絶界寺龍牙夢斗の冒険 神学絶争編 予告
「言うなれば集合的意識として、神は存在すると言える」
「つまりだ、神は信仰の数だけ実在している。一神教の信奉者には申し訳ないが、個々の信じる神全てが顕現しているということになる」
「えっ、偶然!!」
「……じゃないわよね。ってことは、まさかあんたも参加するの?」
瑠璃瑪瑙の目線の先にいたのは、
再会の喜びが薄れるとともに、あの場面を思い出す。絶界寺が久遠坂を救った瞬間の嬉しさと、あのとき何もできなかった自身の弱さへの悔しさで、瑠璃瑪瑙の両目には涙が溜まる。
――しかし、今は違う。戦うための武器を持っている。
ピアスほどの小ささの金剛杵を親指と人差し指で挟み、久遠坂に見せつける。
「勿論、私も参加するわ。あのときとは違う、戦うための力を手に入れたから」
涙は引いていた。瑠璃瑪瑙は勝ち気に口角が上がっていることを自覚した。
絶界寺がティーカップに手をかざすと、指の隙間から湯気が立ち上った。
「見る者に言わせれば、俺が今したこれも、奇跡、神の御業ということになるんだろうな」
カップの中にはコーヒーが注がれている。
「例えば――ある池で、死人が出た。子供が溺れ死んだんだ。それを認めたがらない親が、周囲に河童のせいだと言いふらす。村の子供たちは河童の存在を信じ、中には河童を実際に目撃する者まで現れる」
絶界寺は睨みつけている。目を動かさず、話を続ける。
「外見について、食い違う意見も出るだろう。本当は河童なんていないんだからな。皿があった、緑色だった、肌色だった、背の高さはどれくらいか……。そのたびに矛盾しない証言だけが採用され、次第に輪郭が固まっていく。子を亡くした親が死に、河童の目撃談を嘘だと知る者が村からいなくなるころには、誰もが口を揃えて同じ特徴を言う、ディティールの定まった河童が出来上がっている。――その池には、河童が住んでいる」
視線はまだ相手を捉えている。興奮していることが自分でも分かった。戦闘の予兆を感じ、絶界寺は震えた。それを隠すかのように言葉を紡いだ。
「信仰を作れば――それが偽物であることを除けば、本物の神は作れる。偶像の崇拝を禁止した理由が分かるか?」
「
東西に長く伸びた広い屋敷――
薄暗い部屋の、冷たくなった板張りの床に、影を落としている――否、影だけが立っている。死んだはずの絶界寺光陰矢如がそこにいた。
目を凝らして顔を見ようとするが、脳が認識を拒む。表情が読めない。焦点を合わせようとすると影が立ち消えてしまい、そこにいることすら見えなくなる。
「どちらだ」
別天地が、光陰矢如に話しかける。
「手招いているのか、立ち去れと言っているのか――どちらだ」
光陰矢如がひらひらと、右手を揺らしている。そこに明確な意思は読み取れない。
俺を恨むか、と別天地は思った。
――別天地のその表情を、襖の隙間から、
この自分が本気を出せる人間がまだ存在していたのか、と思った。
嬉しかった。
六骸道は、
「睡蓮」
右腕をおもむろに上げた。手の平を八咫烏に向ける。
右腕の下に左腕を伸ばし、左の手の平も同様に八咫烏に向ける。
「芍薬」
瞬間、視界が闇に包まれた。
八咫烏は足元に草花が生い茂っているのに気付く。六骸道の結界を花を使ったものだと予測し、近くに咲いたものを踏み潰していく。本物の花ではないのか、嫌に実在感があり、大きな昆虫を踏み潰したような感触が残った。
「鬼灯」
六骸道は等間隔で言霊を置き続ける。
「《カグツチ》――!」
八咫烏の両手から炎が噴き出し、花畑を焼き尽くす。脅威が立ち去ったとは思えない――そもそも、視界が暗転し、足元に草花が生えようと、そこに敵意は感じられなかった。
攻撃でないことが恐ろしかった。予兆がない。植物の名前を言霊にすることと、草花を焼かれても動じないことが繋がらない。何をするのかが分からない。
「《
手にまとった炎を刀剣の形に練り上げる。刀身が炎であれば折れることはない。八咫烏は自身が持つ近接武器の中で、《天之尾羽張》こそが最強だと自負していた。
地面を蹴り、六骸道に斬りかかる。
左肩から袈裟斬りにするつもりで振りかぶったが、鎖骨の辺りで刃が止まった。力を込めてもそれ以上刃が進まない。
傷口から竜胆の花びらが舞い落ちた。
六骸道の両手が、八咫烏の腹部を捉えていた。
「弟切草」
「おかわりはいかがですか?」
喫茶店の制服を着た男が絶界寺に声をかける。
――瞬間、絶界寺は印を結んだ。
「《
絶界寺が指を差すと、店員の体にひびが入り、内側から崩壊していく。床には大量の砂だけが残った。
目の前の男に向かって絶界寺は言う。
「式神程度で何ができると思った」
男が、初めて表情を露わにした。
今にも目を背けたくなるような醜悪な笑顔だった。不快な顔だった。価値観が根本から歪んでなければできない笑顔。
くつ、くつ、くつと笑った。耳鳴りのようにこびりつく。笑い声だけで三半規管を揺らされるような不快感。言霊を使ったものではない――生来のものだ。
絶界寺はレシート立てからレシートを抜き取り、男の前に置いた。
「あいにく手持ちがないんだ。奢ってもらえるか」
からんからんと鐘の音を立ててドアを開け、絶界寺は店を後にした。
――この戦い、絶界寺龍牙夢斗は両眼を使えない。
<終>
5月号に第1話を掲載予定です。お楽しみに!(絶界寺龍牙夢斗)
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