第55話

「つまり、君を無理矢理でも、なんとかして起こす必要があった。その結論が出れば、話は簡単さ」

 アスリが言う。

「ちょうど、シバラは合意剣の破棄を改めて命じられたからね。エルフを殺すための機能を構成していた分を全て君の魂の補完に回してしまえば、合意剣はもはやエルフにとって脅威ではなくなる。つまりどちらにとっても都合のいいことだったんだ」

 その案はエルフの間でも承認され、シバラとアスリによって俺の修復作業が行われた。

「ただやはり、全くこれまで通りとはいかぬ。そなたは今、魂の力も記憶も、肉体ではなく合意剣に保存されておるのだ」

 それ、そうして表に剣を出している状態だが、と剣を指すシバラ。

「もしも剣が破壊されれば、そなたの魂も失われる。つまり人族としての死ぞ。今度こそ回復する手段はないから、ゆめ気をつけることじゃな」

「戻れアスリ」

 慌てて剣を引っ掴み、言葉と共に体内に収納する。

「そういう大事なことは早めに言っておいてくれよ……」

 まさか自分の心臓を取り出しているようなものだったとは。

「なんじゃ、肝が据わらぬやつよ。怯えずとも、エルフの作った剣を人族の手で破壊する方法なぞ、そうそうありはせぬよ」

「そうかもしれんが、だからって落ち着けるかよ」

 冷えた背筋に震えながら言う俺を、シバラは面白そうに見ている。

「ちなみに肉体の死を迎えた場合は、合意剣はその場に残る。君の意識や自我は、肉体という表出のための道具がなくなると、やはり失われるはずさ」

 つまりそれって。

「要するに、急所を取り出せるようになったこと以外、普通の人族とそんなに変わらないんじゃねーの?」

 まとめたのはトールだったが、俺もちょうど同じ結論に至ったところだ。合意剣を手放す選択肢は完全に潰えたが、代わりにエルフを殺す手段を持っている状況からは解放された……ということだ。その解釈で間違ってないよな?

「そんな風に簡単に言われると複雑なんだよなあ。ほんと、僕とシバラはかなり苦労して君を助けたんだからね?」

「そこは感謝してる。どうせ、俺を捨て置いて剣を破壊せよなんて言い出すエルフもいたんだろ?」

 エルフのその感覚はバーラの件で体験済みだからな。

「わかっておるではないか。此度の件の原因をつくった儂の意見は『里』ではもはや通らぬ。技術的な問題の解決は儂とアスリが受け持ったが、そなたを生かす判断が下されたのは、ギヌーとミゴーの尽力あってのものよ」

 人族を命あるものとして扱ってくれるエルフはおそらく少数派だ。あの二人にはいつか礼を言わねばならない。

 彼らにとって軽い命でも、俺には一つきり、他の人族だってそうだ。

 いつのまにか膝の上で寝息をたてているルルネのつむじを見ながら、俺は生き残れたことをようやく実感した。


 ひゅうひゅうと風が巻く中、枯れ色に変わった草地を歩いていく。

 村を背に、ルーランスンの森とは反対に位置する小高い丘を、トールと二人登っている。前を行く若者に遅れをとるわけでもなく、俺の歩みは軽快だ。

 目が覚めてから三日が経過し、平常通りの生活に戻って良いというシバラのお墨付きももらった。

 普通、二か月も寝たきりでは足も体も萎えてしまう。そうならずに済んだのは、修復の間、シバラが俺の生命活動とやらを凍結していたからだそうだ。

「本当になんでもありだねエルフってやつは」

「なんか言ったー?」

「いや……なんでもねえよ」

 周囲にさえぎるものがないために風を直に受ける羽目になっている。五歩分ほど前を行くトールには俺のつぶやきはよく聞こえなかったようだ。

「なんてー?!」

「なんでもねえよ!」

 怒鳴り返す俺にトールは何がツボに入ったのかケラケラ笑った。

 俺の意識のない間、トールはすっかり宿屋に馴染んで、ルルネの兄のように暮らしていたらしい。

 シバラの庵での事件の後、『湖』のエルフたちが中心になって事態の収束を図ったのだが、俺の身柄をどうするかについては多少意見が分かれたそうだ。

 シバラは自分の研究室のある庵で作業することを希望した。だが彼女自身も言っていたとおり既に同族に対して意見を通せる立場にはなくなっている。

 まずムニンを失った『山』のエルフたちは、意識不明の俺を含む今回の件に関わった人族の引き渡しを要求してきたが、それは却下となった。人族に非がないという判断は、簡易的ではあるが裁定の場が設けられた上での正式決定なのだ。

