絶界寺龍牙夢斗の落選

絶界寺龍牙夢斗

絶界寺龍牙夢斗の落選(パイロット短編版)

1


 俺は絶界寺ぜっかいじ龍牙夢斗りゅうがむと。いたって平凡な高校2年生だ。ただ一つ普通じゃないとするなら――ライトノベルを書いてるってことかな。


 午前の座学が終わり、昼食の時間になった。

 俺は栄養チューブを食べながら、隣の席の王冠堂おうかんどう烏帽子えぼしに話しかける。

「昨日の午後はきつかったよな」

「2組と合同で事務所の制圧か」烏帽子は携帯パンを食べている。「時間はかかったが敵が一箇所にいてくれた。面倒ではなかったな」

 烏帽子の隣の席に座っている猫又木ねこまたぎ妖華ようかが会話に加わってきた。

「それはあんたたちが戦闘しかしてないからよ! 私は先生に混じって尋問よ。大変なんてもんじゃなかったわ」

 いわく、相手の精神に干渉する術は魔力の消費が大きいとのことだ。臨戦時は常時リソースを解放しているんだから似たようなものだと思うが、俺は争いを避けるために同意だけしておいた。

 烏帽子は目ざとく愚痴タイムが始まる前に席を外していた。あいつ、こういう嗅覚は鋭いんだよな。


 昼休みが終わるや否や、担任教師の六骸道むがいどう羅刹那らせつな先生が教室に入ってきた。

「今日の実地授業は、各自で指定の魔人を駆除し、その後は区内をパトロール、終業で現地解散とします」

 かなり楽な内容だ。実際に街で暴れる魔人や異界者なんてまず見ない。実質魔人を一人駆除するだけで帰れる。

 烏帽子と妖華も笑顔で先生の話を聞いている。

「そして、自由時間で一番多く《害獣》を駆除した人は内申点をプラスしちゃいまーす!」

「え!?」

 二人が目の色を変える――もちろん俺も。

 別に悪いことをしているわけではないのだが、俺たち2年1組は学年一の不良だと思われていて、六骸道先生以外の教師からは色眼鏡で見られている。

 この中に内申点が欲しくない生徒はいない。……今日も疲れそうだ。


 学校で指定された魔人は、俺が担当した個体は民間レベルの強さで、楽に倒せた。

 全身に有刺鉄線のような蔦が巻き付いていたが、戦闘能力は低いため脅威ではなく、《絶眼》を使うまでもなかった。ある程度の知能はあるが人語を介するほどでもない。基礎的な体術のみで、相対から数分で決着はついた。

 学校経由で処理業者を呼んで回収してもらい、その後は急いで区内の見回りに移る。

 案の定トラブルなんて一つもなかったが、授業が終わる直前にようやく小型の魔物を見つけ駆除。先ほどの魔人と同様に処理業者に回収してもらった。

 烏帽子は移動能力に長けている。細かな部分で点数を稼げるのはこいつだろう。

 妖華は搦め手を使う印象だ。いくつもトラップを仕掛けて待つ戦法をとるだろうが、烏帽子と違って索敵は苦手だから、その網に《害獣》が引っ掛かるかは運次第だ。


 現地解散とのことだが迎えがあるので、俺だけ学校に戻った。

「先生、他の二人はどうだったんですか?」

「んー、それ聞いちゃう? 次回のお楽しみってことで」

 六骸道先生は茶目っ気が多すぎて、こういう言い方のときに実際の成績がどうなのか読み取れなくて困る。

 しばらく今日戦った魔人について話していると、迎えがやってきた。

 本家絶界寺家から遣わされた――俺の絶界寺は分家だ――運転手が教室までやってきた。

「坊ちゃま、お迎えに上がりました」

「坊ちゃま、また明日ね~」

「先生、そういうのいいですから!」


 車中、隣に座る本家の老執事が声をかけてくる。

「御屋形様から伝言です」

 御屋形様――本家絶界寺家の当主ではない。そのさらに上にいる人物だ。

 本家絶界寺を含む七つの家をまとめて《七界しちかい》と呼び、そのうち四家を《四方界しほうかい》、残る三家を《三離界さんりかい》と呼ぶ。

 《四方界》は表の世界に強い力を持ち、《三離界》は主に異界の門を管理している。

 御屋形様とは《四方界》四家の頂点に立つ、蒼貴界そうきかい家の当主だ。現在、蒼貴界の運営は当主代理に任されていて、当主が表舞台に立つことはない。相貌どころか名前すら明かすことなく、ただ《懺悔室》という二つ名だけが知られている。

