世界から魔法が消えた日のこと〜世界が理不尽で残酷で救いようがないとしても俺たちは抗い続ける〜

ぽっぽ

第1話 世界の中心は……

 およそ1万3000年前、この地に隕石が落ちたその日に、世界の中心は決まっていたのかもしれない。


 木漏れ日が差すキャンパスへと続くと坂道で、俺、若宮廉わかみやれんはそんなことを思った。


 もうすぐ10月だとは思えない残暑に耐え、額に汗を滲ませながら坂道を登り切ると、俺は鬱蒼うっそうと茂る木々の隙間からこの街を一望した。

 空にかかる虹をそのまま地面に映し出したかような七色の街並みが今日に限ってはコンクリートにかれた油のように濁って見えた。


『世界は中心から魔法に喰われている』

 一体どこの誰の言葉なのかすら分からないその言葉を口の中で何度も反芻する。


 異様な美しさと妖しさを醸し出すこの街の景色に1つため息をつく。

 眼前に見える十数のホウキのうちの1本がこちらへ向かってくるのが見えた。

 山上俊だ。俺よりもひと回り背が高く、魔法武術は、この街でも指折りの実力だ。


「おはよう、れん。大学休みだろ、どうしたんだ?」


「図書館で調べ物だ。そういう俊は部活か?」


「ああそうだよ。盛大に遅刻しちまったけどな」


「いいのかよ。魔法格闘界の魔王さんよぉ」


「しかたないだろ。ついさっきまで家業を手伝ってたんだ。客足が絶えなくて」


 俊の実家は魔道具店を営んでいる。


「繁盛してるんだな」


「まあな。最近、魔法警報なんて物騒なのが絶えないからな。耐性を持った道具が飛ぶように売れるんだよ」


「へえ〜。そういえば、おととい、ミナミの街で魔力の雨が降ったらしいな」


「あれな。体内魔力バランスを崩して、何十人も死者が出たらしいぞ」


「知ってるよ……たいそうな時代に生まれてきたもんだよな、俺達」


なんでも近年、世界中で魔力が枯渇し魔法生物が死に絶えているかと思えば、一方で局所的に大気中の魔力が暴発し災害を引き起こすこともあるのだという。

 特にこの街では、魔力警報が設けられるほどに魔法災害の頻度も高い。

 魔力の雨の他にも、魔力雷や魔力爆発なんてのも過去に起こっていた。


「お前もうちで何か買うか?今なら友達料金にしとくぞ?」


「俺の魔力壁よりも頑丈なのがあればひとつ買おうかな?」


「ははっ!言うねぇ!いつか絶対買わせてやるからな!」


「楽しみにしとくよ」




 俺たちは、校門をくぐって、キャンパスに入った。

 俊の目的地の格技場はキャンパスに入ってすぐのところにあった。

 別れ際に、俊は言った。


れんがやってる恒魔石の研究なあ。何度でも言うが、早く手を引け。恒魔石は絶対に後ろ暗い何かがある。藪をつついて蛇を出すぞ」


「野暮なことは言うな。俺はやるよ。どんな太い蛇が出てくるとしても」


 恒魔石。俺たちはその石を魔法物理学の最初の講義で扱った。

 あらゆる属性の魔力をほんの数パーセント増幅させる石。

 自然の摂理やら保存則やらを完全に無視するとされる『例外れいがいの石』。


「死ぬぞ。お前も春乃も」


 俊はそう言い捨てて背を向けた。


「おい、何か知ってるのか?」


 俺の問いかけに応えは無かった。

 俺は研究をやめられない。




 俺は、俊と別れた後、図書館へ向かう途中の並木道で、声をかけられた。

 白衣を着た散らかった白髪の老人だ。

 

「君。若宮くんだね?」


 老人はしゃくり上げるように笑っていた。


「そうですが、あなたは?」


「わしは白樺大吾しらかばだいごじゃ。いちおう教授なんじゃが、近頃の学生はそーいう肩書きには無関心なのかのぉ」

 

 白樺大吾。魔法生物学界で屈指の著名人だ。俺も名前くらいなら聞いたことがある。

 だが、なぜ、白樺教授が俺を知っている?