 そこからギヌーとミゴーが方々と交渉して、俺を修復すること及びシバラが作業を担当することの許可をもぎ取ってきたわけだ。

 ただし、シバラの住処は過去に蘇生に関する研究を行なっていた場所でもあるため、現在もまだ封鎖のうえ、内部の捜査が行われている。シバラ自身も自宅に帰ることすらできない状態にあり、作業場を別のところに設ける必要が出てきてしまったのだ。

 かといって『湖』や『山』では『里付き』以外の人族の滞在は基本的に歓迎されないし、シバラも居心地が悪い。

 そんな経緯で白羽の矢が立ったのが、俺の実家ともいえる宿屋だった。

 シバラは『湖』の監視がつくことを条件に、村に居を構え、宿屋に通って俺の修復にあたったというわけだ。

 故郷の村にエルフが定住しているというのは、なかなか希少な状況ではないかと思う……。

「あっ見えた!あそこだろ?!」

 トールが振り返って前方を指さす。

 その先に見える丘の上には、風防の立木が数本と、まばらに立ち並ぶいくつもの墓標があった。

 ここは、村の墓地だ。


 季節柄、手向ける花はない。

 俺は自分の両親、テルミエルの夫の墓と順に案内し、最後に少し離れたところにある、石の墓碑にトールを導いた。

「ここ……」

「イアストレが眠っている」

 平たい方形に切り出された簡素な墓石には、名前だけが彫られている。

「あいつの故郷について、俺は聞いたことなかったんだ。埋葬はここにするにしても、もし家族がどこかにいるなら、遺品や遺髪くらいは届けてやりたかったんだがな……」

 それなりの年月一緒にいたのに、イアストレは冒険者になる前のことを語らなかった。話したくなかったのか、単に機会がなかったのかはわからない。

「イアストレ、って珍しい名前なの?」

「ん、どうかな……そもそも平民は、姓を名乗らない代わりにやや長めの名前をつけるんだが、少なくとも知人やら親戚とはかぶらねえようにするよ」

 この村くらいの規模なら村人全員、互いに知己でなくとも名前くらいは聞いたことがあるはずなので、その辺は配慮する。

「てことはさ、これからジャスが初めての土地に行ったら、あんたと同い年くらいのイアストレさんが昔いなかったか、聞けばいいんじゃね?」

 墓前にしゃがみ込んで、何やら両手のひらを合わせるしぐさをしていたトールが俺を見上げて言う。

「それはやったことなかったな」

「ならやろうぜ!オレが覚えててやるから」

 俺たちは、療養というか様子見と冬越しを兼ねて春まで村に滞在するが、そのあとはまたニルレイに戻ることを決めていた。当然、仕事の中心はニルレイになる。だがそれなりに周辺の村々もまわるだろうし、時には他の土地に赴くことだってあるはずだ。

「それも良いかもな……」

 ルルネにとっての、父方の祖父母がまだ生きている可能性は十分ある。縁があれば出会い、孫の存在を伝えられるだろう。

「じゃあ、そろそろ戻るか。待たせるのも悪いしな」


 丘を下って村の外れに向かうと、俺がガキの頃に廃業した古い醸造場がある。

 そこは長いこと廃屋だったが、ごく最近になって買い手がついて、今は修繕の真っ最中だ。

 大工仕事をしている職人たちの間を通って、敷地内のいくつかある施設のうち、昔は造った麦酒を売りつつ小さな酒場もやっていた建屋に着く。ここは修繕を終えていて、真新しい木材で作り直された扉を叩いてから押し開ける。

「邪魔するぞ」

 中を覗き込むと、資材と生活用品で雑然としてはいるが、一応、簡素な円卓や椅子が置かれた広めの部屋になっている。

「おお、『凶運』どのではないか!」

 こちらを見て立ち上がった背の高い男は、アレドレキだった。

「どうも、久しぶり」

 この場所を買ったのは、シバラの監視を引き受けたギヌーなのだ。そしてギヌー教会ニルレイ拠点が、新事業として今後ここで麦酒の醸造をはじめるのだとか。

 ……俺の故郷はどんどんややこしいことになっている。

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