パイルバンカー・シュート

今晩葉ミチル

伝説となれ!

 ワールドカップ2030年、サッカースタジアムは異様な熱気に包まれていた。

 各国の代表がしのぎを削る試合の数々は、サッカーファンはもちろん、日頃はサッカーに興味がない人たちの気持ちも掻き立てた。

 プレーの1つ1つに歓声が沸き、紙一重の攻防に手に汗握る。

 世界が注目する大会だといっても過言ではない。

 至高の場であり、甲乙つけがたいチームが集結していた。

 

 しかし、そんな中で実力差を見せつけられたチームがあった。

 

 ブラジル対日本。点差は10対0。ロスタイム3分。

 この試合は一方的な展開になっていた。攻撃や守備のレベルに雲泥の差があり、個人技もチームワークもどうしようもなくブラジルが上回っていた。

 ブラジルサポーターは勝利を確信し、歓喜に踊る。

「ブラジル最高! ブラジル最高!」

「完封勝利だー!」

 優勝さえも確信しているような高揚っぷりであった。

 対照的に日本のサポーターは沈んでいた。

「こりゃダメだ」

「日本に世界はまだ早かったんだ」

 サポーターの雰囲気は選手たちに伝わる。日本選手たちの顔には疲れと絶望が浮かんでいた。

 そんな中で諦めていない者がいた。

 その名は真。日本チームのキャプテンである。

「諦めるな! 俺には秘技・パイルバンカーシュートがある」

 日本選手たちがどよめいた。

「アレをやるのか!?」

「無茶だ!」

 禁断の技なのだろう。

 しかし、真の決意は揺るがない。

「無茶を可能にするのが俺の流儀だ!」

 試合再開のホイッスルが鳴らされた。

 ブラジルのキーパーがゴールキックを蹴る。ボールは高々と空を舞い、陽の光が重なった。

 ボールは無造作に落下する。

 ボールを受け止めるために、ブラジル選手が跳ぶ。しかし、彼らは一瞬にしてボールを見失った。

 真が目にも止まらぬ早業で、ボールを受け止めていたのだ。

 ブラジル選手の反応は早い。ボールを奪うために、審判には見えないように真に体当たりをした。

 真は驚異的な踏ん張りで態勢を保ち、突き進む。

 稲妻の如きドリブルでブラジル選手たちをかわし、ついにはキーパーと一対一となる。

 真が雄叫びをあげる。

「パイルバンカーシュートォォォオオオオオオオ!!」

 ボールは真の足を離れるほどに加速し、高速の杭打機の如く何度もゴールに打ち込まれる。

 説明するのは簡単な事だ。ゴールネットを揺らした反動で戻ってくるボールを、真が蹴り続けているのにすぎない。

 超高等技術であった。

 ブラジルのキーパーは腰を抜かして、這いつくばるようにゴールから離れていた。

「こんなの止められる人間はいなーい!」

 観客は魅了され、審判はホイッスルを鳴らすのを忘れていた。

 やがてボールは光を帯びて、超高速の域に到達する。もはや誰の目にも映らない。ただ一人、真の目を除いては。

「いっけー!!」

 真がボールに全力を注ぎこむ。ボールの勢いはさらに増し、人知を超えたパワーを発揮する。

 ゴールネットを貫通し、天高く舞っていった。

 ボールは巨大な弧を描き、太陽の光を浴びて輝く。真の傍で何度も高らかにバウンドする。

 スタジアム中の人間が見守る中で、ボールは徐々に高さを失っていった。

 やがて真の足元に転がった。

 主人の元に戻る忠犬のようであった。

 審判が正気を取り戻す。

「あ、試合終了だ」

 ホイッスルが鳴らされた。観客は大歓声をあげた。

 試合結果は10対1。やはり、最初のゴールしか認められなかったようだ。

 日本は大差で敗れた。しかし、彼らを馬鹿にするものはいない。

 ありがとう、真。ありがとう、パイルバンカーシュート。

 この試合は人々の心に刻まれ、伝説となり、語り継がれるだろう。

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パイルバンカー・シュート 今晩葉ミチル @konmitiru123

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