4-5

人生とは戦いの連続である。


それは、矮小な高校生程度がどう足搔こうと変わることのない絶対的事実であり、

知恵を武器に、ちからを武器に、得体の知れぬ可能性へ挑めと強いるのだ。


争いや変化を避ける者もいるだろう。それもまたよし。


新たな環境へ順応する難しさ、一人であるが故の気楽さとは、こちらも旧知の仲。

足蹴になどできるものか。しかし、いくら拒もうと、この競争社会で生きる以上、

必ずどこかで測り、測られ、否が応でも分かたれてしまう。


「Excusez-moi, Monsieur. Vous n’avez pas vu un Français qui a un appareil photo?」


そう、自らの意思にかかわらず、無慈悲な第三者の手によって。


「Oh là là, il a la tête ailleurs.」


クラスメイト然り、ご近所然り。そして今日、今この瞬間もその例外ではない。

いつだって外野は好き勝手に裁定を下そうと、忙しなく邪推を繰り返す。


「Vous avez le vu, madame? Non, merci quand même.」


ただし現在進行形で俺たちのやり取りを阻む、金髪碧眼の幼い少女は、たぶん例外。

常軌を逸脱したイレギュラーで、呆気にとられて然るべきのはず。


「Oh, pardon. Ça l’arrive parfois. Alors, qu’est-ce qui se passe?」


ところがどっこい。

夏川なつかわときたら、なんの躊躇いもなく流暢に意思疎通を図って見せる。

低い身長に合わせてしゃがみ、警戒を解す優しい表情で。


な、なんだ? 何語だ? というか誰だ? ていうかお前も喋れんのか!?


休息を与えぬ驚きの波状攻撃の前では、優先順位などあってないようなもの。


これはどこから、どう突っ込めばいいのやら。

いっそダメもとで知恵袋に書き込んでみるのもありかもしれない。


……タイトルはなににしよう。


ってまてまて。せめて拉致されたプレゼントをどうするかが先だろ!

