第56話

「ああ、じゃあ結局、ここの代表はあんたじゃないのか」

「その通り。私とエンドレキサは施設の修繕と拠点立ち上げの監督として滞在しているのだ。代表に就任するのは、本部から派遣されてきた者になるだろう」

「人族なんだよな?」

「もちろん。辺境の村ゆえ、ここの社会に溶け込める人柄の者が選出されるだろうから、安心されよ」

 薄めた葡萄酒をあたためたもので喉を潤しながら、俺たちは近況について情報を交換した。

 アレドレキと、例の冒険者のが趣味の神官エンドレキサがここにいるのは、トールからも聞いていた。

「シバラにエルフの監視がつく話は、別に常時ギヌーさんとか誰かが張り付いてるってことじゃないらしいね。オレたちは詳しい内容までは教えてもらえないけど、魔法であれやこれやするんだってさ」

 トールがそのあと語った話は曖昧だったが、俺が今日までに知った事情を要約すると大体次のようなことになる。

 シバラはこの醸造場に居を構えた。とは言ってもそれは地上の建物ではない。彼女の庵の研究室のような、魔法で作った別の空間に住まい、そこへ繋がる扉を醸造場に置いているという意味だ。

 ギヌーによる監視とは具体的には、その扉が起点になっていて、シバラや他の者がそこを通過するたびに記録が取られる。さらにシバラが扉から出た場合は、追跡の魔法がかけられるように設定されているのだそうだ。

 シバラの現在の住まいは、彼女本人でさえも扉を通らないと出入りできない仕様になっていて、転移の魔法で姿をくらますことは不可能であるらしい。

「私がシバラ様について把握している事情も大体同様だ。ここへ我が教会の支部を置くのは、つまるところシバラ様がお住まいになる真の理由から人族の目を逸らすためというわけだ」

 その流れで、新事業として麦酒を造ろうという発想になるのはよくわからんが。

「対外的には、シバラがここにいるのはギヌーさんの客人として、休暇を過ごしてるってになるみたいだよ」

 どう考えても無理のある言い訳だよなー、とトールが笑う。

「まあそこらへんは、エルフたちの事情だから口を出しようがねえ。俺の治療をしてもらった恩義もあるしな」

「そうだ、私もギヌー様から概要しか聞いておらんのだが、『凶運』どのは何やら難しい体になったのだとか?」

 難しい体って。間違ってはいないが何か妙な言い回しだな。

「アスリ、来い」

 つぶやくと手のひらに合意剣が現れた。

「どうかした?」

 アスリの尋ねる声がする。

「おお、こちらが……」

 感銘を受けたような様子でアレドレキが立ち上がって、俺の方を覗き込む。

「こいつが、俺と、あんたたちギヌー教会の今のややこしい状況の原因になったものだよ」


 アレドレキは恭しくアスリに挨拶をし、アスリはどことなく尊大な感じで答礼した。相手に求められていることがわかっている感のある反応するんだよなあ……。

 色々機能を失ったという割には、アスリは相変わらず、シバラ言うところの生前の面影を保っている。

 実際のところアスリに現在残っているのは、会話と俺の体内に収納する機能だけだ。

 剣本体には、俺の記憶と魂の他に、おそらくかつて剣によって処刑されたエルフたちの記憶の残滓も保存されている。しかし俺は俺の記憶にしか触れられないし、アスリにもいにしえのエルフの記憶を取り出すことはもうできない。

 ついでに言えば、俺の脳内を覗く機能は無くなったので、呼べば返事をするが、もう彼女が勝手に喋りはじめることはないのだ。

「此度の件についてはエンドレキサが迷惑をかけたようだな。あの娘は神官の中でも見どころがある方なのだが、なにぶん例のがな」

 そういえば俺たちの周囲を権力者の密偵がうろつくようになったのは、エンドレキサに事情を話したのが発端だ。武器の代金を月賦にした引き換えに、教会の宣伝をせねばならず、しかもそれは今後も続くのだ。端的に言って辛い。

「アレド様あ、今日はもう限界、閉店っす」

 噂をすれば、当のエンドレキサが疲労困憊の様子で扉から入ってきた。

「よう」

「あっ!あんたら、来てたっすか!やっと生き返ったんすね?新しい二つ名について意見を聞きたかったんすよ!」

「全然懲りてないじゃねえか……」


「今考えてるのが『エルフの剣』と『復活者』ってのなんすけど」

「やめろやめろ、却下だ」

 エンドレキサはこの修繕現場からニルレイまで、職人や資材の転移魔法での移送を担当している。今は今日の仕事を終えた職人たちを送り届けて戻ってきたところらしい。最初ここの修繕について聞かされた時は、こんな現場があるのに宿がガラガラなのはどうしたわけだと思ったものだが、これも経費節減の一環なのだとか。

