第10話 残ったのは希望……

 目が覚めると、春乃の顔が見えた。

 その向こうには青空が見える。

 どういうことだろう?

 なぜ俺は、屋外で春乃に膝枕されながら眠っているのだろう?


「廉……」


 春乃は申し訳なさそうな顔をして呟いた。


「どうした?何かあったのか?春乃」


 俺は春乃の太ももに後頭部を乗せたまま言った。

 春乃の悲壮な表情がただ事ではない、そう言っていた。


「……」


 春乃は瞳をうるわせながら黙っていた。


「どうした?言ってみ?」


 春乃はゆっくりと口を開いた。


「け、研究所が……壊れちゃったの……」

 

 幼い子供のようにたどたどしかった。

 

「私が廉を眠らせて……それで……そのせいで研究所を守れなかったの」


 周囲を見ると、俺が眠っている場所はどうやら研究所の場所のようだ。

 俺の周りだけ瓦礫がよけられているが、向こうには魔力爆発で吹き飛んだ研究所の残骸が見える。

 

「私たちの父さんと母さんが私たちに残した……ん……それを私のせいで」


「アハハハハハハハハハハハハハ」


 おかしな話だな。


「どうして笑ってるの?研究所が壊れたのよ」


「おかしいに決まってんだろ。お前小さい頃から、おもちゃもドアとか色々壊してただろ。今度は研究所かよ!ハハハハハハハハハハハハ!」


「うぅ〜……」


「どうやったの?怪力か?怪力だよな?!」


 少し俺が調子に乗ったかの身構えていると、


「うわあぁあああああぁぁああああああん」


 春乃は俺の頭を膝からそっと地面に下ろすと、俺の胸に泣きついてきた。


「お、おわっ。いきなりどうしたよ?」


「廉、白々しいのよ!研究所が家が壊れたのよ!それも私のせいで!なんでそんな風に言えるのよ!うわあぁあああああぁぁああああああん」


「お前は守ろうとしたんだろ?」


 周囲の瓦礫は高エネルギーによって焼き切れていて、魔法爆発が起こったことは容易に分かった。

 そして、春乃がそれを食い止めたことも。

 俺は春乃に生かされた。

 俺は体を起こして、春乃の顔を両手で挟んで自分の顔の前に持ってきた。


「何があったかなんてどうでもいい。春乃が無事でよかった」


 春乃の白い顔はすすで汚れ、身体中が傷だらけになっているのか服の至る所に血が滲んでいた。

 春乃は唐突に、俺の胸に飛び込んできた。


「怖かったよぉ。死んじゃうかと思ったよぉ。廉と凛を守れてよかったよぉ」


「ありがとな。俺と凛を助けてくれて」

「ありがと。春乃ねぇ」


 と、後ろから聞こえた凛の声に反応して春乃の肩がびくんと震えた。

 そして、いきなり俺の首を締め出した。


「おいおいおい!いきなりなんだよ!さっきまで俺に抱きついてきたくせに!『うわぁぁぁぁあああん』とか言ってたくせに!」


「やってないし言ってない!証拠出せ!証拠出せよ!」


 春乃は普段よりも一段と険しい形相と口調で俺に迫る。

 俺はいかにしてこの暴虐姫をなだめようか考えていると、


「春乃ねぇ……かわいい一面もあるんだね……」


 凛が恍惚とした顔で言った。


「違うのよ!!証拠出しなさい、凛」


 春乃は勢いよく言った。


「証人なら私がいるよ。全部見てたの」


 凛がそう宣言すると春乃の顔から血の気が引いていった。


「まあ、かわいい一面があるのも当然じゃないか!女の子なんだから!」


 俺は、春乃を必死にフォローしようと言った。


「そ、そうよ……」


 春乃は憔悴しきった様子で言った。


「ちょっと眠るわ……」


 春乃は地べたに寝そべった。

 すぐに春乃が寝息を立て始めたので、俺は春乃のあたまをそっと膝の上に乗せた。


「なあ、凛」


「どしたの?」


「ありがとな」


「いえいえ〜」


「なあ」


「な〜に?」


「爆発は凄まじかったんだろ?」


「まあねぇ」


「俺……寝てたんだよな……」


「そうだよ」


「…………」


 なんでこうなるんだ。

 春乃と凛が命賭けて戦ってる時に、俺は眠っていた。

 俺が眠っている間に2人のうちどちらかが死んでしまう可能性もあった。

 俺は、ただただ何もできなかった己の無力感に飲み込まれそうになっていた。

 両親が残した研究所?そんなのどうでもいい。

 だが、2人に危険が迫るのだけは看過できない。

 

「しかたないよ。あの状態の廉にぃを起こせば無理をして廉にぃが死んでたかもしれない」


 凛は非情にそう告げる。

 俺はその言葉にうなだれることしかできなかった。

 ただただ悔しさを噛み締めていた。


「ゆるしてよ、廉にぃ……廉にぃが私と春乃ねぇを守るのに命賭けてるように、私だって、春乃ねぇだって同じように命賭けてんだからね」


 俺は春乃の寝顔を見る。 

 端正で美しいその顔は煤で汚れていても、黒髪の先が焦げていても同じように美しかった。

 春乃はきっと誰よりもまっすぐだから誰よりも美しい。


「……ほんとに良かった、お前らが無事で」


 俺も同じようにまっすぐありたいと思った。

 

「うん。今度はみんなで戦おうね。私を守ってね」


「ああ。約束する」


 俺の両の頬が涙に濡れていた。

 

 

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