インペリアル・ヒロインレース~第七王子の結婚相手は人気投票で決定します~

イプシロン

1 父上はとうとう頭がおかしくなってしまったらしい

「第七王子フレデリックよ! お前の結婚相手は、人気投票で決めることにしたぞ!」

「……はい?」


 それを聞いた瞬間、俺は悟った。

 ああ、皇帝ちちうえはとうとう頭がおかしくなってしまったのだと。


 時は三月。長い冬が終わり、春のうららかさが段々と都の大気に満ちてきた、そんな最中のことだった。

 つい先日、王族・貴族御用達の名門学園の中等部を卒業し、晴れて高等部に進学することとなった俺は、その祝辞という名目で父である現皇帝、アッシュヴァーン十四世に呼び出された。

 俺にさほどの興味も持たない皇帝が、この忙しい時期わざわざ祝辞を言うために時間を割くなんて妙だと思ったが、皇帝などという忙しい仕事に身をやつしていると、たまには人間らしいこともしたくなったりするのだろうな。

 そう思って素直に呼び出しに従った、のだが――――


「すみません、父上。何を言っているのか分からないのですが」

「単純なことだ。そろそろお前も良い年頃だ。今のうちから結婚相手を見繕っておいて損はない」

「しかしその手段が、ええと、その……」

「『人気投票』だっ! お前がこれから進学する高等部の生徒全員に、お前の結婚相手を決めさせる!」

「……」


 ――――はっきり言って今では、仮病でも使って休めば良かったと思っている。


「ど、どうしてそのようなことを……」


 恐る恐る聞くと、父は遠い目で天井を眺めた。


「……フレデリックよ。お前は、お前の兄や姉が結婚生活で苦労していることは知っているだろう」

「? ええ、まあ……」


 俺は二〇人兄弟姉妹きょうだいだ。上に十二人、下に七人。半分が男で、半分が女。

 俺の二倍ほどの年齢の兄もいれば、俺の五分の一の年齢の妹もいる。

 上の兄姉十二人は既に結婚していて、中には子供を授かっている人もいる。

 だが、彼ら彼女ら夫妻について、仲が良好という話はほとんど聞いたことがない。

 理由は単純で、彼らのほとんどは政略結婚で強制的に結ばされた関係だからだ。

 当人達の性格的一致や趣味の共通点を一切考慮せず、ただ特定の貴族とよしみを結びたいからという理由だけで作られた婚姻関係が、そうそう幸せに収まるはずがない。


「どこの家庭からも、聞こえてくるのはやれ半別居状態だ、やれセックスレスだ、ろくなものではない! 帝国をこれから担うべき皇帝の子供達があるべき家庭の姿を体現できないとは、全く、嘆かわしいことだ!」


