4-3


キーホルダーにぬいぐるみ、靴下。綺麗に陳列された商品を、人だかりの隙間から眺めていく。


流石にあんなドでかいチンアナゴより、クッキーとかみたいな消え物のほうが、

気軽に渡せてよいのではなかろうか。


目に付いた可愛げのある箱を手に取り、裏返す。


600+税。


あれ……安い。土産って、こう、補正が乗って、どれもこれもか値が張るものかと思っていたが、案外良心的だな。外装も仰々しくないし、これなら2、3個――


追加に指をかけ、冷静になった。


いやいや何が2、3個――だ、まだ昼だぞ!?

天気も天気だし明らかに荷物になる、次!


数秒前の自分に自分でツッコみ、新たな島へ移ると、債の目状に区切られたクリアケースに詰まった、色とりどりの小さな海の生き物たち。どうやら、最前列に用意された小瓶にそれらを入れることで、消しゴム製の疑似水槽が作れるらしい。


隣の子供にならい、物珍しさでひとつまみ。


文房具。実用性もあるし数があっても困りはしないし、ショルダーバッグに入れても邪魔にならない程度の大きさ……か。アリだな。


自分の趣味趣向で選ぶなら、使いやすさが一番。だが、カメラを模した消しゴムを拾う日向ひなたの姿が脳裏をよぎり、畳みかけるように浮かんだ、可愛らしさ重視を語る夏川なつかわに背を押され、適当に辺りを行ったり来たり。


独断と偏見で選んだシャーペンと消しゴムに、物理的にも金額的にも、どことないさみしさを感じ、最後にペンギンのストラップを加え、レジを探す。


……咄嗟にあんなことを言ってしまったが、俺は根底から間違っていた。


だいたい既成事実を作るためとは言え、四六時中彼氏面をする必要なんてあるわけがない。状況証拠を残すことを考えても、シャッターやムービーを撮る間の数分程度。カメラが回っている瞬間に、らしい振る舞いをこなせれば、それ以外は空き時間に等しく、なんならドラマの撮影みたいにえみと二人である必要すらないわけで、俺のことを巻き込んだ自覚があるのなら、夏川も明日、一緒についてくればいいのである。あれだけ講釈垂れていたのだ、現場監督として十二分に機能するはず。


会計待機列の案内に従い進む最中も、休むことなく思考を巡らせる。


昨晩から妙なやる気に満ち満ちていた夏川の態度に中てられたせいで、どうにも彼氏として、終日演技を続けないといけない錯覚に陥っていた。


……それも、晴れてお役御免。


きっと彼女も張り切りすぎで視野が狭まり、見えていなかっただけ。徹頭徹尾、助けようとしてくれていたのはわかったし、こちらとて鬼でじゃあない。


ご丁寧にいろいろレクチャーしてもらった恩はいつか役に立てると誓おう。しかし、それはいつかであって明日あすではないのだ。そう、ここらで幕引き。カレカノごっこなんてやめて、残りはお互い適当にTOKAIを楽しむとしようじゃないか。


これはその免罪符。


いくら勝手にチケットを用意され、有無を言わさず連れまわされたのだとしてもだ、夏川の奢りでここを闊歩してることに変わりはなく、それでは肩の荷も下りないというもの。


現金での支払いや、昼飯代を持つのもやぶさかではなかったが、彼女が彼氏らしいことをして欲しそうにしていたのも事実っちゃ事実で、また、俺にはできないとも思っていることだろう。さすれば、粋なサプライズで締めてやるのができる男の証明ってヤツなのではなかろうか。


