第2話 運命はこうして扉を叩く……
五年前。俺と春乃の両親が死んで2年ほど経った頃だ。
俺と春乃は、気付けば、再び、研究所に足を踏み入れるようになっていた。
といっても、そこに、かつてのように、うららかな春の雲間から差し込むひだまりのようなほの暖かさは無かった。
代わりに、首筋に当てられたナイフのような冷たさだけがあった。
俺は研究所に入ってまず初めに、両親の最後の研究成果を見ようとした。
俺は、メインコントロールルームのコンピュータを立ち上げて、中を覗き込んだ。
だが、そこに、実験に関するデータは何一つ残されていなかった。
ただ、
『世界が敵となる』
その1文を除いて。
俺は、この1文の存在を春乃に話さなかった。
両親の最後にして最期の研究。
『魔法の正体』を突き止める研究を、俺たちは、気付けば始めていた。
その行動原理が、両親の死の真相を知ることであるか、純然たる魔法への好奇心であるか、はたまた親の仕事を完成させようという使命感であるかは今となってはもう思い出せない。
だが、実際に研究が軌道に乗り始めたのは、俺が
恒魔石。あらゆる属性の魔力を数パーセント増幅させる『例外の石』。
この石を魔法物理学の最初の授業で見た時、身の毛のよだつような感覚に襲われた。
この石は存在してはいけない。ただ漠然とそう感じた。
そして、俺は教授の目を盗んで、すかさず、この石を絶対解析していた。
その解析結果は、これまでの魔法物理学界を震撼させるものだった。
恒魔石は星の核と共鳴しあっていて、そこから未知のエネルギーを引き出し、魔法に上乗せしていたのだった。
つまり、保存則を無視する例外の石ではなかったのだが……
『上乗せが可能ということは、星の核のエネルギーが『魔法の正体』なのだろうか?』
『もしそうなら、俺たちの使う魔法は表面化した星の核のエネルギーなのか?』
『はたして、星の核にあるそのエネルギーが枯渇すればこの星はどうなる?』
『魔法を再び星の核のエネルギーとして補充することはできるだろうか?』
『この国は全て分かった上でこの悪魔的な石を利用しているのか?』
この解析結果を俺は春乃と凛にも話し、星の核のエネルギーに『星核エネルギー』と名付けた。そして、星核エネルギーこそが『魔法の正体』ではないかという仮説を立てた。
俺と春乃と凛は、擬似恒魔石を作り出し、星核エネルギーを引きずり出し、正体を確かめることにしたのだった。
このとき、まだ俺は、楽観視していた。
この仮説の証明こそが、この星の辿る最悪の運命であると。
さらなる絶望が、惨劇が、悲哀が待ち受けているなどとは想像できなかった。
星核エネルギーの検出は予想以上に難航した。恒魔石を使わずに、星核エネルギーを取り出さなくてはならなかったからだ。
というのも、恒魔石は一般に魔法大学内にしか存在せず、一切の貸し出し、売買、譲渡を禁じられ、厳重に取り扱われているのだ。
しかし、『絶対解析』によって得た知識と研究所内に残されていた実験装置を組み合わせることで、なんとか恒魔石のシステムを再現することができた。
4ヶ月ほどかかってやっとのことだった。
俺と春乃と凛は、妖しく輝くカプセルを取り囲んでいた。
「やばいよ、これ。ついにこの時が来たね」
星核エネルギーのまとわりつくように紅い光を受けながら凛は言った。
「ああ……」
「そうだね」
そして俺は最終確認をする。
「……ここから先に進めばもう引き返せないと思っておいたほうがいい。この実験が終わったその時、俺たちの世界に対する見方が180度変わってしまうかも知れない。7年前の事件のこともある。本当に何が起こるかわからない。凛……これは俺と春乃の運命だ。そこにお前まで巻き込んでしまいたくはない」
凛は俺と春乃のそんな思いに気付きながら、それでも仲間としてここまで付いてきてくれた。
そんなこと百も承知だ。
だがそれでも、言わなくちゃいけない、そう思った。
俺は、凛の答えを待とうとした。
が、返事はノータイムで返された。
「何いってんのよ?あたしだってとっくに運命共同体だよ!!」
凛は後輩の女の子とは思えないくらいに、頼もし過ぎる笑顔で言った。
「……そうだな……そのとおりだ!聞いた俺が馬鹿だったな…… 本当にありがとな」
そして今度は、春乃に目を向ける。
春乃は整ったリンゴのような紅い唇を薄く曲げてあどけない少女のような笑みを浮かべて言った。
「大丈夫よ!廉も凛も私の大切な仲間だから何があっても絶対に守るよ!」
それは俺のセリフだ……取るんじゃねぇよ。
時は来た……!!
「絶対解析ッ…………!!」
俺はカプセルに手をかざし、星核エネルギーのあらゆるデータを読み取っていく。
質量、形、波長だけでなく、エネルギー密度、固有エネルギー、さらにはそれらに付随するあらゆる情報を読み取っていく。
『絶対解析』完了。
春乃と凛に見守られながら俺は、結論を告げる。
「実験は成功した……」
そして……仮説の誤りを証明した。
「やったよ!春乃ねえ、廉にい!」
「やったのね……」
春乃は歓喜に震え涙を浮かべ、凛はそんな春乃を抱きしめて同じように涙していた。
だが、俺は非情に告げなければならない。
真実を……
俺たちが追いかけていたものの正体を……
このまま時間が止まって動かなくなればいいと心から願った。
「星核エネルギーと……魔素は……一致しなかった……」
最悪の運命の証明を行おうとした俺たちの実験は……
希望のかけらも見出せないほどのさらなる最悪を証明した。
さて、どう伝えればいいんだろうな……
「「え……?」」
一瞬にして表情を失った春乃と凛。
……伝えられるわけがないよな……
この星の寿命が……あと3ヶ月だなんて……
大規模魔法災害が世界を滅ぼすだなんて……
ちくしょう……
「今後……この研究所に立ち入ることを禁ずる……いかなる理由があったとしても許さない……」
恐怖が胸の中から溢れ出して、全身を蝕んでいく。
その恐怖を1人で抱え込むと決心すると、両の目から涙が溢れ出した。
あれ……おかしいな……
決めたんだ……2人をせめてこの恐怖からは守ると……
残りの時間を穏やかに過ごしてもらうと……
この事実を2人にも共有できたらどんなに楽になることか……
揺らぎそうになる意志をもう一度、奮い立たせる
俺は、狂ったように震えようとする声を必死で抑えつけて、告げる。
「クソがあぁぁぁぁぁああああああ!! お前らなんかと一緒にこんな研究するんじゃなかったんだよおぉぉおお!! とっとと失せろおぉぉぉぉおお!! 」
ああ……壊れていくよ……
もう止まらない。
でもまあいいか。
最後の時間を2人が笑顔で過ごしてくれるなら……
「「…………」」
違う。
それは本心じゃないだろ?
俺は……
春乃が作ったアップルパイをもっと食べたい。
凛に発明品の試作品をまた見せてもらいたい。
家族のように3人で笑っていたかった。
だが、俺は、気を抜けば何度でも決壊しそうになる自制心を、押し殺した。
「失せろろおおぉぉぉぉおおおおおお!!」
運命は無慈悲に扉を叩く……
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