元々渡す予定であったにせよ、こんな形は流石に不本意。

なんとかして一旦取り返さないと。


目下継続される窮地。彼女達の会話は耳に入ってこなかった。

いや、適材適所の名の下に、無駄なリスニングは諦めたのだ。

子供の質問すら理解できぬ足手纏いは、黙っているのが分相応。

下手に首を挟むより頭を捻れ。上手くあのブツを奪還する秘策を考えろ。


「Attends! あ、たきくん、これあげてもいい!?」


「え、ああ」


反射で答えた三秒後。慌てて止めに入った時には全てが事後。

むくれる少女へ和解品として献上された消しゴム製疑似水槽は、おそらく二度と戻ってこない。


「お父さんがね、どこかに行っちゃったんだって。それで聞き回ってたんだけど、

そもそも言葉が通じなくて困ってたみたいなの」


低い姿勢を保ったまま、上目遣いに簡潔な調査結果を伝え、

素知らぬ顔でシャーペンとストラップをバッグにしまい込む。


見て見ぬふりをしないのは立派だが、人の大事な文具を犠牲にしてまで抱えるトラブルなのかどうなのか。


「実は、フランス語ちょっとできるんだ」


訝しげな視線と思考を断つ、誇らしげなブイサイン。


な、なるほど。


国連の公用語だの、そこまで難しい言語ではないだのと聞くが、咄嗟に使うとなればそれなりの努力が必須だろうに。

もっとこう、尊敬できるタイミングで知りたかった。


「だから、私たちで探してあげれないかな?」


概ね察し通り。そうくると思っていたさ。

ま、反対したところで夏川は止まらないし、正直そんな元気もない。

ほぼ同じルートを巡ったはずなのに、いったいこの差はどこでついたのやら。


「探すったって心当たりは、その間コイツはどうするんだ、適当に交番に届けた方がお互いの為じゃないか」


思いついた限りのやるせない三連発に、彼女もたまらず顎を摘まむ。


「んー、だよね。私もそう言ってみたんだけど、地雷ワードでした。

迷ったのはワタシじゃないし交番はもう懲り懲り、なんだって」


「それ、迷子の常套句だろ」


くたびれた視線は張本人へ吸い込まれ、人形みたい、なんてありていの感想を生む。

すると、碧く淀みない瞳の光沢と、特有の天使味をかなぐり捨ててこちらを睨み、

落ち着いた色のワンピースを振り乱す素早い身のこなしで、夏川を盾に口を開く。


「Je sens votre regard pervers.」


脳ではなく本能が敵意を検出。


この、ガキ……。その小瓶は誰が買ったと思ってんだ。


「と、とりあえず、ささっと辺りを見てくるから、この子お願いしていい?」


「まてまて、どういう神経してんだお前は」


特に確証はないが、お互いの好感度は皆無に等しい。

言語の壁も加味し、どれだけのお守りが出来るだろう。

仮に父親の捜索が上手くいったとしても、裏で娘がいなくなってたんじゃ本末転倒。

堂々巡りな二度手間を避けられないようじゃ、帰宅は夢のまた夢。


「俺が行ってくる」


「え、でも――」


「どこを探せばいいかと、親の特徴、あとなんだ? ざっとでいいから伝えてくれ」


異議申し立てを強引に振り切って頼むも、煮え切らない態度の夏川。

困った顔で唇を巻き込む。やがて根負けしたようにしぶしぶそれらを訳していく。


悩んでた割に、すんなりなめらかだな。


非常に難しいイメージであった通訳も、容易く熟されすぎて認識が狂いそうである。

どうやら、ちょっとできるの概念は、人それぞれらしい。


……にしても、せっかくの休みに、俺は境内の木陰でなにをしているのか。


静かな自嘲に浸ること数分。

心もとない情報と伝言を授けられ、いい頃合いかと体を伸ばす。


「じゃ、なんか進展ありしだい連絡する。くれぐれも不用意に動くなよ?

