第27話
「しかしだ……吾輩、ジャスレイどのの振る舞いに、どうにも理解できぬ部分があるのだが」
昼食を終えて、出発のため各自装備の確認などをしていると、バンフレッフがそんなことを言い出した。
「どの部分だ?」
ここから先、数日は村に戻らない予定なので荷物は多い。ヴァンネーネン以外の男三人はテルミエルの夫の持ち物だった
「そもそも、なぜエルフの剣のことを口外したのだ?ギヌー教会の娘がそなたのことを吟じたとき、酒場には我が配下がおったのだ。あれさえなければ、弟子どもにそなたを追わせることもなかったかもしれぬぞ。少なくとも、こんなにすぐにはな」
「金がないからだよ……」
まったく痛いところを突いてくれる。
「あ、あー、ていうかそれ、オレのせいなんだ、バンフレッフさん。オレの装備をギヌー教会から買ったときに金が足りなくて、月賦にしてもらう条件だったんだけど」
さっぱりわからぬ、と首を傾げるバンフレッフ。
「このお二人が名を上げるのが、トールさんの武器を作ったギヌー教会の宣伝になる、ってことみたいですよ。確かに『エルフ殺し』の二つ名が本当なら、冒険者としては脚光を浴びる存在になるんでしょうけど」
実態を見ると正直……とヴァンネーネンは言葉を濁した。正直なんだってんだ。いっそはっきり言ってくれ。
「多少話が広まったところで、ニルレイでも俺の顔まで分かるやつはそんなにいない。元々たいして名が売れてるわけじゃなかったしな。それに『エルフ殺し』なんて誰が信じる?誇大妄想の与太話か、売名のための脚色だって思うだろ」
真に受ける奴がいて追手がかかることについては、全く想定してなかったわけではない。しかしメドリーニ王以外の勢力も密偵を寄越している件を聞いて、さすがに考えが甘かったと思い知った。
「吾輩はそなたの前後の動きから、信憑性ありと判断したのだ。『湖付き』のお嬢さんを伴ってニルレイに戻った点も大きい」
そうは言っても、ヴァンネーネンは見た目で一般の人族冒険者と何か違うわけではない。それが『湖付き』と看破されているのは、やはり似たような立場同士ということなのだろう。
昼食休憩を取った場所から奥は、俺も未知の領域だ。ここから先は村人は立ち入らない。当然、目印もなければ道もない。
「一応確認したいんだが、誰か方角認識系の魔法が使えるか?」
これには全員が首を振った。
方角認識系の魔法とは、色々種類はあるが、大きくまとめれば自分がどこから来てどこへ向かうのか、それらの感覚を鋭くする魔法全般をいう。つまり、このルーランスンの森の奥のような、人族の手が入っていないような場所でも迷わなくなる。
「実はそれ、気になってました。ここまでは村の人たちの拓いた道がありましたけど、奥に向かうなら、漫然と歩いていたら遭難します」
「ああ。まあ……方角認識よりは面倒な方法になるが、多少の心得はある」
雑嚢を探り、麻布の小袋を取り出した。中には、素材も大きさもバラバラの雑多な釘が詰められている。
「うわ。また珍しい魔法の使い方しますね」
俺の手元を見たたけで、ヴァンネーネンは何をしようとしているのかわかったらしい。器用貧乏ってつぶやいたの、聞こえてるからな。
「うーん、二十もあれば足りるか」
目分量で釘を掴み取り、手のひらにぱらりと広げる。軽く集中して魔法を練り上げ、それで準備は完了だ。
「えっ何?今何したの」
「まあ見てろ」
事情のわかっていないトールにそう言い置いて、広場の際で下草をかき分ける。拳大の石を見つけると、それを使って大木の幹に釘を打ち込んだ。雨風で抜けない程度に刺さっていればいい。
「要するに追跡の魔法の応用っていうか……簡単にするほうの応用?って感じのものだ。これをかけておいた物品の位置を感知できる」
「あー、わかった。この釘が目印になるのか」
「そういうこと。まあ複数つけると区別つかないから、ある程度は自分の頭の中に地図を描いておかなけりゃならない。使い勝手は方角認識の方が断然いいよ」
複数人の一団であれば、役割分担として誰か一人が方角認識の魔法を覚える、ということも可能だろう。例によって単独であれこれしなければならなかった俺としては、追跡の魔法を応用してすませてきたわけだ。
準備が整ったので、いよいよ森に入る。
足場は悪いし、場所によっては文字通り藪を踏み分けて進まねばならないので、歩みは遅くなった。
先頭は、宿屋から借りてきた鉈を持った俺、続いてトール、ヴァンネーネン、バンフレッフの順で、並んではいるが速度を上げることができないので、自然、密集して歩くことになる。
「奥に進みながら、雨をしのげるような場所をいくつか見つけておこうと思ってるんだ。大袈裟なもんじゃなくても、良さそうな岩陰なんかがあるといいんだが」
小雨程度なら外套をかぶってしまえばいいが、強い雨が一日降るようなときは、体が冷えるし、足元も滑るので危険だ。ただ歩くだけならともかく、その状態で怪物と戦うような事態は避けたいので、休憩のできる場所の目星をつけておくのは大切だ。
「見つけたら声をかけるとしよう。ところで、この辺りの森は怪物はどんなものがおるのだったかな」
その程度の情報はバンフレッフであれば事前におさえていそうだが、トールや土地勘がないらしいヴァンネーネンもいるので、説明した方がいいだろう。……むしろそれを意識しての発言なのか?