 老執事から渡されたのは言葉ではなく、USBメモリとノートPCだった。

 USBメモリにはほとんど箇条書きで仕事の依頼が書かれたテキストファイルが入っている。過去にも何度か直通の依頼を受けたが、そのどれも先ほどの“民間レベル”とは比べものにならないほどの難度だった。蒼貴界家の立ち位置を考えれば、今回の任務も国家レベルのそれだろう。

 分家の俺に拒否することはできない。PCはスタンドアロンで、勿論USBも持ち帰ることは許されていない――依頼内容を暗記すべく、何度か読み返す。

「ん……?」

 違和感は決行日だ。日付が明日になっている。

「ははは、そういうことか……」

 明日は土曜日だ。俺は別れ際に先生の言った言葉を思い出す。「お坊ちゃま、また明日ね~」。

 参加者の中には六骸道羅刹那先生の名前もあった。

 あの人は未来視に近い《魔眼》を持っているらしい。御屋形様直通の依頼など秘匿中の秘匿、あのときはまだ知るすべはないはずだ。詳細は教えてくれないが、あの眼には時間の流れなど問題ではないのだろう。


 邸宅の門に着いたので、運転手に声を掛ける。

「ここで降ろしてください」

「よろしいのですか?」

 門から家までは車で10分かかる。

「ありがとう」

 視界から車が消えるのを待ってから、商店街へ歩く。

 俺の脚は書店へと向かう。

 今日はライトノベルの新刊の発売日なのだ。



2


 ライトノベルとは読んで字のごとく、読みやすさに重きを置いた小説のことだ。主な読者層は俺のような学生だ。

 数年前まではほのぼのとした日常を描く作品が流行していたのだが、最近の売れ筋は「異世界転生」ものだ。舞台を現実離れした異世界に移すことで非日常を読者に届ける。

 俺が好きなのもこの異世界ものだ。憧れを抱いており、異世界に住みたいとさえ思っている。

 好きな作品をいくつか挙げよう。


 在田あるた瞬骸郎しゅんがいろう『ガルダ戦記』(不死ふしファンタジーアート文庫)

 異世界「ガルダ」に転生した混奈井まぐない剛炎志ごうえんしは、召喚者・竹田たけだ美波みなみに新たな名「竹田英太えいた」を与えられ、竹田家の先兵としての使命を全うしようとする。《害獣》が存在しない――つまり襲撃を恐れる心配がないという独創的な世界観で、「風呂文化」が発展した世界を描く。「バスタイム」と呼ばれる毎巻のバトルシーンは圧巻の筆致で綴られ、それでいてお色気シーンとも結びついている。「異性と風呂に入る(混浴)」という題材を生んだという点において、ラノベ界のマスターピースと言える。


 怨葬ヶ原おんそうがはら裏助りすけ『学園見聞録』(丸山まるやまハイヒール文庫)

 異世界「マグリアド」に暮らす吉岡よしおか勇樹ゆうきの学園での日常を描く作品。日常といってもこの作品にはおよそ「戦う」という描写が存在しない。学校では座学だけを行うのだ。『ガルダ戦記』ではご都合主義的な省略で《害獣》のいない理由などは設定されていないが、本作ではSF的アプローチで考証され、「《害獣》のいない世界」がリアルに導き出されている。「非戦闘学園」ものでの定番となった「修学旅行」と「文化祭」は本作が初出である。


 宿島地しゅくとうち能嵐馬のうらんま『私たちは飼育委員ですってば!』(ネオじょう文庫)

 本作の舞台は異世界ではなく、現実世界の学校だ。魔物飼育員であるはずの烈岩山れつがんざん麗依れいい醜刀院しゅうとういん夢伽鎖むかさが、学園のさまざまなトラブルに巻き込まれる――というもので、要するに日常ものだ。中身は特にあってないようなものなのだが会話のテンポが気持ちよく、二人の百合めいた描写には女性ファンも多い。また、作者の《害獣》知識が読んでいて楽しい。その知識は主に飼育している小型魔物の生態と、大型の魔獣や偶蹄亜人の調理に活かされている。作者のSNSには食用魔人の脳味噌なんてゲテモノも投稿されていて、食への探求心を感じられる。


 今日は灼熱しゃくねつ文庫の発売日だ。

 閉路講へいろこう翔迅しょうじん『魔獣知識で異世界カリスマ料理人』3巻と曇暗下どんあんか獅郷吾霧しごうあむ『座学学科の落第生』21巻、それと抜刀術の教本を買い、帰路へ着く。


 門から邸宅までは一本道になっている。

 使用人以外はほとんど通らないため、俺は目線を下げ、メモ帳を見ながら歩く。

 メモ帳にはライトノベルの構想を書き記している。ページを捲る。「修学旅行」についての走り書きだ。


・修学旅行

・夏、南国でバカンス

・飛行能力者も飛行機に乗る

・学生だけ、戦闘の必要はない(教師による結界? リアリティが欲しい)

