第12話 二重人格
身体を切り刻まれることを、心地いいと感じたのは初めてだった。どうやら、俺はなにかを諦めてしまったらしい。
「いいや、君は真理に近づいている」
まただ。俺の顔をした誰かが知った風に喋っている。
「君には苦しみが必要だったのさ」
純喫茶の店員のように、糊付されたワイシャツとエプロンを綺麗に着こなしておいて、薄く化粧でもしたような正気のない顔で、ノコギリを肩に担いでみせた。涼しい顔をして、俺を痛めつける理由を話しているのか?
「これ? これは僕のものではない」
ツゥ、と脳天に冷たさを感じた。それは年輪をなぞるように俺の頭蓋を切り裂き、皮を剥がしていく。ダラリ、俺の目は俺自身の頬を見つめていた。顔の皮も剥がされてしまった。
「ほら、僕は手をくだしてなんかいない」
スカーフをめくるような軽快な手つきで俺の皮膚を持ち上げ、俺が「目の前」を見られるようにしてくれる。
血が、ついていない。俺の皮を剥がしたのは、そのノコギリによってだと思っていたのに。
「そもそもだ、君は誰に責め立てられている?」
お前だ、おまえだオマエダ! そうでなければならないのだ。俺はおマえにひどいこトをシたかラ、痛い目にあワナイトイけない。
「そう思いたいのは誰?」
「は?」
イライラする。こいつは——俺の前に立つ俺の顔をした人間はなにを言いたい。
「ハァ」
目の前の彼は、あからさまにため息をついた。俺の体は強張る。この空間における圧倒的強者、断頭台の死刑執行人に対して俺はなにを強気になっているのだろう。
「やれやれ、思い出したんじゃなかったの。君に裏切られたと感じる友人なんていない。君は、君の思うほどの罪をおかしていないんだ」
「だまれ!」
怒鳴ってから、気づいた。俺は、恐怖を感じているとき、どこか心の安泰を見出しているらしい。それが剥がれると、自己を否定されたような心細さを感じる。
感じはするが——
「んぐぅうぅぅう」
頭を締め付けるのは、孫悟空が罰として身につけていた、あの輪っかのようななにか。あれが玄奘の呪文を介さないと発動しないように、俺に罰を下すなにかも、存在していないと、オカシイ。
「また、そこからですか」
俺の中で結論がつくと、目の前の彼は、そのノコギリを今度こそ俺の肉体に向けて振り上げた。
ズゾゾゾゾ……と音をたてて、俺を構成する筋肉の筋や、腸や、骨がノコギリの歯に巻き込まれていく。
彼はどんな顔をしているのだろう。散々俺に対しての暴力を正当化するような御託を並べて、結局嬉々として俺にこぶしを振り上げているではないか。そう思って彼を見ると、
そこだけモヤがかかったように、彼の顔はまた認識できなくなっていた。
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