3 あばずれ女の独擅場
「さあさあ、皆さんご注目。新入生の皆さんに、これから起こる素敵なパーティについて教えて上げるわ」
司会役の教師を壇上から引きずり下ろして成り代わると、イザベラは得意げにステージの上を闊歩した。
生徒達は、突然の出来事に困惑しながらも、しんと静まりかえって様子を窺っている。
……新入生は仕方ないにしても、他の教師とか衛兵は何をしてるんだ。
早くつまみ出せよあのクソ女!
――――とも言えないのがこの状況の辛いところだ。
先に言った通り、イザベラ=アーバンリシルは今、
彼女に下手に手を出して、怪我でもさせようものならば、皇帝に何をされるか分かったものじゃない。
俺がメモを渡した新米教師などは、イザベラがイザベラであることを知らないのだろうが、校長やそれに準ずる管理職クラスともなると、流石に寵姫の顔くらい頭に入っている。
だから手を出せないし、部下・同僚にも出させない。
この場であの女を安全に排除できるのは、王子である俺くらいのものだが――――あの女は俺がそうやって動いてくるのも見越しているに違いない。
むしろ、俺をそうやって動かした後、さらに邪悪に巻き込もうと企んでいる可能性すらある。
そうなると、俺も動けない。
結果、この場はイザベラの独擅場になってしまう――――というわけだ。
「邪魔は入らないようなので安心したわ。それでは先生に代わって、この私イザベラ=アーバンリシルが先ほどの話の続きをば」
何も手出しできず固まったままの俺や教師たちを小気味よく眺めながら、イザベラは大声で語り始めた。
「と言っても、ことは単純。発端は皇帝陛下の思いつきよ。とある王子の結婚相手を、大勢の投票で決めようということになったの」
くつくつ笑いながら話すイザベラは心の底から楽しそうだ。
あの下卑た笑みは、見ているだけで苛々させるものがある。
「『集合知』……だったかしら。できるだけ多くの人間が決定に参加した方が、正しい結論が出ると思ったんですって。まあ、政略結婚の方は失敗続きだったのだから、そう思うのも無理はないわ。だけどその選挙権が、馬鹿の手に渡っては意味がないわね……そこで!」
イザベラが演台を勢いよく叩くと、油断していた一部の生徒がびくりと震えた。
少し緩んでいた生徒の関心が、ここでまた奴に引きつけられる。
皇帝をメロメロにしただけのことはあって、人心掌握については無駄にスキルを持っているから厄介だ。
「白羽の矢が立ったのがあなたたち学芸院の生徒よ。皇帝陛下は、貴方達のような将来の成功が約束されたエリートならば、王子の運命を委ねるに相応しいと踏んだみたい。誇って良いわよ、それだけ素晴らしい学校の一員になれたということを」
良い気分にさせる言葉選びも上手い。
「さて、本題に移りましょうか! あなたたちには、これから三年間一人の王子を観察して、その王子に相応しい伴侶を選ぶ『義務』がある! そして、女子生徒の皆さんには同時に、伴侶候補に名乗りを上げる『権利』があるッ!」
通る声をしているせいで、広い講堂の端から端まで奴の声は響き渡る。
教師陣の眠たくなるような式進行の後にこれは強烈だ。居眠りしながら時間が過ぎるのを待っていた新入生も、あっという間に目が覚めてしまうだろう。
「王子ったって沢山いるじゃない、誰のことよと思った子もいるわよね。それは――――」
イザベラは満面の笑みで、貴賓席に座っている俺の方を指さした。
「あそこにいる第七王子! つまらないものだけで構成された平々凡々な王子様が! 今回のヒロインレースの獲得商品よ~!!」
どよめく会場。ざわつく教師たち。アリエルの方を見ると、こちらを不安そうに伺っていた。
くそっ、やられた。
「一生の伴侶に選ぶにはつまんない男だけど、だからこそしつけがいがあるってもの。そうでなくとも少なくとも、王族としての地位は手に入るわ! 金が欲しい子、身分が欲しい子、男を自分色に染めたい子! もちろんあの偏屈男が好きだとかいう奇特な女がいてもいいわ」
平凡・地味で鳴らしてきた、俺の特徴すらも、イザベラにかかれば盛り上げるネタになってしまうということか。
こんな流れになるなら、もっと早く止めておけば良かったかもしれない。嵐が過ぎるのを待とうと思ったのが間違いだった。
「いい? これはチャンスなのよ。他の
「彼女を退席させてくれ!!」
意を決して、俺は声を張り上げた。
するとその声に呼応して、教師の中でも屈強な数名が飛び出し、イザベラをあっという間に壇上から引きずり下ろした。
ずっと控えていたのか。俺の一声がかかるまで。俺が命じた上でなら、俺の責任になるからか。
「……去勢された犬のクセして、絞りかすくらいの勇気なら出せるのね。ちょっぴり決断が遅かったケド」
捕まったイザベラは、その後はじたばたもがいたりはしなかった。
「ねえ、汗臭いわあんたたち。離れてくれる?」
「……」
「離れないと、セクハラされたって陛下に言いつけるわよ」
「……!」
自由奔放に動き回りやがって。なんて悪女だ。
今に天罰が下るときがくるに違いない。そう思わないとやってられない。
「大丈夫、もう言いたいことは言ったし、ちゃんと玄関口から帰るわよ。それじゃあね、皆さん。詳しい話はまた先生方から連絡があると思うけど――――」
「待て。イザベラ」
貴賓席を降りた俺は、講堂を出ようとするイザベラの元に歩み寄り、呼び止めて詰問する。
「どうしてこんなことをやった? こんなことをやったって、お前に何のメリットもないはずだ」
「べっつにー? 深い理由なんてないわよ。ただ、私はあんたのことが嫌いだから……」
ああそうだろうな。俺もお前のことが大嫌いだ。
「……あんたがこの入学式で、つまんないことを企んでいたのも理解していた。だから、邪魔してやろうと思ったの」
『人気投票』について、前々から知っていたということか。
つくづくこいつは、今の
俺は、イザベラ以外の誰にも聞こえないほどか細い声で、囁くように言った。
「食えない悪女め。とっとと破滅しろ」
「あんたが破滅させてくれるっていうなら、乗ってあげなくもないけれど」
「自分の手で誰かを葬れば、いずれは自分に返ってくる。何故俺が、お前なんかを破滅させなきゃならない」
「そう言うと思ったわ。とことんまでつまらない男。貴方のお父様とは大違い」
「お前の思い通りになることが面白さなら、俺はちっとも要らないね」
イザベラはそれを聞くと、肩をすくめて俺に背を向けた。
「ふふ、いつまでその調子でいられるか、楽しみに見ていてあげるわ」
「期待は裏切ってやるから覚悟しておけ」
「そういきり立たないで……折角舞台を用意してあげたんだから、ちょっとくらい楽しんでくれたっていいじゃない」
……! まさかこいつ……。
「ひょっとして、今回の件を父上に進言したのも……」
「さ、それじゃそろそろ私は帰るわ。あまり後宮を離れると、他の奥方からのやっかみがうるさいのよ~」
イザベラはケラケラ笑いながら、講堂を後にしていった。
くそっ、骨の髄までむかつく奴だ。
だが、むかついてばかりもいられない。
何しろ俺は、今すぐこれからのことを考えなくてはならないのだ。
入学式でのごまかしが失敗し、『人気投票』のことが露わにされてしまった今――――生徒達から質問攻めに遭うことは、避けられないだろうから。
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