そこら辺のベンチとか階段とかで、大人しく待ってるんだぞ」


親切な指さし確認を試みるも、反応がてんで怪しい。


「Il va bien? Il chancelle.」


「Je m'inquiète un peu pour lui.」


漂う除け者感にため息をひとつ。


「わかったな?」


蚊帳の外から強く念を押し、ゆっくりと参道へ駆け出した。



―― ―― ――



写真。カメラ。そう聞いた途端、浮かんだのは日向ひなたの顔。


唯一身近で精通していそうな人物は、気軽に疑問をぶつけれるほど仲良くなければ、そもそも連絡する手立てがない。となればいつものGoogle先生に頼るまで。


ヴァレリー・コレット。フリーランスのフォトグラファー。


つづりがわからずカタカタで検索したものの、さすがは叡智の結晶。

娘からはたいして機能しそうな情報が得られず、どうなることかと思ったが、

人相から生い立ちまであっさり特定は進み、もろもろ杞憂に終わってくれた。


これは……思ってたより遥かに凄い人なのでは。


斜め上を行くオシャレなホームページにSNS。

彼が撮ったであろう作品たちは素人目にも多種多様。

あるがままの切り抜きから、原型を捉えさせないものまで。

底なしの幅と世界観は、芸術に疎い俺の度肝すら射貫く。


いや、冷静になれ。子供を放置してる時点で絶対ろくな奴じゃない。

なにがフォトグラファーだ胡散臭い、カメラマンとどう違うんだよ。


悪態と同時。強制的に瞬く瞼。


「……いま、か」


泣きっ面に蜂。液晶に雫。ついに拮抗は崩れ、ぱらぱらと降り出した。

それも小癪なことに、傘を差すか悩ましい強さで。

更に遠くの空からは、限りなく黒に近いグレーが迫り、余念なく焦燥を煽る。


構造に詳しいわけでは無いが、精密機械に水気はNGだろう。


撮影の間がチャンスだったのに、やってくれたな。


如何に有名アーティストだろうと、機材をしまえばただの父。

姿の見えない我が子を探すのは、極々自然な行動。逆に子供の行きそうな場所はこちらの捜索範囲外で、皮肉にも行き違う確率は跳ね上がる。


向こうが勝手に神社へたどり着いてくるなら、それはそれで御の字。

だが、アイツ等は言いつけを守るだろうか。


多すぎる不安材料。とにもかくにも。引き受けた以上は結果が全て。


画面を夏川に作らせたフランス語メモへ画面を切り替え、スマホをしまう。


「薄暗い路地とか古いビル、伝統家屋なんかにお父さんは吸い寄せられるんだって」


与えられたヒントを反芻はんすうし、治安のわるそうな世界のアスファルトを踏む。

しかし焦りと疲労からか、みるみる効率は低下。

もはやどこもかしこも大体一緒に映るものだから、走りながら虱潰しらみつぶしに目を滑らせ、それらしい影がなければ次へを繰り返す。


考えたくはないが、永遠と追いかけっこ状態なんてこともあり得る。


一度戻るのもアリ、か?


ピタッと足を止めた矢先。目の前へ飛び出た何と激突し、跳ね飛ばされた。

痛みを堪え尻もちをついたまま、せわしない足音に身をよじると、ガラの悪い男たちが蜘蛛の子を散らしたように、別々の方向へ駆けていく。


「せめて謝れ」


立ち上がって毒づいた直後。彼らの現れた角から轟く、野太い悲鳴。


え……あるじゃん、事件。


強まる雨の中、はっきりとわかる冷や汗がこめかみを伝う。

もし危険に立ち会った際、素直に避けれる者が最も賢い、それは分かってる。


でもどうする、悲鳴の正体があのガキの父親だったら?

ギャングの抗争に巻き込まれてたら?

リンチにあってたら?