それなりの観光スポットらしいこなれた接客で会計を済ませ、プレゼント用に包装された袋をショルダーバッグへしまい込む。


と、ここまでがスムーズなのは当然。問題はどう渡すか、だ。

アイツがドキッするタイミングとは、一体いつ如何なるときか。


ま……とりあえず、なんにせよ。


よい頃合いかと見切りをつけ、トイレから続く通り道へ。


「おーい、滝くーん」


狙いすましたように花を摘み終わった夏川に問う。


「そんな血相を変えてどうした」


「ライン見た?」


「見たも何も、時間ばっかり気にしてるって、スマホをバッグの奥にしまわせたのはお前だろ」


「あー……そっか。じゃー、これ見て」


ぐっと通路端に身を寄せ、手招きでこちらへ移動を促す。黙ってしぶしぶ近寄ると、間の見やすい位置で液晶に光が点り、浮かび上がるのは三人用のグループライン。


時刻はつい先ほど。俺が夏川の説教じみたレッスンに表情を強張らせていた辺り。

昨夜のログからはなんの脈絡もなく、emiえみと書かれたアカウントが発したメッセージを夏川がゆっくり読み上げた。


「明日の予定だけど、私のクラスの子とダブルデートになったから」


途端、頭は真っ白に。ダブルデートというフレーズが木霊の如く脳内で反響。


「そっちの方がいろいろ手っ取り早いと思ってー。だから、昨日貼った予定は話半分で見といて、どうせもろもろ変更になるだろうから」


構わず続く言葉を、今は咀嚼する余裕もない。


「夏川。つまり、どういうことだ?」


「よくわからないけど……明日が地獄になったってこと、かな」


憐れみの色濃く乗った介錯で、俺は膝から崩れ落ちたのだった。



―― ―― ――



「あの……。あちらのお席でも、よろしいでしょうか?」


きっと何か手違いがあったのだろう。心底申し訳なさそうな女性店員の示す先を見つめ、訊き返す。


「ソファがひとつ、足り――」


「はい、大丈夫です。ね?」


にこやかに割って入ってきた夏川をいぶかし気に見遣ると、


「ね!」


背伸びを駆使し掛けれらた冷笑と物理的プレッシャーに、いともたやすく押しつぶされた。


元より意見を尊重する気がないなら、はじめから話を振るべきではな――


「左様でございますか、恐れ入ります!」


この店員も切り替え早いな。


胸を撫で下ろしたように明るくなった女性のアテンドに導かれ、促されるまま細身の夏川が先に着席。残りの面積に数秒躊躇ちゅうちょを挟み、諦めてそれに続く。


「では、ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください。ごゆっくりどうぞ」


どことなく感じる厚遇は、この席に着いた特権なのかなんなのか。埃の舞わぬようにと配慮された、絶妙な脚運びで離れていく背中を見送り、ついでに辺りへ視線を走らせる。


「あそこにあるね、ここのソファーの半分」


肩が触れてしまう程のすぐ隣から、遠慮がちに伸びた腕が指す、四人用ローテーブルを組み合わせ作られた団体席。そこの主賓であろうマダムの座る位置に移されているのは、自分達の腰掛ける一対。


「待ち時間も減ったし、丁度よかったね。 なんか店員さん困ってそうだったし」


いまこっちも困ってるんだが?


いくら夏川が細身と言っても、俺は別にそうではない。彼女が大きな動作をとる度、バッグや帽子をこちら側にある荷物籠へ納める度、ぶつかるものはぶつかるのだ。


「かも、な」


距離の近さをわからされた矢先。


「めんどくさいお客さんにゴネられちゃったのかな?」


ひょこっと視界に表れる。


……そんなに気になるなら止めるなよ。俺は詳しい理由を問い質そうとしたのに。


おそらく、ローテーブルと高さの合うソファには限りがあり、半端が出来てしまったのだろう。そこへタイミングよく表れたペアルック。なんとなく想像できないこともないが、既に首を縦に振ってしまった以上、ぶしつけな深追いは野暮。ため息と共に背もたれへ体重を預け、大人しく力を抜いた。


「ちょっと狭いかもしれないけど、これも練習だと思って諦めてください」


互いの恥ずかしさをたしなめるよにうに呟き、手を掛けたメニュー表のぶ厚い表紙には、こういうのお洒落でしょ? とでも言いたげにデザインされた店名。芸能人のサインみたく描かれたそれは、既に原形をとどめておらず、読み方も呼び方もたぶん、パンケーキの店で差し支えない。


解放感もあり、清潔感の溢れる内装。モダンな雰囲気に拍車をかける明るい照明。

人の数に反して落ちついたこの空間は、昼食やおやつ、デートの休憩、咲対策会議には、これ以上ない場所なのである。


――水族館でのその後は真面目にならざる負えなかった。


もちろん朝からふざけていたわけではなく、自分なりに彼氏役を模索し挑戦していたつもりだが、彼女役をそつなくこなす夏川の眼鏡には到底適わず。翌日の任務もダブルデートととやらに更新され、遂行難易度は格段に上昇。恥も外聞も捨て、情けなく助けをこうはめに。どうせやるならより鋭い赤入れを、と頼られた彼女は、まんざらでもないサムズアップを掲げ不敵に微笑んだ。


