第4話 闇鍋は悪魔の証明……

 俺は、魔法のいや、世界の秘密を知って自暴自棄になった。

 そして、仲間を傷つけて、遠ざけようとした。

 ほんっと……おれって最底だよな。ださいよな。

 でもそんな俺に、凛と春乃は『信じる』といってくれた。

 だから、1人で抱え込むのはもうやめだ。

 俺たちはなんだ。


 さあ、言おう!!


「今から地獄行きの列車に乗るが、一緒に来るか?」


 答えなんて聞くまでもない。

 俺たちは……そう! 運命共同体!!


「「え、やだ……」」


 あ、あれぇぇぇぇええ??


 俺は眉間を手を当てて上を向いた。

 研究所の天井に遮られて見えるはずのない蒼穹を幻視する。


「…………」


 あ。

 散った。


「「……」」


 申し訳なさそうな表情の2人の視線に耐えきれずに言った。


「そ、そりゃ。そっそ、そうだよなぁ、誰が好き好んで苦しい道に進むんだって話だよな。ハハハ……」


「だよねぇー」


 春乃は言った。


「はは……辛辣ですな……」


 俺は声がかすれるのを隠すこともままならなかった。


「何? もしかして私たちが地獄の果てでも付いてきてくれるなんて勘違いしてたんじゃないよねぇ? そんな都合良く思われてたら迷惑だわ。ねえ、凛。」


 春乃はさらに畳み掛けて、凛に目をやった。


「そ、そうだよ」

 

 凛は歯切れが悪そうに言った。


「別にそんな風にお前らのこと思ってたわけじゃねぇし……」


 嘘だ。

 いやぁ……普通に『みんなで共に戦おう!』的な流れだったでしょ?!!


「あー俺ちょっと水飲んで頭冷やしてくるわ」


 そう言って立ち去ろうとした俺の背に向かって、凛が言った。


「私は、大好きな仲間と向かう先が地獄なんかじゃいやだな」


 俺は足を止めた。


「だよな…………え?! 凛、お前今何つった? どういうことだ?!」


「つまりねぇ……私たちの物語はハッピーエンドじゃなきゃ締まらないよってこと!」


 凛は少し照れ臭そうに、そしてなぜか春乃の方を見て、申し訳なさそうに言った。


「凛……ッ! ありがとう、ありがとうございます!凛様!」


 地獄で仏というのはこういう気分なんだろうな。

 俺は気づけば両手を合わせていた。


「廉にぃ……プライドは……?」


 少し呆れたように微笑む凛。

 そんな俺たちの様子を見て春乃は言った。


「ダメじゃない、凛。廉を泣くまでいたぶるって約束したでしょ?」

 

 ん? 泣くまでいたぶる?


「ごめんね。でもこれ以上見てられなくて」


「あーあ……せっかくカメラ持ってきたのに」


 ん?


 いささかおかしな展開に転び初めて、戸惑っていると。

 春乃はポケットから魔動式カメラを取り出した。


「お、おい。そのカメラでどうするつもりだったんだ?」


「もう一度泣かせて、記念撮影しようと思って」


「何の記念撮影だよおぉお!! お前、性格ひん曲がってんだろおおぉぉぉおお?!!」


 俺は怒りを通り越して、呆れまで通り越した、何とも名づけがたい感情を吐き出した。

 春乃は喜色満面の笑みで返した。


「好きよ、廉」


「嫌いだ! 春乃!」



 


 俺たちは、研究所のリビングにいた。

 泊まり込みで研究ができるように、生活空間も一通り揃っているのだ。

 木製の丸テーブルを挟んで向かいに春乃と凛が座っている。

 テーブルには、話し合いの内容をまとめるための白紙が広げられている。

 書記は凛だ。


「それで……絶対解析で何を見たのか教えてくれるのよね?」


「ああ、もちろんだ。俺たちは魔法の正体が星核エネルギーだと仮説を立てて実験に臨んだ。だが、その仮説は間違っていた」


 凛が付け加えて言った。


「もし仮説が正しければ、魔法の行使は星の命を削る行為となる。そして、人類は約1万3000年前から、魔法を使い続けてきたんだよね」


「そうだ。そして、問題は近年、研究機関で度々見られるようになってきた恒魔石だ。俺たちは、エネルギーを星の表面からだけでなく、内側からも引き出そうとする恒魔石の普及を、星核エネルギーの枯渇の予兆と考えた」


