第57話
穀物茶を淹れ終え、エンドレキサは長椅子にいるトールの隣に腰を下ろした。
「なんなんすか、何がおかしいんすか、もう!」
この『灰色頭巾』!と言って、まだ笑っているトールの二の腕を打っている。てかその言い方だと、やっぱ完全に悪口だよねそれ?
アレドレキと密偵三人は、卓について和やかに話している。そして俺たちは卓の反対側の窓辺に固まっていて、てんでばらばらの状況だ。なぜといえば、今日約束した顔ぶれがまだ揃っていなかったからである。
そしてその待ち人は、外への出口ではなく、この部屋の奥の扉から現れた。
「皆揃っておるようじゃな。待たせたの」
シバラがヴァンネーネンを引き連れて入ってくる。この醸造場の建物そのものは人族仕様に作られているので、エルフとしては小柄な方といえどシバラには窮屈そうだ。
二人に着席を促して、俺は皆を見渡せる位置に移動した。
「さてじゃあ……話を始めるか」
こうして眺めると、今回の件の関係者全員が一堂に会している様子は壮観だ。
「まず、大なり小なり、皆に世話をかけた礼を言わなけりゃな。特に、まだ言っていなかった面々、俺の目付役って以上に色々してくれたヴァンネーネン。きみがいなかったら危ない場面は多々あった。ありがとう」
旅の間よりも軽装でこざっぱりした格好のヴァンネーネンは、いつもの澄まし顔で俺を見て、どういたしまして、と頷いた。
彼女はシバラが俺の修復作業を始めた段階で目付役の任を解かれ、今はギヌー付きに戻ったらしい。今日はこの集まりに立ち会ってギヌーに報告するために来ている。
「あとはバンフレッフ、あんたは……」
ここまで言って少し考える。
このおっさんにさほど世話になった覚えはないかもしれん。
「えーと、賑やかし担当ありがとう……?」
「もっとあったであろう?!」
「そうだっけ……あ、俺の剣を弁償してくれる件、あとで話を詰めさせてくれ。それから、俺のいない間、宿に護衛として滞在してくれたオリガとマイア」
彼女らも特に以前と変わったところは見られない。フィンルーイからは、人質に取られるという最悪の出会い方をしたものの、俺たちの出発後は特に暴れる様子もなく、二人は宿屋に馴染んでいたと聞いている。
「留守を守ってくれてありがとう。ルルネも君らに懐いたことだし、今後も敵対しないでいられることを願うよ。で、だ……」
バンフレッフが何やらぼやいているのが聞こえるが、放っておこう。
「このギヌー教会の新拠点、ルエル村麦酒醸造場のことだが……」
「ルエル村?」
なぜかトールが首を傾げている。
「えと、それどこの話?」
「……ここだよ。おまえアレだな?二ヶ月も住んでたのに、村の名前を知らなかったんだな?」
「えっ、えー。ここってそういう名前なんだ。誰も口に出さないもん、知るわけねーじゃん」
「覚えられて良かったな。で、ここのことだ。実態というか発端は、俺の治療に都合がいいってんで、シバラが村に住むことになった件だ。シバラにはエルフの監視がつく。それらの事情を人族の目から隠すために、ギヌーがこの場所を買い上げて、教会の拠点とした」
ほとんどは、この場の面々には既に周知の話だ。なんで俺が仕切ってるのかわからなくなってきた。
「でまあ、何の事業をやるかは教会の勝手だし、村の不利益にさえならなきゃ、俺も関知しない。そこで……バンフレッフ、あんたの要件てのが、それに乗っかりたい、とこうだな?」
口に出すとますます、何で俺がそれを取り持ってやらねばならんのか、という気分が強くなる。
しかし、さもなければ宿屋にバンフレッフの部下を常駐させるというのだから、紹介してやるほかない。そんな堂々と居座る密偵あるか?今日ギンニール姉妹を引き連れて来ているのも、要求が通らなければ軽くひと暴れ、という腹づもりなのかと疑いたくなる。
「乗っかりたい、とは随分な言いようであるが……我が君がこの村の事情を鑑みて、監視を置くようご下命なさったのだ。本来であれば、移住者を装って隠密に住まわせるところ。しかし教会が人手のいる事業を始めるならば、そこに加わるのが人目にも自然であろう」
「だ、そうだ。ヴァンネーネンもアレドも、それぞれ話を持ち帰って判断待つ感じになるよな?」
二人から肯定の返事がある。
「ぜひよろしくお頼み申す。我らとて、任務にあたり民の秩序を乱さずに済むのなら、それに越したことはないのでな」
予定どおりに話がまとまったところで、エンドレキサが立ち上がった。
「では!後ろ暗い密談も終了したところで!今日の本来の目的に入らせてもらうっす!」
よそ行きの口調は諦めたのか、いつもの口調で朗らかに宣言すると、彼女は外に繋がる扉を押し開けた。
「やっと入れてもらえたー!おじちゃん、寒かったよー!」
「こらルルネ!もう、皆さん、お邪魔しますね」
「あらあら、立派なお方ばかりで気後れするわねえ」
人族中年男性に偽装したシバラの力鎧に先導されて、宿屋の三人が入ってきた。力鎧の背には荷物を満載した背負子があり、フィンルーイとテルミエルはそれぞれ覆いをかけた籠を持っている。
エンドレキサは部屋の中心の卓に三人を案内して、俺たちを手招いた。
「さあさあ、皆さんも宴会の準備を手伝ってくださいよ。やればやるだけ早く飲めるんすからね!」
