第12話 10年前の真実は……

『ようこそ!救星団へ!』

 東堂は両手を仰々しく広げて、高らかに宣言した。


「救星団?」

 

 凛が首を傾げていた。

 春乃も流石に驚いたのかキョロキョロしている。


「いやはや……エンターテイナーとしての歓迎を試みたのだが、察するに気に入らなかったのかね?」


 東堂はこめかみの辺りをかきながら言った。

 本当に何がしたいんだ、この人?

 俺は呆れ半分、安堵半分のため息をついた。


「気に入る気に入らない云々うんぬんの前に理解できないです(おまえの感性とか)」


「そうよ。あなたさっきから小悪党みたいな顔して何が『歓迎』よ?」


 春乃が俺たち3人の意見を代弁した。

 すると、エメラルドグリーンの服を着た大勢のうちの一人が進み出た。

 

「春乃様。ご主人のお顔が小汚い小悪党顔なのは生まれつきでございます。どうか寛大な心を持って、その言葉を胸のうちにお納めください」


 ぷっ、と俺は吹き出しそうになるがそれを鋼の精神で抑え込む。

 凛も同じように、頬が引きつっていた。

 春乃も笑みを殺しながら言った。


「し、しっ失礼しっましっ……」


 ようやく笑いが少し収まって、冷静になると、皆が春乃を奇異なものを見る目で見ている。

 何が起こったのか恐る恐る確認すると、春乃の肩がものすごい勢いで上下動していた。


「し、しちゅ、しし、しちゅれ、しっししし」


 コイツ、幼児退行してやがる!!

 俺は慌てて春乃の顔を胸の中に抱え込んだ。

 自分の顔を爆笑されたら、東堂もタダでは許してくれないだろう。

 何より、立ち直れなくなるかもしれない。


「し、しちゅー、しししちゅれ……」


 俺は胸に抱え囲んだ春乃の顔に「もういい」と言い聞かせる。

 そして、代わりに言った。


「春乃が理事長殿のご尊顔に対して、失礼極まりない発言をしたことを代わりに深く謝罪します。春乃も昨夜の件で疲れておりまして……」


 と、まあそんなふうに未だ俺の胸の中で、笑いを噛み殺そうとして、ジタバタする春乃を擁護してやった。

 凛がふといたずらを思いついたように呟いた。


「ごそんがんってご尊顔?それともご顔?」


 以心伝心というやつなのだろう。

 長い年月や経験を共にした仲間には口で言わずとも、伝わることがあるという。

 俺と春乃は、瞬時に凛の言った『ごそんがん』が正しく脳内変換されてしまった。

 俺は恨みがましく凛の顔を盗み見ると、得意げな顔で見返してきた。


 春乃の肩がより激しく振動し……

 『きゃはははは……』という大爆笑が5分ほどに渡ってホールに響き続けた。

 




 春乃の笑いがおさまった頃には、東堂のごそんがん(笑)はひどくやつれていたが、幸い気は長いらしく、その様子をじっと眺めているだけだった。

 本当に申し訳ない。俺なら死んでるとこだ。


「あれ?」


 春乃はホールの床に寝転がっていた体勢から上体を起こした。

 

「どうして私こんなところで?」


 本気で何が何だかわからない様子だ。

 忘れたならそのままでいい。思い出さない方が幸せなこともある。

 俺は春乃の手を引いて立ち上がらせた。


「さっき気を失ったんだよ。疲れてるみたいだから今日はすぐ休め」


「ごめんなさい。廉」


「謝ることじゃない」


 何事もなかったように俺は取り繕った。

 あの姿の春乃は俺たちの中だけで生き続けるのだ。

 永遠に……

 それはそれで可哀想な気もしてきた……


「そ、それで本題に戻すが」

 

 東堂はなんとかそう切り出した。

 さすがだ。がんばれーがんばれー。


「我々救星団は、この星に刻一刻と迫り来る破滅を阻止する、いわばレジスタンスだ」


 レジスタンス?

 やはりこの世界の滅亡は権力者が手引きしたのか?


「どうして星の破滅について知っているんんですか?」


 俺の質問に東堂は少し黙り込む。

 そしてまっすぐ俺の目を見て言った。


「私が元政府関係者だからだ」


「政府関係者?」


「私は10年前までこの国の魔法大臣だった。当時の魔法技術の発展は凄まじいものでな、誰もが未来の可能性を魔法に託そうと考えていたんだよ。その急激な発展にはとある研究所が大きく関与していたのだが、その研究所の所長がある日、私を秘密裏に訪ねてきた。彼は言った。『いますぐ政府直轄の全ての研究所を停止させてくれ』と。私は当然反対した。それでも彼は食い下がってきたんだ。『このままだと、世界を滅ぼす結論が出てしまうんだ』とな。私は結局根負けして、全施設の研究をストップさせた。だが、数日後には、私は政府から追放されて、研究所は再び稼働した」


 俺たちは、東堂の話に深く聞き入っていた。

 この話は俺と春乃の問題でもあると、誰もが気づいていた。

 俺は、分かりきったことをそれでも聞いた。

 前に進むために。


「彼の名は、若宮雷わかみやらいですね」

 

 若宮雷。10年前に自殺?した俺の父さん。


「そのとおりだ、若宮くん。あの時は君達のご両親の力になれなくてすまなかった」


 すぅぅぅぅぅぅ〜〜はぁぁぁぁぁぁ〜〜


 ひとつ大きく深呼吸をした。

 だが、そんな小細工では気持ちおさまらない。

 春乃の方をそっと見やると、彼女は両手を握りしめて俯いていて顔は見えなかった。

 凛も俺たちの気持ちを理解しようとしているのだろう。目を瞑って黙り込んでいた。

 『どうして助けてくれなかったんだ!!』

 喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。


 、何よりも大切な仲間がいる。

 その仲間を守るためには、ここで東堂との関係を悪化させるわけにはいかねえ。

 許すんだ。全部許すんだ。

 東堂が俺たちの両親を殺したわけじゃねえ。


 ただ……

 救えなかっただけだ……


 飲み込んだ言葉が嗚咽になって出てきた。

 めまいがする。

 吐き気がする。

 あの夜の記憶が蘇る……


「すまなかった。無理をしないでくれ。私が無神経に話したばかりに。返事はいつでもいいんだ」


 東堂はそう言って俺に駆け寄ると、部下に担架を運ばせてきた。

 

「今は休んでくれ。ほらここに寝転がって」


 俺の腕をつかんで担架に乗せようとする。

 だが、俺は東堂の腕を振り払った。

 そして、東堂の目を睨みつけて言った。


「心配かけたな。だがそれには及ばねえよ。これからは仲間だろ?過去のしがらみなんかに俺は囚われねぇ。だからよろしくな」


 そう言って俺は手を伸ばした。

 もう2度と大切な人を失わないように俺は選択する。

 東堂はその手を取った。


 俺は春乃に許可もなく東堂を許したことを申し訳なく思って、様子を伺う。

 やっぱ怒ってるかな。俺一人で決めたこと。

 

「わり……」


「廉は強くなったのね」


 春乃は、母親が幼児に使うようなセリフを俺に言った。

 

「へっ、まあ少しはな」

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