惰性×運命クロスライフ~一緒に身勝手に生きて死にましょう、王子様~

ライガー

第一章 契約しましょう、王子様♪

プロローグ 悪印象

 誰かの役に立ちたいと願う。

 でなければ、自分の価値を示すことが出来ないから。

 誰かに自分の価値を認めて貰えないと、何のために生きているんだろうと思ってしまう。


 セロは音を立てないように自室の窓を開けると、少し冷たい風が吹き込んで、カーテンがふわふわと揺れた。

 外は木々の葉が赤や黄色にじんわりと染まり始めており、秋の訪れを告げていた。


 時刻は黄昏時。

 窓から見える中庭は広く、疎らだが人がいる。

 談笑をする者。剣の素振りをする者。一人読書に耽る者。

 あそこにいる誰もが役目を持って生きているのだろう。

 それに比べて、自分はなんだ?

『役立たず王子』なんて不名誉なあだ名をつけられて、今日も何もしないで日が暮れていく。

 これなら「何のために生きてるの?」なんて言われても仕方ない。言い返せないのだから。

 昼時に言われた言葉を思い出して、セロは自己嫌悪に浸っている。


「今日も昨日と変わらない一日だった・・・・・・明日もこんななんだろうか? 時間を無意味に浪費しているとしか思えないこの感覚、やだなぁ」


 セロははぁ~、と深いため息を吐きながら窓枠に手を掛けたまま、ずるずるとしゃがみこんだ。


「いっそ、隕石でも落下してきて王宮吹っ飛ばね~かなぁ」


 なんて、うだうだと呟いていると、上の階が何やら騒々しくなってきた。

 ばたばたと数人が走り回る足音と、頭に響く金切り声。それから何かが爆発したような物騒な音が繰り返し聞こえる。


「いい加減にしなさいよ! このクソメイド! くびり殺してやるから止まりなさい!」


 可愛らしい声で綺麗とは言いがたい言葉がつらつらと流れてくる。


「王女がクソだの、くびり殺すだの──うちの王女教育はどうなってんだ・・・・・・」


 窓から身を乗り出して、上の階の様子を窺う。

 上の階の窓では爆発音と同時にちかちかと赤やら青やら黄色やらのカラフルな光が点滅していた。爆発音は金切り声の主の機嫌が低下していくのと平行して大きくなっていく。


 どかんっ。

 どがんっ!

 どが────っんっ!!!


「これ、不味くないか?」


 衝撃に建物の方が耐えられなくなってきたのか、ぱらぱらと僅かに天井が崩れて破片が床に舞う。


「待てっつってんでしょ!」

「待てと言われて待つ馬鹿がいると思ってるんですかぁ? いると思ってるなら、それって大分頭がアレな考えですよーぅ? ぷぷっ、まぁ姫様らしいですけど~」


 わざとらしい大声で煽る声がした。

 完全に人を馬鹿にした物言いに、セロは「うわぁ」と引いた。

 そして、こんな状況で更に相手を煽る度胸がある奴はどんな奴だろうと思った。


「ああ!? あったま来た! 今すぐ死んで、地獄に落ちて、延々業火に焼かれろ!」

「うおっ!? あぶねっ」


 膨大な魔力による砲弾で打ち破られた窓の硝子片や木片が落ちて来たので、セロは慌てて室内に身を引っ込めた。


「って──ええ!?」


 身を引っ込めた瞬間に、窓の外を人影が通りすぎて行った。

 一瞬の出来事ではあったが、落下したのは間違いなく人間だった。

 セロは驚きながらも再び窓枠に手を掛けて、今度は上ではなく下を見た。中庭にいた人々は騒ぎに気づいたのか皆、遠巻きにこちらの様子を窺っている。


「いったたた~。も、あの乱暴王女め。呪い殺してやりましょうか? まじムカつく。そっちが死ねってんですよ~」


 ローテンションでありながら、刺々しい台詞を吐いたのは落下した張本人である少女だった。

 ツインテールに結われた長く艶やかな黒髪。眠そうな、不機嫌そうな猫みたいな赤い瞳。

 落ちた時に地面を転がって汚れたのか、土埃と草まみれだが、身に纏っているのは襟と袖口が白い、黒のロングワンピース。その上にフリルのあしらわれた本来であれば、純白に輝くエプロン。崩れた三角座りのような体勢のためにめくれあがったワンピースの裾から伸びるほっそりとした足は白いタイツで包まれ、靴は黒のストラップパンプス。頭上にはその役職の証と言えるホワイトブリムがつけられていた。