「『エルフ殺し』とどっちがマシかな?」

 にやにやしながら言うトールは、ぐったりしつつも口だけは元気なエンドレキサに、棚から陶製の杯を出し、かまどの薬罐をおろして葡萄酒を注いでやっている。

「どれもごめんだ。というか二つ名なんて自然発生的に呼ばれるようになるもので、考えて決めるのは違うんじゃねえのか」

「わかってないすねえ。はじめに言い出した誰かがいるに決まってるじゃないすか。それとも、実は『凶運』が気に入ってるとか?」

「んなわけあるかよ……」

 この調子であれこれ吹聴されると、また人族の権力者から目をつけられる羽目になりかねない。とりあえずはなんとかエンドレキサを思いとどまらせねば。

「まあどっちにしても、この醸造場、ひいては我がギヌー教会ニルレイ拠点の成功のために、使えるものはなんでも使っていく所存っす。とりあえずは、ここを『エルフの剣』ジャスレイの故郷として宣伝して、冒険者の功績収集家向けに、あんたら二人の絵姿や絵物語を作ってですね……」

「は、はあっ?!」

 絵姿?絵物語?

「やべーよなその案。オレ教会の武器、ここしばらく実戦で使ってねえんだけどなー」

「訓練はしてたんだろ……いや、そうじゃなくて、なんだその絵姿とかって」

「知らないんすか?有名冒険者や売れっ子の吟遊詩人、役者に歌劇の歌手、とにかく著名人を絵姿にするのが都で大流行なんす。老いも若きも贔屓の絵姿をこぞって買うってんで、当たれば大きい事業っすよ!」

 いや、俺の絵姿とかどう考えても売れないだろ。ギヌー教会が損失出すのは勝手だが、俺を巻き込むのはやめてほしい。

「エンドレキサよ、絵姿は当人の許可が出れば作っても良いとの条件であったはず。『凶運』どのは乗り気でないようだぞ」

「むしろなんで俺が許可すると思ったんだよ。絶対に嫌だからな」

 アレドレキが助け船を出してくれたので、遠慮なくそれに乗ることにした。

「オレもそういうのは気が向かねえなー。有名になるのって、なんかめんどくさそうだもん。そうでなくても、あちこちから監視されてるらしいしオレたち」

 トールは窓辺に置かれた長椅子に腰を下ろし、突き上げ窓から外に目線をやった。少しだけ開けてある窓からはひんやりした風が吹き込んでいる。

「ってわけだ。絵姿は諦めてくれ。……そうだ、有名人がいいなら、これから来る奴らはどうなんだよ?もう誰かが作ってるかも知れないが、その手の商品はどうせ、原画を変えたりして何種類も出すんだろう」

「ちょうど噂の三人が着いたみたいだし、聞いてみれば?」

 窓の外に向かって手を振っていたトールがこちらを向いたと同時、扉が外から叩かれた。

「失礼する。こちらがギヌー教会の新しい拠点ですかな?」

 開いた扉から顔を出したのはバンフレッフだ。続いて、オリガとマイアのギンニール姉妹も入ってきた。

 予定していた顔ぶれとは言え、なんて濃い面子なんだ。

「やあこれはバンフレッフどの、その後、息災でしたかな」

「アレドレキどの。いつぞやは我が郎党が世話になったな。こんなところで繋がっていようとは、人族社会も存外狭いものであるな」

 血袋鼠の依頼の際にアレドが待ち合わせに遅れたのは前の仕事が長引いたせいなのだが、なんとその依頼主がバンフレッフだったのだ。

 このことはトールからあらかじめ聞いてはいたのだが、おっさん二人が親しげに話す様子を見ても、まだ嘘みたいに思える。

「皆さま、どうぞお座りなさいませ。温かい飲み物などご用意いたしますので」

 バンフレッフが姉妹の紹介などをし終えたところで、エンドレキサがよそ行きの口調で皆を促す。三人が入ってきたあたりから口をムズムズさせていたトールは、そこでついに盛大に吹き出したのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る