「実は村人の行動範囲よりも奥のことは詳しくない。お恥ずかしい話だが、俺もどうやら村の掟にしっかり縛られてたんだよなあ……」
「出身地ですもんね……」
「なもんで、とりあえず、知っているものだけでも話しておこう。過去に現れて、被害のあった怪物についてだ」
行手を阻む枝やら蔓やらを打ち払いながら話すのはなかなか骨が折れそうだ。あとでトールに先頭を代わってもらおう。
「人喰花なんかは、年に一回くらいは退治の依頼が出る。とはいえあれは大体春頃に繁殖するはずだから、今時期はそうそう出会わないと思う」
「むしろ、ジャスレイさんは会えたら嬉しいんでしょう、あれ」
「んー、まあ、準備の上で対処できるならな」
「嬉しい?」
疑問を挟んだのはトールだ。
「儲かる」
「あ、わかった。なんかの材料になるとかなんだ」
「そうだ。獲物を幻覚でおびき寄せて、無抵抗のところをパクッとやる、ってヤツなんだが、対策さえしておけば難しい相手じゃない。それでいて、余すところなく売れる」
人族よりも大きく、脚を持ち、ゆっくりだが動き回る花だ。どの部分も薬の材料などになり、花弁や子房は特に高値がつく。
「なるほどね。そういうヤツで稼ぎたいねえ……」
「倒しても一人じゃたいして運べないし、もったいない思いをしてきたもんだが。おまえがいりゃ、かなりマシになるな。というかこの顔ぶれなら多少数がいても対処できるか……出てこねえかな、人喰花」
「……何しにここに来ているか忘れないでくださいね」
そんな話をしながら進んで、枝の張り出した大木と大きな岩のある場所を見つけた。
ここを雨宿りできる拠点として、位置把握用の釘も打ち込んでおく。
そして少し早いが、今夜はもう野営すると決める。
「今は森の中心を目指しているのか?」
太陽は真上からだいぶ傾いた位置にある。それを見上げてバンフレッフが言った。
「大体でしかないが、そうだ。森の周囲には他にもいくつか村がある。シバラがエルフとも人族とも関わりたくないなら、それら全てから遠い場所にいるんじゃないかと思ってな」
「順調にいったとして、何日くらい?」
尋ねたのはトールだ。
「そうだな、行くだけなら五日……そんなところか。ただ怪物も出るだろうし、できれば水場も見つけたい。そんなことをしながらだから、もっとかかるだろう」
森の中心に向かって見つからない場合は、他の方向に探索範囲を広げなければならない。そうなれば、食料の補給で村に戻る必要も出てくる。
「でも、ブレオンツ爺さんの言っていたことが事実なら、そんなに探し回らなくても、何かしら反応があると思うんだよな」
「確かに……あのお爺ちゃんが子供の頃に何日も歩くようなところまで行けたとは思えません。村の掟で定められた行動範囲にだって、ある程度の余裕を持たせてあるでしょうし」
「ジャスとネネちゃんが酒場で話を聞いてきたんだっけ?」
そういえば、ブレオンツ爺さんから聞き出したことについて、まだ話していなかったか。
「……なかなか興味深い話であるな。数十年前とはいえ、生き証人がいるならば、信憑性は高いと言えよう」
「実際、爺さんの怯えようは、真に迫ってはいたんだよな」
「てかさ、ウソならもっと、カッコつけた話になるんじゃね?見てもいない、ってのは逆にホントっぽい」
「忘れている部分もあるでしょうけど、話そのものは信用できると思います。だとするとお爺ちゃんは、お兄さんに連れられて森に入っただけで、本人は何もしていないんですよね。お兄さんの方が、何かシバラ様が出て来ざるを得ないような行動をとった可能性はあるんじゃないかな」
エルフの怒りを買うような行動か。
「エルフ相手に、あえて何かやらかして誘い出すような真似はしたくねえな……」
「うわ、ぜってーヤダ。怖すぎる」
トールは『湖』での滞在や実物との接触を経ても、エルフに対する恐怖は失っていないようだ。
最初の遭遇がヴーレだったせいだろうが、そこらへんの機微をいちいち教えなくて良かったのは都合がいい。冒険者でも駆け出しの奴にはたまにいるんだ、エルフの遺構に入り込もうとしてみたり、彼らの拠点に押し掛けようとしてみたり。
「そのエルフが森に踏み入ることすら許さないなら、すでにこちらの存在は承知しておろう。いずれにしても、奥に向かってみるしかあるまいよ」
もちろん異論はない。
その後は保存食で簡単に夕食を済ませて、眠る間の見張り順を決めて就寝した。夜行性の獣も怪物も出没せず、その夜は無事に更けていったのだった。
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