 俺は、気付けば、この老人の一挙一動に警戒していた。


「どうして俺の名前を知っているんですか? どこかでお会いしましたか?」


「今日が初めてじゃ。ご両親の件は御愁傷様じゃのぉ」


 俺はこの老人に対する警戒レベルを最大まで引き上げた。

 俺は、両親の事件について、誰にも話していない。俊にさえもだ。

 にも関わらず、この老人は何かを知っている。


「何かご用ですか?」


「そう邪険にせんでくれぃ。悪いようにはせん」


 白樺はしゃくり上げて言った。


「少し話をせんか? 若宮くんも気になっとろぉ? わしのことを好きなだけ疑えばえぇし、探ればえぇ」


 なるほど、これは断れねぇな。

 この散らかった白髪の老人が、どこまで知ってるのか、俺は知らなければならない。

 完全に一杯食わされたわけだ。




 俺は白樺教授の教授室に招き入れられた。

 壁に沿って備え付けられた本棚からは、専門書のような書物がはみ出て、床一面に散らかり、足の踏み場も無くなっていた。


「踏んでくれてぇえからの」


 俺はためらいつつも、廊下に突っ立っているわけにもいかず、書物を踏み分け中に入った。

 白樺教授は、俺に椅子をすすめるとおもむろに切り出した。


「わしは、若宮くんの両親の生前を知っておる。ええ子らじゃった」


「どこで知り合ったんですか?」


「わしは、二人の大学時代の師じゃ。二人の死ぬ前の研究もよお知っとる。どれだけ恐ろしい研究だったかも。それに、今若宮くんが同じ研究をしとることも」

 

 この老人どこまで知っているんだ?

