第6話 ヒカリヘ
アダムとイブが食べてしまった禁断の果実とはなんだったんだろうと考える。リンゴはその時代に、一神教の普及した地域に本当に存在したのだろうか。
神話さえもヒトは都合よく解釈し、一つの聖典で醜く争う。ならば、真理なんて一つでなくてもいいはずだ。
そうだ、俺の世界線では俺にも妹が存在する。そんなこと、ありふれている。
ガン、と後頭部を殴られた気がした。右手を首にそって痛みを感じた箇所まで沿わせる。おかしい。手にぬめりがまとわりついて気分が悪いが、肝心の傷口が
言葉は口から吐かれる。口無くして言葉なんてない。ネットに書かれた無責任に見える有象無象の情報も、無機質に見える書物にも、それを発した人間がある。口は通常ヒトに一つしかなく、人間を数える指標であり、
言葉の責任の所在を示す厳格な基準でもある——
不思議なもので、俺は歩く意思のないまま歩いていた。それに気づいたのは、俺が立ち止まったからだ。
自分の挙動を自分でわからないとはお粗末なものだが、ここは特殊な空間であるからには仕方ない。
俺が立ち止まったのは、吸い込まれそうな黒の扉の前。
真っ黒なのに、それが扉だとわかる。何にも遮られていないのに、眩しいまでのヒカリに満ちた空間の干渉を受けていない——俺の後ろから差しているはずのヒカリが扉だけは照らしていない。
俺の影でそうなっているのではない。その扉は、首が痛くなるほど見上げても目視できないほど上空に続いている。押して開く類のものなのかさえわからない。
俺は、特殊なこの空間のなかに、本当に存在しているのだろうか。
俺の後ろから差しているヒカリに矛盾しない位置にある「影」、しかしそれは俺の背丈を越えてそびえている。
まさか、と思って、俺は自分の足元に視線を下ろした。
そこに「自分自身の影」はなかった。
ヒカリに晒されているにもかかわらず、俺は影を作れない。これも、この空間の特殊性ということで片付けていいものなのか?
「なんなんだよ……」
みっともない声が漏れた。不思議なことに、それは俺が「彼」を傷つけたときに「彼」が漏らした嗚咽に似ていた。
ヒカリが光ではないのか、空間は幻想なのか、俺は何者なのか。
自我がさらに揺らぐ、揺らぐ。それこそ、蜃気楼のように。
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