 春乃は言った。


「でも、その仮説が正しくないなら一体何を見たの?」


 俺は核心に触れる前に一つ深呼吸をした。


「絶対解析しようとした俺の魔力が、星核エネルギーを喰らい始めたんだ。そして、星核エネルギーを喰らった魔力は本来のそれよりもずっと強大に膨れ上がった」


「つまり、星核エネルギーが魔法のエサになっているってこと?」


 凛は首を傾げて言った。


「そういうことだ。さらに、強化された俺の魔力は、周囲のあらゆるものを解析対象にし始めた。そして、俺の魔力自身までもを解析したんだ」


「自分の魔力まで解析……」


「突拍子も無いことだが、結論から言う。俺の魔力は、発動後、効力を失っても、霧散することなく、そのまま星核エネルギーを喰らい続けていたんだ」


 魔法が星核エネルギーを喰らう。

 さらに、発動された魔法が世界に残り続ける。

 その事実を仲間に突きつけて、俺は思った。

 これじゃあ『魔法が生きている』みたいではないかと。


「じゃあ、廉。1万3000年前の使われた魔法までもが今でも残り続けてるの?」


 春乃は言った。


「おそらくはそうだ」


「星核エネルギーは減り続けるしかないの?」


「そうだ」


 驚いたような表情になる凛。

 一方春乃は、澄ました顔で言った。


「それで?」


「え?」


「どうせ廉はこの星の寿命を計算したんでしょ?」


 平然と『星の寿命』などと言う春乃に辟易しつつ、俺は言った。


「早ければ3ヶ月だ」


 約1万3000年にわたって、魔法が蓄積し、今も星核エネルギーを喰らい続けている。

 特に、ここ数十年の魔法開発は異常なまでに急速化している。


 凛は、恐る恐る言った。


「今すぐに魔法開発をやめたらどうなるの?」


「そう変わらないと思う。伸びても2、3日がいいところだ。これは1万年以上の積み重ねだからな。他に質問はあるか?」


 俺は2人の顔を見る。

 これ以上質問がないと判断して言った。


「これが俺の知った全てだ」


 凛はうなだれてしまっていた。

 春乃は凛を心配そうに見つめて、しかたないというふうに微笑んだ。

 だがその微笑みもやはりどこか、疲れが混じっているように見えた。

 

「まあ、なんだ。俺たち3人で何とかしようぜ。ってかこれ、俺たちの幸せな未来を見つめる会じゃないの?」


 俺がそう言うと凛はゆっくり顔を上げて言った。


「そうだよね!絶対ハッピーエンドだよね!」


 そこにはもううなだれていた気配はなかった。

 無理をしているのは目に見えていたが、ひとまず安心だ。


「当たり前だ」


「それで、廉にぃ何か考えはあるの?」


 凛は期待に目を輝かせて言った。

 

「ああ。魔法災害にヒントがあるかもしれない」


「なるほどねぇ」

「確かにその可能性は高いわね」


「あれ? もしかして説明いらない感じ?」


 俺が尋ねると春乃は言った。


「仮にエネルギーの総量が保存されるなら、魔法がただただ星核エネルギーを喰らうだけなんておかしい。ということは、魔法は何かしらに形を変えてそのエネルギーを発散しているはず。それが魔法災害だってこと?」


「完璧だな……」


 頼もしすぎるわ。この2人。


「でも、魔法災害を調べるって言っても、どこで起こるか分かるの?」


 凛の質問に俺はがっくしうなだれた。


「それなんだよなぁ……魔法災害はこれまで何度も起こったが、如何せん法則性が見つからない。この街で起こるのを待つにしても、時間もないんだよな……」


「「「………………」」」




 沈黙を破るように、春乃は唐突に言った。


「みんなそろそろ夕飯にしましょ。それからひとつ提案があるんだけど」


「闇鍋ならやらんぞ」

「私もいやよ。春乃ねぇ絶対、毛虫ペーストとか犬の腹わたとか入れるもん」


 毛虫ペーストって何? こわい。


「私、前科も無いのにこの言われよう附に落ちないんだけど。ってそうじゃなくて、今日からみんなでこの研究所に泊まり込みしない? 私と廉は家でも一緒だけど凛とも一緒にいたいの。それになにより泊まり込みの方が効率がいいし」


「俺はいいぞ」


 そう言って俺は凛を見た。

 春乃も凛に目をやっているのがわかった。


「わ、私も賛成」


 凛はなぜかうっすら頬を赤らめて言った。

 春乃は満ち足りた顔をしていた。

 と、思えば表情を一転させて言った。


「ところで凛。毛虫ペーストって何?私、気になるなぁ」


 禍々しいオーラ全開であった。


「ごめんなさい、魔がさしました。くそっ! 星核エネルギーを喰らいすぎた魔力が私に乗り移っていたと言うのか??」


 凛は冷や汗をかきながら苦し紛れの言い訳をした。


「ふざけてるのね。分かったわ」


 こうなった春乃は止まらない。

 今日の夕飯は……闇鍋だ。

 俺は、生命の危機を知らせるブザーが鳴り止まなくなっていた。


「ぷ、プリンとかあんことかなら喜んで食べます。だから勘弁してください!!」




 その日の夕飯は闇鍋だった。

 俺は、闇の中、箸でつかんだブヨブヨしたそれを、ゆっくり口に入れた。

 明らかに、研究所の冷蔵庫には無かったそれを……

 だが、今となっては、俺が食したそれが、何であったか証明することは原理的に不可能である。


 だから俺は、


 俺は、きっと毛虫なんて食べてはいない。

 

 はず……たぶん……

 

 

 

 魔法大学・研究棟で大規模魔法爆発が起こったのはその日の夜のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る