いやいやいや。ありえない。


なんてことは、ありえない。ここは都会だぞ――ええいままよ。


腹を括って片足を伸ばし、戻す。


まて。落ち着け。俺に何ができる? 備えあれば患いなし。110番、110番。


通報の準備をしておいて損はないと、スマホを取り出し気づく。

正面に佇む気配に。巨影に飲み込まれている事実に。


Excusez-moiすみません , vous êtesあなたが Monsieur Colletteコレットさんですか?」


覚えたてをぶつけ一縷の望みで視線を上げるも、万事休す。


「何語だよ、それ」


既に腕は振りかぶられ、容赦の欠片もなく放たれた無差別な拳。


対してあれは、奇跡。なんてたいそうなものではなく、生まれつき誰もが持つ反射。

脊髄内で完結した命令が、体を後方へ動かした。

いや、滑ってコケただけだ。


……雨万歳、愛してる。


もうギャングとかリンチとかどうでもいい。とりあえず逃げねぇと。


通り魔紛いの暴漢と真反対に転がり起き、脱兎の如く逃走――は、できず。


再び何かに激突。なんというか、厚みが違った。


C’est moi.私だ Je suis Valéry. 私がValéry Collette.ヴァレリーコレットだ


「はい、発音が違う」


話半分に聞いていた夏川は、我慢の限界を迎え、腰を折る。


まったく。どうしてヒロイックロマンがわからないのか。

一番の山場へ差し掛かるというのに、平気で水を差すなんてナンセンス。

でかくて強いフォトグラファーの魅力はここからであり、フィクションでは味わえない展開と感情の起伏は、九死に一生を得た者にのみ語ることを許された領域。


「助けてもらって嬉しかったんだよね。はいはい、わかったわかった」


つくづく呆れ果てた様子で心を読み、比類なき冒険譚を一蹴。

こちらの湿った背中に触れ、お礼のタイミングを示す。


Merci本当に beaucoupありがとうございました. ほら滝くんも」


頬のひくつきを抑え、言われた通りを練度の低い耳コピで復唱。

それを傍目に路電へ乗り込む親子へ、彼女も改めて頭を下げた。


俺だってきっちり役目を果たしたのに、些か扱いがひどくないか。

そりゃ、まぁ、隣の世界線では大怪我してた可能性も捨てきれないが、

女子供であれば出会い頭に詰んでいたはず。労いが足りないのだ、労いが。


発車までの猶予を侘しく潰していると、幼い少女、アメリ・コレットが告げる。


「À bientôt, Nagisa. Soignez-vous bien. Ramenez-le chez lui.」


扉が閉まり、二度響く古い鐘の音が合図。徐々に過ぎ去る速度も増す。


「さて滝くん。私がどれだけ心配したかわかってる?」


名残など感じる間もなしに、夏川の説教は始まるのだった。



―― ―― ――



「起きて。着いたよ」


肌寒いの車内。肩を揺すられ、自分が眠っていたことに気づく。

乗り込む際、体よく空いた二人分の座席にたいした抵抗を感じず並んで腰を落とせ、パンケーキ屋での経験をかみしめた。小刻みな揺れに運ばれる中、そこそこ上手くなった相槌は、主に水族館での成果だろう。そこまでは覚えている。


