2 入学式には波乱がつきもの?
『第七王子婚約の件について』
一、第七王子の結婚相手は、同王子が通う『王立最高学芸院高等部』の生徒による『人気投票』によって決定する
一、候補者は、立候補によって募る。有資格者は、学芸院高等部の在校生もしくは卒業生とする
一、投票は、各年の一月に、その年ごとの在校生を対象にして行う。第七王子の伴侶として最も相応しいと思う候補者に、有資格者がそれぞれ一票を投じる
一、第七王子が卒業するまでの三回の投票の集計で、最も多くの票を手に入れた候補が、第七王子の伴侶として認められる
王宮を出るとき、
見れば見るほど、ろくなものじゃない。
「……なるほど。それは災難でしたね、リック様」
「そうだよ! 災難だったんだよ!」
王宮で下されたふざけた決定を聞いてから、およそ一時間後。
郊外にある屋敷に戻った俺は、自室でメイドのアリエルが淹れてくれた紅茶を飲んでいた。
「信じられるか、あのバカ父上! いくらなんでも人気投票っておかしいだろ、人気投票って! そんなこと前代未聞だぞ!」
二〇人の王子王女のうち、十三歳を超える者には、それぞれ屋敷が与えられている。初等部を卒業したら、後宮にいる母の元を離れて一人(召使い付き)で生活させられるのだ。
屋敷の規模は序列の高さ、母親の生家の権力、それらを合わせた王家にとっての重要度によって決定される。第七王子である俺の家は、屋敷と言っても簡素なものだ。
直属の部下は目の前のアリエルと執事のヘンリー、護衛のゴードンくらいのもの。あとは本家からの見張りが数人たまにうちにやってくるが、俺の野心のなさを見抜いているのだろう。いつもあくび混じりで呑気なものだ。
「しかもよりにもよって王子でそれをやる! 一般人だってそんなやり方で結婚相手決めたりしないのに!」
「お言葉ですが、リック様」
「なんだよ」
「王子という立場であるからこそ、人気投票にも価値が出るというものです。一般人の結婚相手なんて、それこそ人気投票しても誰も乗ってきませんよ」
「それは……そうだが……」
その言い方だとアレだな。俺の結婚を見世物にされているみたいだな。
結婚相手なんてどうだっていいが、見世物にされるのは気分が良くない。
見たって何にも面白くないぞ、散れ散れ。
「そして逆に言うと、第七王子という中途半端なポジションであるリック様では、たとえ人気投票をやったとしてもそこまで人目を引かない可能性もある……ということ」
「!」
「ですから、もしかすると杞憂かもしれません。もしリック様との結婚に誰も価値を見いださなかったら……」
「……父上のもくろみは外れ、企画はお流れになる可能性がある?」
「ええ。入学式の公募から仮に一ヶ月音沙汰なしが続けば、皇帝陛下も流石に冷静になられるのではないでしょうか」
なるほど。これまで十五年間、ひたすら地味な自分を演出してきた成果がここで発揮されるというわけだ。
俺はとにかく目立ちたくない。有能だと思われて公務政務に引っ張り出されるのも嫌だし、皇位継承権争いに巻き込まれるなんてまっぴらだ。
だから本来なら満点を取れる試験であってもわざと合格ギリギリにして通過してきたし、運動や芸術でも、できる限り頭角を出さないように苦心してきた。
その甲斐あって今のところ俺という王子の認知度は、二〇人いる兄弟姉妹の中でもワースト五に入る……と自負している。
これは誇るべきことなのだ。
玉座に座る気もない王子なんて、凡庸かつ昼行灯であるに越したことはない。
目立てば目立つだけ、ただただ寿命を縮める結果となってしまう。わかりきった話だ。
「なんだか勇気を貰った気がするよ。ありがとうアリエル。お前はいつも俺に欲しい言葉を投げかけてくれる」
「リック様のことは前々から存じていますから」
「もう十年来の付き合いだもんな」
アリエルは、俺がまだ王宮にいた頃からの付き合いだ。母上と別れて久しい今、最も付き合いが長いのはこのアリエルであり、同い年ということもあって、俺は彼女のことをとても信頼している。
時々破天荒な行動に出ることはあるが、原則信頼できる立派なメイドだ。
俺なんかのところに来なければもっと出世できたろうに。
「さあ、それを聞くと少し気分が楽になってきたぞ。アリエル、紅茶のお代わりを頼む」
「はい、なんなりと」
とはいえ、完全に気を抜けるわけじゃない。
いくら貧乏地味王子とはいえ、仮にも王族の端くれであり、その点に興味を持つような輩がいないとも限らない。
だから、ここから一ヶ月の立ち振る舞いは重要になってくるだろう。
最初の山場は入学式。
恐らく入学式のどこかでに、何かしら壇上に立たされて喋らされるだろうから――――そこでいかに自分を強調しないか。作戦を前もって練っておいた方が良さそうだな。