……つまり今日の本題とは、これである。
あまりにも顔ぶれが濃いので心配していたが、宴は思いのほか和やかなものになった。
いやまあさすがに、ルルネはじめ宿屋の家族のいるところでおかしな振る舞いをしない程度の常識がある面々なのはわかっていたが。
「あんた、一回死んで生き返ったって言うけど」
麦酒のおかわりを樽から注いでいると、オリガが横から自分の杯を差し出してきた。
「あたしのも!」
自分の分を横に置き、オリガの杯を満たしてやる。
「はいよ。……完全に死んだわけじゃねえよ。そうなりかけたってだけだ。おかげで、君らの目的だったエルフの剣は、機能を失った」
「人族の手に余る巨大な力は、もう存在しない、というわけね?」
マイアもやってきて、オリガと二人で俺を左右から挟んで立つ。前にも思ったが、何だろうなこの立ち位置。ヴァンネーネンとトールはこれを見て「もてもてだ」などと言うが、絶対にそんなものじゃない。密偵としての何らかの作戦だと思う。
「結論としてはそうだ。剣自体はまだある。しかし詳細は省くが、もう特別な力はない。俺の魂だの記憶だのが保管されている器というだけだ」
その辺りのことはバンフレッフが王にも報告しているから、この二人だって知っているはずだ。
「あんた自身は何か変わったようにゃ見えないし、すぐには信じられないような話だけど。ま、今後はあんた個人への監視は、ひとまずは行動の把握程度になるよ。よかったね?」
「代わりに故郷に密偵が常駐するわけだから、落ち着かねえのは変わらんぞ」
「そんなに心配しなくても、今のあなたの実家に手を出すような度胸はどの勢力にもないと思うわよ。ここ二か月シバラ様が頻繁に出入りしていたんだから」
本当にそうであれば安心だが、俺自身は春になればまた旅に出る身だ。この村に俺とトールが食っていけるほど冒険者の仕事はないし、隣村との件だって十年近く経っても禍根が消えたわけではないのだ。
「あたしたちも、また別の土地での任務さ。冒険者としての名声だってまだまだ上げなきゃならないしね」
「そうか。俺は俺で地道にやっていくよ。今後はそうそう関わりになる機会もないだろう」
そもそも都で名の売れている冒険者と関わるような仕事なんぞ、一人じゃまず受けないからな。いや今は二人だが、実質駆け出しの奴を連れてそんな無茶はしない。
「そうねえ。祈るしかないわね、あなたの『凶運』に。でもこの二つ名で調べると、なかなか興味深い経歴が出てくるらしいじゃない?いつか正面から殺し合うのも面白そうだし、ちゃんと相棒を鍛えておいてね」
おっとりと優しい口調で危ないことを言うものだから、口に含んでいた麦酒を吹き出しそうになる。
「……あのな、俺はそもそも人族は管轄外。小物の怪物相手がせいぜいの、しがない末端冒険者なんだよ」
「はん、なに甘っちょろいこと言ってるんだ、『エルフ殺し』。呼び名に相応しい在り方を身につけなけりゃ、今度はあんたがその名に殺される羽目になるよ」
柔らかい顔立ちと物腰に反して戦闘狂みたいな発言をするマイアとは逆に、オリガは口調はきついが言葉の内容は親切といってよかった。
「忠告、肝に銘じておく」
そうしな、と言って、オリガはマイアの腕をひいて離れていった。それを捕まえたルルネが、何か一生懸命に話している。ああしていると、見た目は可愛げがあるんだがなあ、あの二人。
「どうして飲み会なの?」
俺が一人になったのを見計らったみたいに話しかけてきたのは、今日は平服で武器も持っていないヴァンネーネンだ。
彼女と会うのは、俺の目が覚めてからはこれが最初だ。俺の認識では三日ぶり、この子にとっては二か月ぶり。
「いやさ、ムニンが出てきたときに、報酬の残りだって放ってきた金があるだろ」
間に色々ありすぎて忘れていたが、ニルレイで依頼されたミゴー探しの報酬の半金を、あの状況でわざわざ出してきたのだ、ムニンは。
「あれなあ、目が覚めた後にシバラが俺にくれたんだよ。確かに約束していた分ではあるんだが、俺がムニンを殺しちまってる事実とか、ああいう事態に色んな奴巻き込んでるのを思うと、ただ受け取るのもどうかって気になってだな……」
「それで宴会?」
「まあ、そんなとこだ」
今日の料理の用意と酒の調達を頼んだテルミエルには俺から費用と報酬を出しているし、宿屋の宿泊費もこの二か月と春までの分をフィンルーイに少し多めに支払った。
その他、装備や携行品の手入れと補充を村の職人や商店に依頼して旅の準備を整えれば、おそらく手元に残るのはニルレイまでの路銀程度になるはずだ。
「後生大事に持ってるもんでもない気がしたんでな。迷惑かけた村への還元がてら、ぱあっと使っちまうことにした」
「そうですか。……ジャスレイさんってほんと、損な性分だなあって思います」
「そうかな?」
「別に黙って貰っちゃっても、何か言われるなんてこと、ないんじゃないかな。教会への借金だってまだあるんでしょ?」
「借金じゃない、月賦」
「同じだと思う……」
見栄くらい張らせてほしい。
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