俄然勢いづいたスパルタで容赦のないダメ出しは、俺の心の何処かに潜む、必要に迫られれば出来るといった妙なプライドを打ち砕き、呑み込みを滑らかに、応用を柔軟に進化させる。成長に伴い、飴のなかった辛口指導方針にも少しづつ甘口が混ざり、

自然と二人で改善点を考察するまでに至れたことは、珍しく数の利を感じた。


そうして繰り返される厳しいテコ入れの末、エスコートの基礎は申し分ない仕上がりまでブラッシュアップされたのだが、これからまた別の特訓が始まるらしい。


なのに、ページをめくる度に和らぐ夏川の表情は、留まることを知らない。


「ねぇねぇ、リコッタチーズって知ってる?」


「そりゃ、聞いたことくらいはある。食べたはことないな」


「じゃ、これにしよっか。チーズを作る過程で出たwheyうぇいを基に作ったチーズを使ってて、ふわしゅわ食感なんだって、ふわしゅわ」


はすに身を捻り、写真を指差しながら無駄に発音のいい呪文を唱える姿は、なんとも嬉しそうである。


「飲み物は?」


「甘くないやつなら――じゃ……なくて、コーヒーで」


なんでもいい、どこでもいい、だれでもいい、といった主体性のない返答は控えろと教わったばかり。言い換えれば、曖昧を避け、明瞭を意識することで、ある程度は乗り切れるそうだ。


あとはやはり持続力。


環境に囚われず、無意識にそれらをこなせないようでは、必ずどこかでぼろが出る。


ダブルデートといえば聞こえはいいが、実態はそんな甘っちょろいものではなくて、同伴するもう一組は証人としてこちらを監視するわだ。咲が自己産の証拠をひけらかすより、第三者の目に直接焼き付ける方が確か、そう判断したのわかるが、噂をかき消す為だけにしては、なかなかのハイリスクハイリターン。チームプレイだということを完璧に失念しているじゃないだろうか。


もし俺がなんの練習していなかったら、どうするつもりだったんだ……。


そこで、唐突に結びついた。


そういえば――


「ん?」


手近な店員にもろもろの注文を終え、小首を傾げる夏川に訊く。


「鈴木って先輩しってるか」


「えっとー……何年生の先輩で、どの鈴木さん?」


「二年の先輩で、イケメンの鈴木さんだ。咲の見合い相手でうちではそれなりに有名らしいぞ」


「それなら私も話くらい――って、え? お見合い……咲ちゃん結婚するの!?」


穏やか店内のBGMに全くそぐわないリアクションは、いつぞやの自分と瓜二つで、たまらず苦笑いが浮かぶ。


「友達同士の紹介でカップルを作るのが、見合いって名目で流行ってるんだとさ」


要点のみを伝え、用意された冷水を一口。爽やかな檸檬の香りが鼻に抜ける。


「んで、咲はそれに巻き込まれて、周りの雰囲気的に断るのが困難――」


「あー……彼氏作れ作れムードってそういう。てっきり誰かに言い寄られてるのかなって思ってたけど……。なるほどなるほど。日向ちゃんと付き合ってるって噂だけじゃなくて、鈴木さんとのデートをうやむやにするのにも、明日は関係してる、と」


相変わらず呑み込みが早いもので、お手拭きを綺麗に畳み直し、しみじみ呟く。


「咲ちゃんも大変だ」


おびただしい量の通知と、涙ぐむ咲が頭に浮かび、再びグラスを煽る。


「人気者グループには人気者グループなりの悩みがあるのかもな」


「だったら……なおさら滝くんに掛かってない? 滝くん次第じゃない?」


俺次第というか、咲次第というか、求められるのは二人のコンビネーションなのだ。

最近付き合いだしたという設定を加味しても、もはや運次第、神のみぞ知る世界。


「お前、面白がってね?」


「滅相もない! 滝くんの醜態は私の醜態だと思っておりますので」


「言ったな? 絶対忘れないぞ、俺は。で――」


胸を張る夏川をちくちく横目で睨み、本題にレールを戻す。


「続きはまだか?」


「それはケーキが着いてからのお楽しみです!」



―― ―― ――



「こう! 指の先ちゃんと伸ばして、くっつけるの」


注文が入ってから調理を開始しているというパンケーキが届いてから数分、スマホを片手に激を飛ばす夏川に言われるがまま、ブイサインやハートの片割れを作らされ、あーでもないこーでもないと、シャッターが切られるたびに俺は叱られていた。


