第10話 偽りの自我

「いつまで自分を甘やかしているつもりだ」


 ああ、これは記憶の中の世界——いや、これは実像か!?


 腕が千切れ、腸が露出し、口からはチロチロと死にかけの蛇のような血が這い出しているのに、それを見下ろして、顔のわからない大きな肉体がなにやら吠えていた。


 見上げることさえどこか馬鹿らしくなって、俺はくるりと下を向く。思えば、胴体から切り離されて久しい俺の首はなにを支点にして上を向いていたのか。


「こんなことでくたばるなんて我が家の恥さらしが。——そのみっともない内臓を早く仕舞いなさい」


 語気荒くで進むならばそれを通せばいいものを。


 みっともないと口にしたときに、わずかにえずき、目を逸らしたのが手に取るようにわかる。


 肉片と成り果てたモノに対してさえ人が自己責任を振りかざすのは、畏れによるものだろうか。


 こんな穢れが、正しいワタシの前にあってはならぬという。


「聞いているのか」


 確認するまでもなかろう。貴方がここから去らぬ限り、すでに死体と成り果てた俺はずっと貴方の口から吐き出されるモノに晒されざるをえない。


「お前は我が家の恥だ」


 生ゴミに対して汚いと言い諭したとて生ゴミがゴミ捨て場に歩いていってくれるわけでもあるまいし。


「放っといてくれ」


「ほら、まだ動けるじゃないか」


 欺瞞と矛盾に、わずかしかない気力を絞って声を上げただけで、これだ。


 動けるんじゃない。動けないから喚くしかないってなぜわからない。


 それはそうと、こいつは誰だ。


 我が家のという言葉が真理からくるものだとすれば、こいつにとって俺は家族なのだろう。しかし、俺の父親は確か、この世にいないはずではなかったか。


 俺の記憶の何処からが本当で、どこからが作り話なのかさえ、ずっと昔からわからないままだ。

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