 父上は嘆いているが、息子娘を思う気持ちが少しでもあるなら、性格面を考慮した上で婚約を結ばせれば良かったのではないだろうか。

 相性最悪みたいな組み合わせを連発しておいて言えることではない。

 少なくとも清楚好きで処女厨な第三王子あにうえに、淫売で鳴らした黒ギャル侯爵令嬢をぶつけたのはどう考えても間違っていた。

 あと不感症の第四王女あねうえに、セックスジャンキーで有名な伯爵子息をぶつけたのも間違っていた。


「父上の嘆きは理解しました。しかし父上、その話と人気投票の話は、何も結びつかないように思えるのですが……」


 だが今、そんなことはどうでもいい。大事なのは俺自身のことだ。

 兄弟姉妹の結婚生活がいくら破綻しようが知ったことか。


「そう思うのも無理はない。だがなフレデリックよ。これは余なりに考えた、愛を育む最善策なのだよ」

「……と言いますと?」

「余は思ったのだ。これまで余の子らの結婚がことごとく失敗に終わっているのは、余が一人の頭で口入れ(結婚相手を決めること)をやっているからだとな」

「はあ……」

「時にフレデリック、『三人寄れば知恵神の頭脳』ということわざを知っているな?」

「平凡な人でも三人集まって相談すれば、すばらしい知恵が出るもの、という意味のことわざですね」

「口入れもしかりである」

「はい?」


 何を言っているのか分からないが、多分違うと思う。


「つまりだ。余が一人で決めて失敗するなら、『集合知』の力を借りればいいのだということだ。即ち!」


 父上は勢いよく立ち上がり、陶酔気味に両手を激しく振るいながら熱弁を始めた。


「お前がこれから進学する高等部の学生の知恵を借りて、お前に最も相応しい伴侶を見つけようというのだ! 喜べフレデリックよ! お前は我が息子・娘の中で初めて幸せな婚姻関係を体現する者となり、夫婦蜜月の象徴として国民に称えられることとなるだろう!」


 深夜テンションで考えたのかな。それとも本当に頭がおかしくなったのかな。

 いずれにせよ勘弁して欲しい。


 俺は、自分もいずれは政略結婚と称してどこかの得体の知れない貴族令嬢と結婚させられると思っていた。

 だが別にそれでも構わなかった。どうせ結婚に期待なんかしちゃいない。

 むしろ他の兄弟と同じように、粛々と雑に扱われるくらいがちょうど良かった。

 目立つのは嫌いだからだ。王子という立場上、目立てば目立つほど色々な意味でしがらみも増えるし、危険も多くなるから。

 なのに、人気投票だ? 今までに例を見ない伴侶選びだ?

 勘弁してくれ。そんなことをやったら、二〇人の兄弟姉妹きょうだいの中で俺が一番目立っちゃうだろうが!!


「ちなみにだが、候補は高等部の生徒から公募で募ろうと思っている。余が候補を選ぶと、どうしても偏りが出るからな!」


 政略結婚ですらないのかよ! だったらその中から自由に選ばせてくれ!


「ち、父上。そのような決め方をするなら、もはや普通に恋愛結婚でもいいのではないでしょうか」

「恋愛結婚ん? 馬鹿を言うな。そんな信用ならないものに委ねるものか」


 少なくとも唐突な人気投票とか父上のセンスゼロな口入れに比べたらよっぽどまともな結果になる気がするが。

 だがまあ、俺から見ておじいさま、父上から見て実の父にあたる先代皇帝は、恋愛結婚をしたものの後で性格の不一致が判明して家庭内が冷え込んでいたと聞くから、父上としては恋愛結婚は信用ならないものなんだろうが、それにしたって。

 人気投票はないだろ人気投票は!


「ともかく、これは決定事項だ。入学式の日に一般に向けて発表、公募を開始し、学生生活の三年間を通じて最も相応しい相手を選び抜く! 幸せな家庭の到来に打ち震えるがいい!」

「……は、はあ……」

「以上! 話はこれで終わりだ。もう下がってもよいぞ。余も公務に戻るとしよう」


 ――――俺の人生は、生まれつき恵まれていた。

 大陸でも有数の一大帝国の王子という立場で、しかも第七王子という半端なポジション。母親の生まれも兄弟に比べて高くはない。

 おかげで贅沢な暮らしを享受しつつ、政争や覇権争いなどという王族の面倒ごととは極力無縁の立場でいられた。

 このまま死ぬまで地味な王子のままでいられたら、俺の一生は幸せで満ちあふれていたことだろう。


 だが、人気投票だあ? 結婚相手を公募するだあ?

 そんな目立つことやったら、嫌でも衆目の関心が俺に注がれるだろうが!

 高等部の生徒だけじゃない。多くの国民が何らかの意識を俺に向けるようになる!

 そうなれば必然、俺という存在が民草の中に深く刻みつけられるわけで……企画が成功しようが失敗しようが、ろくな結末が待っている気がしない。


 できるだけ地味に、かつ軟着陸に、この下らない試みを終わらせてやる。

 父上がいなくなった玉座の間を後にしながら、俺は心の中でそう固く誓ったのだった。

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