第7話 生存説……

 その後、しゅんから昨夜の爆発の様子を聞いたが、俺たちの予想した通りで、魔力爆発であるようだ。

 さらに、白樺が研究の最高責任者だと言うことも聞き出すことができた。

 だが、そこまで語り終えたしゅんは、事情聴取したいと言う警察官に、連れて行かれてしまった。

 まあ、俊は唯一の生存者なので、当然といえば当然だ。

 


 俊の家から、研究所への帰り道、賑やかな出店が立ち並ぶ通り。

 香ばしいような甘いような祭り特有の香りの道を歩きながら、春乃が呟いた。


「あと3ヶ月か……」


 あと3ヶ月で星核エネルギーは枯渇し、世界は滅ぶ。


 俺は、春乃の顔を盗み見るも、別世界を見つめるような瞳からは、何も読み取れなかった。

 俺は、どう返せば良いのか、そもそも、返事すべきなのかすら分からなかった。

 でも、分からないときは、信じればいい。


「3ヶ月? なんじゃそりゃ。どっかで聞いたことがあるなぁ」


「えっ?」


 春乃は俺の顔を見て不思議そうに言った。


「まあ仮定の話じゃねぇか、そんなの」


 俺は胸を張って、付け加えて言った。


「だってさ俺達が救うんだ! 寿命なんて関係ないだろ?」


 春乃と凛は、微笑んだ。

 この笑顔を俺は守らなくちゃな。


「でも、廉にぃ何か掴めたの?」

「そうよ、次はどうするの?」


 そう問いかける2人に、今度は、『アイス買って〜』と駄駄を捏ねる4歳児を諭すように言った。


「分からないの」


 俺がそう言うと凛は爆笑して言った。


「廉にぃ、締まんねえの」


 すると、春乃までつられて笑いながら言った。


「3ヶ月後、私の誕生日なの。忘れてたでしょ?」


「あ、そっちね」


「殺すよ?」


 鬼神のような殺気を纏う笑みに、俺は思わず尻込みする。

 隣で凛の肩が、ビクンと跳ね上がった。


「ヒヒィィィィィィィィィィィィィ……!!」


「夜道には気をつけなさい」


 人目を気にしたのか、春乃は聖女のような笑みを浮かべて言った。

 春乃様怖ぇぇぇぇぇ。怪人二十面相じゃん!

 こうして、その場で公開処刑されることは無かった。

 まぁ、人混みを抜けた途端に、蹴られたんだけどね。

 なんども……




 俺達は、帰宅後、さっそく『第3回星を守ろう会議』を行なった。

 会議の結果、俺たちは当面の間、白樺大吾しらかばだいごについての調査を行うこととなった。

 俺に謎の液体を注射し、俊を研究室に勧誘した白樺教授が一枚噛んでいるのではないかと、俺達は直感的に思ったのだ。

 さらに、魔法災害についての調査を行うにしても、次にどこで起こるのかも分からず、じっと待つわけにもいかないのだ。


 俺たちは翌日から、故・白樺大吾についての調査を開始した。

 白樺の研究成果、経歴、家系など様々な調査を行なったが、8日が経過しても、目覚ましい発見はなかった。

 ただ、爆発が起こったその日、研究棟では、寄生型魔法生物の最終調整が行われていたそうだ。



 変化が起こったのは、調査開始から9日目のことだ。

 俺たちは、白樺の行きつけのバーで、白樺と親しげに会話をする友人がいることを突き止めた。

 その男の名は、東堂修二郎とうどうしゅうじろう

 魔法大学・理事長だ。

 さらに、東堂は、過去に、白樺も行なっていたという寄生型魔法生物の研究をおこなっていたことが分かった。

 俺たちは、早速、東堂にアポを取ることにした。

 当然ながら東堂もまた、白樺同様に容疑者である。


「もしもし。魔法大学1年の若宮と申します。東堂理事長にお会いしたくてお電話いたしました」


『ハッハッハ。学生さんかい。私に何ようかな?』


 俺は白樺についての情報を打ち明けようか戸惑った。

 東堂は情報源にもなりうるが、もしかすると、東堂自身が暗躍している可能性もある。


「先日の魔法爆発について少々不自然な点が目につきまして、お話ししたく思っております」


『ほう! さすがわ我が生徒、その鋭い洞察眼を以って何を見たのか私も気になってきたでな。長年この大学の理事をやってきたが、諸君らが初めて私に面会を求めてきた生徒だ。よかろう!面会に応じよう!』


「ありがとうございます」


『明日の13時、魔法大学理事長室で良いかな?』


「はい、明日の13時・魔法大学理事長室ですね。わかりました」


『要件はこれだけかな?』


「俺の他にも2人ほど招いていただけますでしょうか?」


『もちろん。歓迎するよ』


「ありがとうございます。それでは失礼します」


 そう言って俺は、電話を切った。


「明日の13時からだ」


 俺がそう言うと凛は両手をあげて喜んだ。


「やったー!!」


「ラッキーね。でも喜ぶのはまだ早いわよ」


「春乃の言う通りだな。期待して面会に望んでも完全に空振りなんてこともありえる」


「もーつまんないよー」


 凛は頬を膨らませて言った。

 俺は、そんな様子を見て笑った。



 