……けっこう寝てたな。


静かに立ち上がり、僅かな段差を超え、半歩先の夏川を追う。

ペアルックなど如何なものかと思っていたが、人込みでは咄嗟に見つけやすし、

仮に迷子となっても説明しやすい特徴として、案外ありかもしれない。


たいして大きくもない最寄り駅は、少し歩けば直ぐに外。


「雨、だいぶ弱くなってるね」


軒下から手を引き、ハンカチで拭う。

どこで毒気を吐ききったのか、表情はいつも通り。


「思いのほか暗いな」


おそらく分厚い雲のせい。時間の割に闇は濃く、体感ではもう夜だ。


「お腹空いてる?」


「全然。もしならコンビニで買えばいいだろ」


今日はとことん空腹がない。

再三襲われたトラブルに終日の疲れが重なり、今も体は食事より休息を求めている。

そんな気がする。それこそタクシーを使って帰りたいほどに。

誘えば一緒に乗るだろうか、料金は変わらないはず。


……ま、出払ってますよね。


家に帰るまでがデートの練習。呪いさながらのフレーズは快適を許さぬ。


「自炊とかしてるの?」


「あんまり」


料理が苦手なのではない、季節柄湧くやたら小さい虫が苦手なのだ。

涼しくなるまでは割高だろうと出来合いで凌ぐ、現状味に困ったこともない。


「今度おすそわけしてあげよっか? お隣さんだし」


「結構」


無駄話を交わしながら、屋根の裾で夏川は可愛らしい折り畳み傘を開く。


この瞬間は至福。自慢の相棒よ、本日二度目の出勤だ。


ワンプッシュ自動開閉。大きく頑丈な12本骨に耐強風、超撥水。

210T高強度グラスファイバー。梅雨対策、晴雨兼用の二重構造。


ヴァレリーさんも甚く感動していた性能を見よっ。


嬉々として手元のボタンを押すと、勢いよくその身を広げ飛び立った。


「は?」


ハンドルと中棒を残して。


確かに買った直後、部屋で無限に開閉を繰り返して遊んだ。だが、それだけ。

実戦経験はまだ数える程度。きっと留め具が緩んでたとかで、まだ直せる範囲。


急すぎる別れを惜しむように、ロータリーを転がるアレを追う。

すると、目の前でトラックに轢かれた。シイタケでいう、カサの部分のアレが。


……こんなこともあろうかと。


ショルダーバッグに潜ませておいた薄いナイロンパーカーをはおり叫ぶ。


「アレはもう俺のじゃない。行こう」


「せめてちゃんと捨てようよ!」


校外でも有効な品行方正に窘められ、四方八方へ折れ曲がったアレをしぶしぶ拾い、力任せに小さく纏め備え付けゴミ箱へ。

自刃した仲間の首を落とす気分は、こういうものだろう。


お前のことは忘れない。


「じゃ、行こっか」


視線の先。半身を空けて待つ夏川に、さっそくアレのことを忘れた。


「あー、これは水のはじき方がやばい登山用のやつだから大丈夫だ」


ファスナーを上げ用意されたスペースを素通り。慌てて追ってきたお節介に捕まる。


「頭が濡れるでしょ、せっかく乾いてきたんだから。

というかそんなの持ってたなら、ヴァレリーさん探してた時に着なよ」


ごもっともな意見にぐうの音も出ず。すっかり忘れていたなどと言えるわけがない。

立て続けに事件が起きると、もろもろ失念しがち、これは要チェックである。


地獄まで追随してきそうな彼女の気配に、大人しく歩幅を合わせ、気持ち外を退く。


「滝くんが恥ずかしがると私も恥ずかしいだけど」


「頭だけ入ってればいんだろ、というかお前が濡れたら元も子もないだろうが」


一人が適正な空間を分け与えるのだ、等分なら双方が多少はみ出るのは必然。

御多分に漏れず、夏川のTシャツの肩は色が変わっていた。

しかしそんなことよりも、なにかがしゃくに障ったようで、睨みを利かしこちらを覗く。


えみちゃんは咲なのに、私はお前なの?」


しばし、とてとてと考えこみ、解を導き出す。


「咲は馬鹿で、夏川はお前だ。いや、でも日向は日向だな。あー、双子だからだわ」


知ってたと言わんばかりに肩を落す露骨な彼女に伴い、天井が降ってきた。

控えめに注意すると、何故か圧力は増加の一途。


……地味に痛い。


自分の頭もそうだが、なによりもアレの耐久が気がかりで困る。


これが壊れたら共倒れなんだぞ。こっちは構わないがそっちは構うだろ。


仕方なしに折り畳みを奪い取り言う。


「持つ」


「おお、なんかそれっぽい。その調子で明日も頑張って」


えらく感慨深い声で呟き、始まったのは本日の復習。

手を変え品を変え繰り出される数多の問を、帰路をたどりながら捌いていく。

途中コンビニが目に留まったが、たまたま難問と重なりスルーを余儀なくされた。


「滝くんてさ、記憶力いいよね」


おもむろに褒められる恐怖。

過剰な褒美を与えると、犬や猫ですら主人の正気を疑うらしい。

だが、さほど悪い気もせず、人は調子に乗る。


「成績もそこそこいいぞ、ちゃんと勉強してるからな」


「じゃあ、もしぜんぶ忘れちゃったら?」


「また覚えるしかないだろ」


当たり前へ当たり前を、間髪入れずに聞き返す。我らが城までもあと少しと、

ゴールを捉え気が緩んでしまい、勢いよくクシャミを漏らす。


「――そっか。そうだよね」


目から鱗を零したような声。

慌ててそれに振り向けば、彼女は数歩後ろで佇み、晩夏の小雨に晒されていた。


「わり」


短く謝り引き返す。


妙に染みてるところ悪いが、暗記教科にはコツが存在するのだ。


「日本史と世界史、どっちだ? なんなら全教科教えてやろうか」


こと勉学に限り得意げ。相手が学校を休みがちだったとなれば虚勢の張り得。


いい機会だ、崇めろ。や、まて。音楽と美術はどうする?

他人に評価される筋合いがないがなさ過ぎて、テスト対策しかしてないぞ。


「んーん。違う違う。あ、でもその場合なんて言うんだろ。私史わたくし?」


理解しがたい言葉遊びに翻弄ほんろうされる俺を置き去りに、夏川は笑いながら走り出し、

白い明かりの灯る堅牢なエントランスで、くるっと自慢げに振り向いた。


「記憶喪失なんだ、私」


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