 まさか研究所のデータが盗まれて……


「安心せぃ。悪いようにはせん。だが、覚悟せい。その研究の先に待つものは、絶望に相違ないぞよ」


 俺は白樺教授がどこまで知っているか分からず、無闇に話せなかった。

 だが、明らかに異様だ。

 この老人は、俺達の行う研究の行く末を知っているかのような口ぶりだ。

 この研究の詳細は誰にも話していないのに。

 この男は危険だ。


 と、その時、白樺はおもむろにイスから立ち上がって、俺の後ろ側の戸棚の方へと歩いた。

 そして、何やらゴソゴソとあさり始めた。

 俺は、白樺教授の気配を捉えようと耳を澄ませた。

 教授は、戸棚から何かを取り出して、元どおりに閉めた。

 そして、俺の背後まで歩いて……

 ふっ、とその気配が消えた。

 俺が振り返ろうとするよりも早く、首筋に鋭い針が突き刺された。そして、何やら液体が注入されていく。


「動くでないぞ。太い血管を傷付けて死にたく無ければのぉ」


「どういうつもりだ。俺に何を投与した?」


「毒ではない。とだけ言っておこうかの。何、死にはせん」


 危険人物と認識しておりながら、背中を見せるとは、迂闊だった。

 俺は、己の過ちを悔いた。


「目的はなんだ? 今すぐその注射器を抜かなければ、殺す。動かなくてもそれくらいできる」


「おおぉ、怖いのぉ」


 そう言って白樺は、俺の首から注射器を抜いた。

 俺は、一瞬で身を翻して、その勢いで、白樺の頭を片手で壁に押しつけた。


「俺に何を投与した?教えろ!」


「すまんが言えん」


「ふざけるな!命が惜しくないのか!」


「忠告する。ここでわしを殺せば、研究の続きをやる前に牢屋にぶちこまれるぞぃ」


 俺は結局、己に投与されたものの正体を掴めずに、研究室を後にした。




 並木道に出たところで、上着のポケットから携帯電話が鳴った。

 高校時代の後輩にして研究仲間の内野うちのりんだ。


「もしもし、廉にい。凛だよー。今、研究が最終段階に入ったよ!後は、廉にいの固有魔法『絶対解析ぜったいかいせき』でチェックメイトだよ!!」


「何? 擬似恒魔石を使って星の核からエネルギーを引きずり出すのには最低1週間はかかるはずじゃないのか?」


「それがね、春乃はるのねぇが来て、魔力抽出機の機能ごと加速しちゃってね。15分もしないうちに終わらせちゃったんだよ」


「おいおい……あいつなんでもありかよ」


「本当にそうみたいよ。『絶対解析』以外ならだけどね」


「……分かった。今から向かうよ」


「んじゃ、まってるよ」


 ついに魔法の正体を突き止める日が来た。

 聖なる力か、悪魔的な何かか……

 魔法がこの星にとって何者であるのかを知る時が……

 俺はやや早足になりながら、キャンパスを後にした。


 


 エンダー小惑星。今から1万年以上も前にこの地に落ち、世界はその日に終わるとまでいわれたそれは、結局、街ひとつ建物ひとつとして破壊しなかった。

 だが、その日を境に『魔法』という概念がこの星に持ち込まれたという。

 約1万3000年前、魔法、地球、そしてエンダー小惑星に一体何があったのか?

 俺と春乃はその真相を中学の時から追いかけ続けていた。




 父が残した研究所の手前の交差点で春乃はるのの漆黒の髪がなびいていた。

 そっと差し出された白い手は、冬の湖面に映る月のように陽の光を受けて美しく輝いていた。


「さあ、行こう!運命はもう待ってはくれないよ!」

 

 春乃はそう言って幸せそうに微笑んで俺の手を引いて駆け出した。 

 10年前に戻ったような気分だった。


「進もう!その先へ!」


 気づけば俺もつられて笑っていた。




 俺、若宮廉わかみやれん藤咲春乃ふじさきはるのと幼い頃から家族ぐるみの付き合いをしていた。

 俺の父が開いた研究室で俺の母と春乃の両親も共に研究をしていたためだ。

 記憶に残っている最も幼い春乃は、俺たちがまだ幼稚園児にもなっていないような頃の彼女で、確か『大きくなったら廉のお姫様になる』とか言っていた。当時は嬉しかったこと覚えている。

 本当に幸せだった。


 だが……その幸せは唐突に終わりを告げた。


 俺と春乃が小学生の高学年の頃のことだ。

 なんでも『魔法の正体』を確かめるための研究だとかで、俺たちの両親が研究所から帰れない日が増え始めた。

 日に日にその頻度は増していく中で、ある日、父からこんなことを言われた。


『しばらく帰れないから、今日からは春乃ちゃんと一緒にいなさい。それから研究所へは絶対に来るな』


 その日の、父の顔つきは見たこともないほどやつれていた。

 その日から、俺は春乃の家で寝泊まりすることにした。

 俺たちは2人で学校へ行き、食事を作り、眠った。

 だが、1ヶ月が経っても両親は帰ってこなかった。

 

 こらえきれなかった俺たちは言いつけを破って研究所へ行った。の扉を開けるとそこで、地獄のような景色を目にした。



 俺たちの両親4人が並んで首を吊って死んでいたのだ。



 この世の全てが崩れ去るような衝撃に、春乃と俺はわんわん泣き叫んだ。

ゆめうつつかそれすらもおぼつかないままに、ただひたすらに世界へ何かを訴えようとしていた。そしてお互いに抱きしめ合って慰めあった。


 そのとき死体がまだ新しかったことをやけに鮮明に覚えている。




 そして今日、俺たちは彼らと同じ実験をする。

 俺と春乃と凛は、の中で妖しく輝くカプセルを取り囲んだ。

 



 世界はとっくにこの街を中心に壊れ始めていた……

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