第2話 BONBON

 クリスマスが近くなると、大はしゃぎして親を困らせた。サンタクロースの存在も、同学年の中では最後まで信じていた。ある意味、俺も「彼」と同じく夢みがちで空想好きの少年だったのかもしれない。

 自分の誕生日よりも俺はクリスマスが好きだった。家の宗派は真言宗だったし夏には連れられて親戚の法要にも行った。俺の家族が一年に経験する年中行事の中で、クリスマスだけ異質だった。

 暗くて地味な法要や、堅苦しい初詣、七五三が大嫌いだった俺が唯一楽しめる行事だからと、父も母もその日だけは外来の宗教行事を許容した。毎年俺には好きなゲームソフトが与えられ、それを年末年始に夢中になってプレーするのが定番だった。

 その年は、何のプレゼントもなかった。ケーキすら食べることもなく、唐突に俺の人生が急展開した。

『早く自分の荷物をまとめなさい』

 プレゼントが旅行なのだと喜べる口調でも環境でもなかった。なにしろ、真夜中に叩き起こされた上に明かりをつけることすら許されず「大事なもの」をリュックに詰めるよう強要された。


 夜逃げというのだと、のちに知った。


 家族との温かな記憶が暗闇のなかに灯った。押し寄せる闇に抗いたくて、縋るように、大事にとっておいたクリスマスプレゼントに手を伸ばした。それを見て、優しかった母が唇を歪ませて嘲笑した。

『子供はいいわよね』

『お母さん?』

そんなもの・・・・・が大事なのね。これから我が家は家も無くすっていうのに』

 母は三年前に息子に贈った、高価なゲームソフトを叩きつけて壊した。

『やめてよ!』

『生きていくのに大切なものを入れなさい。わかったら返事をして』

 有無を言わせない剣幕に、俺は何もわからぬまま頷くしかなかった。

 三年前に、ウイスキーボンボンを食べて酔ったままのような視界で悪夢のような現実を眺めていた。


 首は胴体に再び繋がったようだった。身体に力を入れることで、歯車が噛み合うように正しく上体を起こすことができる。

 ——やはり、これは悪夢だったのではないか。自分を自分で追い詰めた上で見た幻覚なのではないか。そんな甘い幻想は早くも打ち砕かれる。

 ぐらりと視界が揺れて、斜め下に落ちていく。上体を中途半端に起こしたままの身体を置き去りにして。

 俺はまた、首から上のない自分を見つめる羽目になった。

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