・水着を着て遊泳

・専用スペースでの食事

・風呂は湯を溜めた浴場

・混浴でお色気シーン


 もう何作かを書き終えて新人賞に応募しているのだが、そのどれも落選している。今も一作を投稿しており、数日中に結果が発表される予定だ。

 次回作は異世界転生ものを書こうと考えている。これまでは自身の経験したことしか書けず、日常ものしか書いたことがなかったが、「修学旅行」という題材に手ごたえを感じた。

 しかし、何かが足りない。クライマックスだ。派手な何か――そう、《害獣》のいない世界、ゆったりした時間が流れ、全てを忘れられるような何かが欲しい。

 科学的な飛行機で目的地へ、観光、昼は観光地でゆっくりと食事、その後は遊泳のための施設へ、夜に再び時間をかけた食事、そして混浴……。その後、屋外で何をさせるか、これがなかなか浮かんでこない。

 非日常を味わえる派手なもの……。


 家に着くと使用人が封筒を渡してきた。

「龍牙夢斗様宛てのお手紙です」

「ありがとう」

 声が震えないよう努めて返事をする。

 不死ファンタジーアート文庫の新人賞二次選考の結果だ。

 もう来てしまったのか。動悸が抑えられない。

 封筒を一度かばんにしまい、自室へ急ぐ。

 どうせ今回も駄目だろう。いや、今度こそいけるはず。次は異世界転生だ、これで落ちても問題ない。今回はスピード感を大事にした、さくっと読めるところが評価されるだろう。どうせ。でも。しかし。……


 絶界寺龍牙夢斗様

 このたびは第33回ファンタジーアート大賞へのご応募ありがとうございます。

 編集部で精読させていただいたのですが、残念ながら今回は落選とさせていただきます。

 以下、応募作『ゆる日々』への書評を添付させていただきます。

 まず、世界観の説明がなさすぎます。何度か読み返してようやく「魔物」や「亜人」などを総称して「害獣」と呼んでいるということが分かりましたが、読者に不親切です。

 また、戦闘描写が薄味すぎます。実際に体験したかのようなリアリティのある描写は明らかな強みですが、それを魅せようとする意識が少なすぎます。こちらに関しても武器の種類や魔術などの説明がなく、一読しただけでは理解ができません。状況に応じて段階的に解説を入れ、読者に没入感を与える構成を意識してみてください。

 キャラクターの命名に関しては言うことがありません。既存の作品の派生にない個性あふれるものばかりで、一目で「ラノベキャラだ」と分からせる圧があります。魔術などのネーミングについては比較して簡素すぎるため、こちらが浮かない工夫が欲しいところです。

 結果として落選となってはしまいましたが、編集部といたしましては絶界寺様に可能性を感じ、担当編集を付けたいと考えています。

 電話番号が無効な桁数であったため、以下のメールアドレスに有効な電話番号をお送りいただきたく思います。

 不死書房編集部 種田たねだ敦也あつや

 MAIL:xxxxx@xxx.xxx

 TEL:xxxx-xx-xxxx



3


「先輩。絶界寺龍牙夢斗さんの、どう思います?」

「ああ、新しいやつ。日常系の」

「そうなんですよ……。異能バトルでやりたかったんですけど、どうしてもこれで、って」

「一言でいうと、何を書きたいのかが分からないな。これなら前の方がよかったよ」

「ですよね……。ありきたりな平凡って感じだけど、読み心地は日常ものじゃないというか、変なところでディティールが細かかったり」

「学生が修学旅行に行って帰ってきました、だけだろ? それも貴種流離譚やメタファー、アイロニーになってるわけじゃなく、強烈なキャラもいない。修学旅行だけで文庫本一冊の分量……」

「荒唐無稽な剣術だとか、実際にその異世界で暮らしたことがないと思いつかないような設定は面白いんですけどね。そっちを活かしたいんですけど、どうすれば言うこと聞いてくれますかね?」

「内容以前にペンネームも変えてくれないんだろ?」

「そうなんですよ! 日常系をやるならもっと無難な名前にした方がいいよ、って言っても……。『山田とか田中とか、健とか賢太なんて恥ずかしすぎます』って」

「それで『絶界寺龍牙夢斗』は本名だって言ってるのか。難しい人だな。やっぱり一度会ってみないことには始まらないだろうな」

「せめてだけ電話でもしたいんですが、繋がらないんですよね……。どうすりゃいいんだろう……」



絶界寺龍牙夢斗の絶頂世界 E68.13.36更新分より再掲

(初出時のタイトルは『偽史・絶界寺龍牙夢斗』)

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