 翌日。俺は魔法大学理事長室の扉をノックした。


「失礼します」


 俺たちが中に入ると、東堂は高級そうなソファに腰掛けて、俺たちには向かいのソファを勧めた。

 俺たちはきらびやかな内装に見とれながら、腰掛けた。


「ようこそ。若宮くんそれから2人は……」


藤崎春乃ふじさきはるのです」


内野凛うちのりんです」


「よろしく。藤崎くんに内野くん」


「「よろしくお願いします」」


 春乃と凛は丁寧に頭を下げた。

 東堂の視線が2人から俺に向くのを、確認してから俺は口を開いた。


「単刀直入に言います。魔法大学・研究等で起こった爆発は意図的に何者かによって引き起こされたものではないでしょうか? 理事長のご意見をお聞かせ願いたく思います」


「私の意見を聞く前に、若宮くん達がそう考える根拠を聞かせてもらおう」


「先の調査で、魔法爆発の中心は、おそらく研究棟2階のメインコントロールルームにあることが分かりました。私はこれが偶然に起こったとは考えにくいと思います」


「爆発の中心を突き止めたのか?」


 東堂はやや驚き交じりに言った。


「はい。爆発後の痕跡から」


「ほう。大したもんよの。調査団の報告と一致している。どのように調査したのか興味があるが、時間もない。私の考えを話そう」


 東堂は少し姿勢を正して、言った。


「私もこの魔法爆発は何者かの仕業だと思っている。だが、私は、その『何者か』に心当たりがないのだ。私は、私とともに研究に志す多くの尊き命を奪った『何者か』を許すつもりはない」


 余裕と自信に満ちていた理事長の表情に影が指す。

 俺はそんな理事長の様子を、あの時の自分と重ねた。

 理事長は付け加えていった。


「だが、安心したまえ。私が必ず全てを暴き明るみにする。旧友のためにもな……」


 旧友……まさか白樺大吾か

 俺はこの時、リスク覚悟で踏み込む決断をした。


「その旧友というのは、白樺大吾教授では?」


「これは驚いた。よく分かったな」


「いえ。知人が彼の研究室に勤めていたんです」


「なるほどな。それじゃあ爆発に……」


 俺は嘘をつくことにした。

 この件に俊を巻き込みたくないと思ったのだ。


「ええ。残念ながら」


「それじゃあ、彼のためにも私が真実を明らかにしなくてはな」


「彼も喜ぶことでしょう」


「今の時点のだが、調査資料を特別に見せよう」


 そう言って、東堂はクリップされた数枚の書類を持ってきた。


「今回の魔法爆発には、研究棟でピンポイントで爆発が起こったこと以外にも、不審な点があるんだ。これを見てくれ」


 東堂は書類の一枚にられた写真を指差した。

 赤黒くて、半透明で、スライムのような物質だった。


「これはなんですか?」


「瓦礫の中から大量に見つかったんだが、これは寄生型魔法生物の一種だ。不自然だとは思わないかね?」


「不自然ですね。どうしてあの高エネルギー爆発に耐えることができたのか?」


「私は誰かが意図的に守った可能性があると思っている。そして、この魔法生物は人の記憶や意思を吸収する」


「つまり?」


「爆発の際に、この魔法生物に自らを吸収させた者がいる可能性があるということだ」


 なるほど。確かにありうる話だ。


「それが事実なら、生存者が複数人いることになりますね」


 もっとも魔法生物に成り下がって、生きていると言えるのかは疑問だが。


「ああ。私はその生存者が、何らかの極秘の研究データを持ち逃げするために、爆発を引き起こした可能性についても考えている」


「犯人は、爆心地にいたかもしれないということですか」


 と東堂の表情が少し緩んだ。


「私は手の内を明かしたが、信用してもらえたかな?」


 東堂は俺たち3人に笑みを浮かべた。

 俺たちが、東堂を容疑者のひとりにしていたのは、バレていたようだ。


「はっきり申し上げますと、完全に信頼することはできかねます。が、一定の信頼は置けるようです」


「最高の返事だよ。私も君たちを信頼しよう」


 そう言って無邪気に笑った。


「若宮くん達。私の調査チームに入らないか?君たちの調査能力を存分に活かせる環境を用意しよう」


「素晴らしい提案ではありますが、お断りします。俺たちは研究者として事件の究明に貢献できれば幸いです」


「そうか。残念だな。だが、私にまた良き友人ができた。調査が進めば、また君たちにも報告しよう」


「ありがとうございます」


 俺は頭を下げていった。

 とその時、掛け時計から鐘の音が鳴った。


「おっと時間だ。次の仕事があるからここで」


「はい。では失礼します」


 俺たち3人は、ソファから立ち上がった。


「今日は楽しかった」


「恐縮です」


 春乃、凛とドアに手をかけて退室した。

 俺は退室する前に、すこしお節介をしてみたくなった。

 開きかけたドアを閉めて言った。


「あなたに旧友を断罪できますか?」


「覚悟の上だ」


 東堂は意思の強い瞳で言った。




 この面会で白樺大吾が生きている可能性があることが分かった。

 だが、だからといって、これ以上の白樺の身辺調査を行なったとしても、新たな発見は無いだろうと思った。


 俺たちはそれを踏まえて『第3回星を守ろう会議』を行なったが、これ以上何をすればいいのか、3人の誰も提案できなかった。

 これは完全に行き詰まってしまった。

 俺たちは結局、魔法災害や寄生型魔法生物、星核エネルギーなどについての研究に時間を当てた。



 だがそれから、ひと月経ってもこれと言った成果は得られなかった。

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