 先程のクソメイドという単語からも分かるように、その少女はまず間違いなくメイドだった。


「あ~、もう! これだからお偉いさんの面倒なんて嫌だったんですよぅ! いっそ、城燃やすか? いやいや、我慢よ、ノルン。主人はクソでも報酬は美味いんだから」

「・・・・・・なんだ、あいつ」


 セロがいたのは二階のため、メイドの言葉は全ては届かなかったが、メイドらしからぬ発言がぽつぽつと聞こえた。

 暫く様子を見ていると、メイドが顔を上げ、セロと目が合った。

 その赤い瞳に訳も分からず、セロはどきりとして思わず胸を押さえた。


「?」

「?」


 メイドが不思議そうに小首を傾げると、セロも釣られて鏡のように首を傾げた。

 首を曲げたまま互いに見つめ合うこと数秒。

 首を直したメイドは眠そうな、不機嫌そうな表情のままセロに声をかけた。


「あー。噂の役立たずな王子様じゃないですかぁ。こんにちは。あ、いやこんばんは? 夕方ってどっちの挨拶が正解なんですかね。ま、どうでもいいか。なぁに見てるんですか? ガンつけですか? 流石、異母とはいえあの狂犬王女のお兄様ですね。ご立派ご立派」


 メイドは口角だけを上げて、それ以外は無表情のままこれ以上いい加減な拍手はないと思えるような仕草で手を叩いた。


 目が合っただけでこの言われよう。

 セロは彼女に恨みを買っているんじゃないかと思い、記憶を手繰り寄せたが過去に該当する出来事はない。というか、二人はほぼ初対面に等しいため、恨みを買うも何もないのだが。


「ちょっと辛辣過ぎない?」

「すみませーん。これがデフォなものなんで。というか、絶賛貴方の愚妹に命狙われてるんで、八つ当たりしてます」

「えー、俺無関係なんだけど・・・・・・」


 セロ自身には全く非はないという理不尽極まる理由で罵られ、因縁をつけられたセロは苦笑しながらこの場を離れる算段を脳内で立てていた。


「あはは。貴方はいいですねぇ。いい感じに枯れてて。おいくつで?」

「来月で十七。そっちは?」

「ひ・み・つ、です。貴方よりは長く生きてますけど」

「年上なんだ」

「意外ですか?」

「どうだろ。年上にも見えるし、年下にも見える」

「あはは」


 メイドはやはり、口角だけを上げて笑った。

 一刻も早くここから逃げたいのに、メイドの独特なペースに巻き込まれ、他愛ない会話を続ける。


「あの狂犬王女のお兄様なんて、救いようのないクソ人間だと思ってましたけど、意外とまともなんですね。というか、ここの王族にまともな人間いたんですねぇ」

「そのクソっていうのは君から妹に伝染したの? それとも妹から君に移ったの?」


 女の子が使う言葉としては関心しないなぁと苦言を呈するセロに、メイドは手で口元を押さえて考える仕草をしてから答えた。


「どうでしょうねぇ。私は口がお上品ではないのでよく使いますけど、あのお姫様も結構使ってますよ。最初に聞いたのあの人の元に配属になった日ですし」

「ふぅん。まぁ、色々と影響受けやすい年頃だもんなぁ」

「気になるんなら、お兄様が注意されては?」

「無理」


「なんでアンタにんなこと言われなきゃなんないの?」的な目で睨まれて終わるのが容易に想像出来た。


「ああ。『役立たず王子』の言葉なんて聞く耳持たれずってことですか」

「そうだな」

「・・・・・・怒らないんですね」


 ここでようやく、メイドの表情が変わった。目をぱちくりさせており、本当に拍子抜けしているようだ。


「事実だし。それにわざと煽って、怒らせようとしてるっぽかったから」

「感情的な人間ほど操りやすいものはないんですよ~」


 メイドはセロの言葉を否定せず、にやりと悪魔のように笑った。


「性格悪いな」

「知ってま~す。王子は見た目より俗っぽいですね。色々と」


 性格が悪いと言われつつも、メイドは気分を害した様子もなく立ち上がって敬礼のポーズを取った。

 そして、ワンピースやエプロンについた土埃や草を払う。


「あ、そういえば名前は何て言うの?」


 この先、呼ぶ機会が訪れるかは不明だったが、セロは彼女に名を訊ねた。

 メイドはエプロンの後ろのリボンを固く締めると、年齢不詳感が増す可憐だがどこか大人びた笑みを浮かべ名乗った。


「ノルンです。ノルン・カンタービレ。貴方の妹──第二王女殿下のパシり──じゃなかった。下っ端メイドです」




 斯くして、サイス王国の第三王子にして、『役立たず王子』と呼ばれるセロ・セレナ・アルオメはノルン・カンタービレと出会った。


 好印象とは言えない──むしろ逆とも言える出会いにセロは後にこう語った。


「最初に話した瞬間に心臓が高鳴った。いや、恋とかじゃなくて。マジで「あ、合わねーな」とは思ったんだよ。だけど、どきっとしたんだよな」


 ──と。

 しかし、セロがその心臓の高鳴りの正体を知るのは大分先のことであった。

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