そして月日は流れ、入学式の日がやってきた。
俺が進学する名門高校、『王立最高学芸院高等部』の講堂には、ひしめくほどの新入生が集まっていた。
中にはアリエルの姿もある。彼女は一般家庭の生まれだが、非常に利発であるため特待生枠で合格を勝ち取ることができたのだ。主人として鼻が高い。あんまり活躍されると余所にアリエルを持って行かれそうだから、ちょっと怖いけど。
もちろん服装はメイド服ではなく学校の制服、ブレザーだ。
一方の俺はといえば、一人だけ特別扱いで貴賓席に座らされていた。
曲がりなりにも王子なので、貴族や王家の血筋を引く者もちらほら交じっているこの場においてもなお、特別扱いは免れないということ。
中等部のときもそうだったが、俺はこの瞬間が一番嫌いだ。
だが何故かうちの兄弟姉妹は全員が別学年に分散しているため、王族が一人貴賓席に座っているのはいつものこと。
しかもそれがセンセーショナルな要素のない木っ端王子ともなると、大して面白いものでもないのだろう。
たまーにこっちを見てくる生徒はいたが、それ以外は俄然無反応。静かなものだ。
「それではただいまより、帝暦812年度王立最高学芸院高等部の入学式を始めます。一同、起立」
と、下らないことを考えているうちに入学式が始まった。
目録贈呈やら校長の挨拶やら、見慣れた展開が粛々と執り行われていく。
帝国最高の学園とはいえ、やることは至って普通。
どこにでもあるありふれた入学式だ――――この後に俺の婚約人気投票の話があがることさえなければ。
最後にお決まりの校歌斉唱を終えて、入学式は滞りなく終了した。
さあ、ここからが本番、正念場だ。
「さて、以上をもちまして入学式の方は終了ですが……」
司会を務めていた男性教師が口を開くと、式が終わって少しざわついていた空間に再び緊張が走る。
「……今年度入学の皆さんに向けて、一つご報告があります」
一応、あの教師にはアリエルを通じて、前もって根回しをしておいた。
できるだけ淡々と、事務的なつまらない報告のように説明を終えて欲しいと。
少し金を積めば快諾してくれたから、それについては大丈夫だと思うけれど……。
「皇帝陛下の依頼により、本校在校生を対象にしたアンケートを行うことが決定しました」
教師は淡々と説明を加えていく。授業時間アンケートとか、その手の何らおもしろみのないことと同じようなイントネーションで。
前もって渡しておいた原稿(俺自作の)が功を奏したようだ。
「……アンケートの内容は、本校在学中の生徒の、交際関係について、特定の候補との関係を評価する上で……」
初めは耳を傾けていた生徒達も、その退屈な響きに騙されて、次第に興味を失っていく。
いいぞ、その調子だ。そのまま誰も気にとめないまま説明を終了してしまえ。
「……であるからにして、参加を希望する生徒は職員室まで届け出を――――」
「はい、待った」
ん?
なんだ。いきなり教師の後ろから露出の多い格好をした女が現れて邪魔を……というかなんか見覚えが――――
……ああっ、あの女は!
「あっ、あっ、なんですか、貴方は!?」
「なんですかはこっちの台詞よ。なぁに? そのつまんない説明は。今から面白いことをしようっていうのに、そんな退屈な説明じゃあ眠くなっちゃうじゃない」
乳を放り出したかのような呆れた服装。派手な金髪。過積載の髪飾り。
悪徳を体現したかのような鋭い目つき。いかにも悪女と言わんばかりの厚化粧。
あの姿、忘れるはずもない。
「ちょっ、お願いですからステージから降りて下さい。一応ここは、学芸院の格式高い式の場で……」
「もう式は終わったんでしょお? だったらここはただの講堂でしかないはずよね。あなたがつまんない演説するくらいなら、私が代わりにやってやるって言ってるの。ほら、退いた退いた」
あの女の名前は、イザベラ=アーバンリシル。
未だ子をなしたことがないにも関わらず、その美貌と奔放な性格から、父上の熱烈な寵愛を受けており、そして――――
「どうせこの原稿も、あそこに座ってる臆病な王子様の差し金でしょう? まったく、本当に楽しくないことにかけては知恵が回る退屈なお坊ちゃまなんだから」
――――俺とは、犬猿の仲にあたる女だ。
「でも安心して。つまらないことをつまらないままに終わらせるほど、このイザベラは器が小さくなくってよ」
あの女がどうして今ここに来ているのかは分からない。
だが、確実に言えることがひとつある。
奴がこの場に現れた時点で――――
「お役所仕事な貴方に代わって、この私が新入生一同に紹介してあげましょう」
――――俺の計画は、根幹から破壊されてしまうということだ!
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