」
少し頬を赤らめるアリエル。こっちまでちょっと気まずくなっちゃうだろうが。
「まあ、パンクな生き方をしている奴だ」
「それだけに、リック様のような安定を重視する生き方が気にくわないのでしょう」
「ったく、やんなるぜ。人は人、自分は自分だろうが。あいつのせいで今日は本当に大変だった。いつもにない質問攻めに遭ったし……」
「ええ、そうでしたね。リック様があれほど多くのご学友に取り囲まれているのを見るのは、久々でした」
「場合に寄っちゃ初等部の初めの頃まで遡るか? あの頃はまだ、目立たないようにとか考えてなかったからな」
「けれど、ひとつ収穫もありましたよ」
「収穫?」
俺が怪訝な顔をして眉をひそめると、アリエルはくすりと微笑みをこぼした。
「リック様は、その気になればもっと上を目指せるお方だと改めて分かりました。今日のご学友の振るまいが、それを端的に表しています」
「ご学友の振る舞いって、質問攻めでもみくちゃにされることがか?」
「普通、いくら気になることがあったとしても、初対面の王族に対してあそこまで明け透けに質問攻めにはできないものです」
「……!」
「しかし、リック様の周りの生徒は、リック様が王族であることを意に介さず、まるで旧来の友人であるかのように、容易く距離を縮めようとしました。そしてリック様も、そんなご学友の期待に自然と応えていらっしゃいました」
舐められている、と見るか。生来の親しみやすさ、と見るか。
見方次第だが、確かに俺は前々からそういうところがあった。
もっとも俺には、それがいいことのようにはとても思えなかったんだが。
「波風立たせるのが嫌いなだけだよ」
「けれども、あのほんの短い会話の中で、あの場にいた生徒たちは少なからずリック様を親しみやすく感じたと思います。そういった小さな一つ一つが、私に言わせれば王の才のひとつだと思います」
「……え、何。アリエルは俺に、王になって欲しいの?」
もしそうなら焦る。超焦る。
「まさか。リック様のお望みは、小市民的な一王子に終始する人生。でしたら私は、リック様の望んだ通りの人生を精一杯にサポートするだけです」
「安心したよ。アリエルが敵に回ったら、獅子身中の虫どころの話じゃなくなるからな」
「ただ私は、可能性としての選択肢ならば、いつでも残っているとお伝えしただけです」
「……へーへー。ま、生きるか死ぬかの状況になったりでもしたら、そのカードを切ることだってあるかもな」
できればそんなカード、切らされるような状況にはなってほしくないものだ。
俺はため息をついた。
ちょうど同じ頃、馬車が止まって、俺たちはいつの間にか屋敷に着いていたことに気がついた。
明日からはいよいよ本格的に高校生活の始まりか。
環境の変化より、人気投票の行方がどこに向かうのか――――そっちが気になって仕方がなかった。
結局、夜もあまりよく眠れなかった。
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