第5話 崩壊の始まり……

 俺たち3人が研究室で過ごした最初の夜が明けた。

 贅沢にも1人につき1部屋割り当てられた寝室から、目をこすりながら這い出ると、リビングでは、春乃が何やら香ばしい香りのするものをフライパンで焼いていて、凛はテーブルに食器を配膳していた。


「あっ、廉にぃ、オハヨー」

「もうすぐ、目玉焼きができるから早く顔洗ってきて」


 なるほど……目玉焼きか。


「おはよ。わかったよ」


 洗面所で、とびきりの冷水で顔を洗って目を覚ます。

 こうでもしないと、今日という日が始まらない気がする。

 朝は苦手なのだ。


 丸テーブルを3人で正座して囲んだ。


「いただきます」

「いただきまーす!」

「……いただきます」


 一緒に手を合わせても、全く揃わない『いただきます』を済ませて、食事を始めた。

 目玉焼きをパンに乗せて、マヨネーズを適量かけただけのお手軽料理だが、これが旨いんだな。なんて思いながら、かぶりついていると、春乃が言った。


「凛、昨日は眠れた?」


「びみょーかも。落ち着かなくて」


 春乃は腕を組んだ。そしてじっと何かを考えるような仕草を見せて言った。


「凛。ここは今日から私達3人のホームよ。だから、もっとリラックスして欲しいの。ちょっと渡したいものがあるから待ってて」


 春乃は立ち上がって俺の目を見つめた。

 俺は『いいんじゃないか』とうなずき返した。

 春乃はリビングから廊下の方に出て行ったと思ったら、すぐにそれを持って戻ってきた。

 そして、それを凛へと手渡した。


「え?! これって?」


「ここの鍵よ」


「いいの?」


「もちろん」

「いいに決まってる」


「2人とも、ありがとう!」


 凛は大事そうにしまいこんで、幸せそうに笑った。

 とそこであることに気づく。


「おい!春乃!今何時だ?」


「8時12分だけど?」


「そうだよ、2人とも早く大学行かなきゃ!」


「「大学は行かないけど?」」


「へ?」


「それより凛こそ高校は?」


「やめたよ?」


「「…………」」


「2人が卒業してすぐに」


 マジか!?ヤバくね?

 俺たちの通ってたとこ結構な名門校だよね?

 こいつ完全に人生勝ち組ルートから外れてんじゃねぇか!!

 俺たちの卒業後すぐって、大した成果も得られないくせに無駄に忙しかった研究のせいじゃね?!

 俺たちのせいじゃね?!

 俺は助けを求めるように春乃に言った。


「高校やめるのって、よくあることなの?よくあるんだよね?」


「さぁ〜現に凛がそうしてるんだから日常茶飯事なのよ。きっと」


「だよな。そうに違いない。いやまあ、俺の知人にはいないけども」


「へぇー私の友達にもいないけど」


 まあ、俺も春乃も交友関係は広い方じゃないし……

 まあ、友人の層も限られているわけで……

 まあ、俺たちの知らないところでみんな高校なんてやめてても……


 俺はもう一度春乃の方を見る。

 そこには、純白だった顔を真っ青にした春乃が同じようにこちらを見ていた。

 つまり、やっぱそういうことじゃねぇかぁぁあぁああ!!!!


「すまん。俺たちのせいで」

「もっと凛のスケジュールに合わせてあげられたらよかったわ」


 平謝りする、俺と春乃を見て、凛は笑った。


「ハハハ。何も気にすることないよ。私が学校に行く必要ないと判断したから、やめたんだよ」


「「……」」


「廉にぃだって言ってたじゃん。『どんな時も柔軟に、強欲に、まっすぐ、野望を追うべし』なんでしょ?」


 やっべぇ。そんなこと言ったっけ?!

 めっちゃありきたりじゃん?

 人間生きてれば、死ぬまでに88回くらい聞くハメになるやつじゃん!

 本当に言ったの俺?

 どうせ、スーパーで3回目の試食するときのこととか思い浮かべながら言ってるよ、絶対。


「ああ、そうだ。確かよく晴れた夏のことだったっけ?」


「え? 大雪警報で体育館に避難してた時だよ?」


「そうそう!今日やたら天気がいいから引っ張られたわ!」


 あれ? 俺何言ってんだろ?

 おれは春乃に目をやって助け舟を求めた。


「あ、そういえば廉、いつものテレビ付けなくていいの?」


 そう言われて俺は思い出す。

 今の時間は……8時21分……

 センキュー春乃。最高の助け舟だぜ。


「『おはようケセランパサラン』もう始まってるじゃん! 星座占い何位かなぁぁ?!」


 俺は慌てながらも、陳腐な名言から話をそらせそうで安心しながら、リモコンを操作した。

 が、目的のチャンネルにも関わらず、『おはケセ』は映らなかった。

 代わりに、年老いた専門家達が何やら口論に励んでいた。


「ちょっと2人とも!! これ見て!」


 春乃が言った。

 

 『臨時ニュース。魔法大学・研究棟で大爆発!!魔力爆発か?!』


 とんでもないニュースに俺たちの目は釘付けになった。

 画面は切り替わって、ヘリから見える魔法大学が映し出される。

 そこには研究棟だけにとどまらず、道路や街路樹、さらには他の建造物までもが無残な姿になっていた。

 特に、爆心地となった研究棟は瓦礫の山と成り果てていた。


「嘘だろ……」


 呆然としていた。

 特に愛着も無かった大学。

 だがそれでも、昨日まで過ごした大学がこうも儚く崩れ去ったのだ。

 衝撃的過ぎるニュース。

 だが、俺は冷静だった。というよりも冷徹と表現した方が妥当か。


「これはチャンスかもしれない。もしもこの爆発の正体が魔力爆発なら、魔法を消す方法、あるいは星核エネルギーを取り戻す方法が分かるかもしれない」


 俺は、魔法災害こそが魔法が喰らった星核エネルギーを、再びこの世界に戻す鍵ではないかと考えている。

 だからこそ、このニュースをどうしても単なる悲劇的な報道として流せなかった。

 春乃と凛も、少しずつ落ち着きを取り戻した。


「そうね。この爆発、じっくり調査する必要があるわね」


 俺たちは食事を終えて支度をすませると、魔法大学へと向かった。


 俺たちは聞いた。

 研究員、事務員合わせて97人が死亡。生存者1名。


 思えば、この爆発が星の崩壊の始まりの合図だったのかもしれない……

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