「お、これなんてなかなか良いのでは?」


おお。


あまりにも立体的なパンケーキに隠れて全容を把握できていなかったが、さっきのはシロップの入った器と統一感を計っていたのか。


「これを、こうしてね、こう」


なにやら操作を挟み、再び見せられた画面は、先ほどより美味しそうに見える。


「デフォルトのフィルターでも、ここまでできるのです!」


意外な特技は一夜漬けの賜物たまものらしく、それでは特技というより才能というほうが相応しいだろう。


彼女は一満足といった様子でカトラリーを取り、緊張の一太刀目が沈む。


「……す、凄い。なんか、言葉にできない切り心地だよ?」


そう何度か巧みにナイフを入れていき、いただきますと神妙に呟く。


しかし、冷静に比べてみるとコイツ、手も小さいし、指も細いな……。あとなんだ、透明度っていうか……これは、性別の差か? それとも素の白さが関係してるのか?俺だってどちらかと言えば白い方だが――


自分の掌を翻し観察していると、口をもごつかせ、瞼をぱちくりさせた夏川の視界へ侵入を許し、思わず変な声を上げ退いてしまう。狭いソファに座っているのに、だ。


「はひふん!」


天を仰ぎかけた俺の腕を咄嗟に夏川が引いてくれたおかげで、落下は回避できた。が、強い逆慣性は当たり前に悪さを働き、壁ドンを崩したような、謎の超密着構図を作り出す。


「は……はひふん!?」


すかさず突き付けられた叱責は、どこか迫力の欠けた滑稽な言葉。


「わ、わるい! い――いや、わ、わるかったか!? 俺」


中々のくっつき具合に慌てて手を突き直す場所を探していると、


「いたたたたたた、馬鹿っ――抓んなって、おいっ!」


脇腹にきつい痛みが駆け抜け、よじれた体制は無事に元の鞘に収まった。


「滝くん。物事にはやっていいこと悪いことがあってね」


そう咀嚼そしゃくを繰り返す彼女の頬は、隠しきれぬ程に赤い。


「せめて、せめて言い訳を――」


「私と同等の辱めくらい、受けて然るべきだと思うんだ」


ごくんと、わかりやすく喉を動かし、鋭い一瞥いちべつでこちらを縛り、夏川は切り分けてあったケーキに、生クリームと果物を重ね器用にナイフでシロップ塗る。


それをフォークで一纏めにし、


「はい、あーん」


おもむろに俺の手前に差し出す。


「お、おい。夏川?」


「こういうこともあると思うわけですよ、デートなら。ね? あーん」


俺が疑問を呈しているのはこの行為についてではない。微笑んだ口元に対し、目元が全く笑ってないことについてだ。


「ほーら。垂れちゃうんだけど」


変なスイッチ入ってません? 恥ずかしさより、恐ろしさが勝ってますけど。


「大丈夫だよ、滝くん。気にせず一口でいっちゃって」


「まてまて」


払いのけようにも、触れ方を間違えばケーキはフォークごと膝の上。


「ほら、ほらほらほら」


この瞳孔は開き方はまずい、完全に血が上っている。ムキになって食わせることしか眼中ないって表情――いや、どんな表情だ、それ。


呆れて自分に突っ込むも、そうとしか言いようがないのだから仕方がないのだ。


「あーん」


あーんって、こんなバイオレンスなのか?


みるみる無くなっていく己の語彙力に構う暇などない。差し向けられたそれは、腕の壁をこじ開け、刻一刻と眼下に迫っている。


落ち着こう。ピンチの時こそとりあえず、おち……つい……て。


深呼吸と同時。唇に生暖かいケーキの温もりが伝わり覚悟を決め一気にかぶりつく。


あー……もう。一切れがでかいし!


「ん」


独特の音を立て解れる生地。シロップ、生クリーム、果物の奏でる甘味の三重奏。


うまい。うまい――けど、早く……早くフォークを抜け。いや、抜いて……くれ。


異変か願いが伝わったのか、突然夏川はパッと手を離し辺りを見回す。

曇っていた見た大きな瞳も、瞬きに比例して少しずつ潤いと光が増していく。


「あ、あれ……なんでそんな急にがぶって……」


上下左右に揺蕩う視線。たっぷり時間を使った状況確認。


あれ? 一口でいけって言ってなかったか?


「お」


お?


「おトイレいってきます」


完全にテンパってたまま夏川はどこかへ消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る