第26話

 トールの提案は検討に値するものである、とバンフレッフは判断したようだ。

 とはいえ、どう考えてもエルフが許可するわけがない、と皆思ったので、ヴァンネーネンが確認をとった。

 当然『湖』のギヌーは「何言ってんの?」というような反応だったらしい。しかし俺の身内が人質になっている件を伝えると、なんと許可が出たのだ。ざっくりまとめれば、エルフの返答は次のようなものだった。


 何かやらかせば潰しに行くので、理解の上なら構わない。そもそもシバラが使用登録者の変更に応じるかもわからないが、それでもよければ好きにしなさい。


 それを受けて、バンフレッフはトールの意見を採用したいと言った。


「シバラ様に会えるかは不明、使用者登録の解除や変更に応じてくださるかも不明、仮にそれらが上手くいって剣を持ち帰っても使えば破滅、使おうとしても破滅、持っているだけで人族の他の権力者や、正体不明のエルフの方に狙われる。良いことが何ひとつなさそうです。それでもいいなんて、ぜんぜん理解できない。」

 いつもの淡々とした調子で言うヴァンネーネン。

 三人の密偵のうち誰がシバラの合意剣の使用者登録を引き継ぐ役をやるのか。そんな話し合いが行われているのを横目に、俺たち三人と宿屋の家族は台所の反対側の隅に集まっていた。

「心情としちゃ完全に同意だが……まあ引き下がれはしねえだろうな」

「とりあえずジャスがつきまとわれるのを、なんとかしたくてさー……ここんちにもスゲー迷惑かけちゃってるし」

「トールくんはいい子ねえ。それに比べてジャス、あんたほんと、もう!」

「悪かったって……」

 フィンルーイが言葉にならないらしい不満を、俺の背中を叩いてぶつけてくる。彼女は女所帯の大黒柱として力仕事でも何でもやるので、それなりに力が強い。割と本気で痛いのだが、宿屋にかけた迷惑を思うと何も言えない。

 テルミエルとルルネはさすがに疲れた様子だ。本当はルルネだけでも寝かせてやりたかったが、目の届かない寝室に行かせるわけにもいかず、今は俺の膝の上でうとうとしている。

 しかし、予定とかなり違う展開ではあったが、彼女らが危害を加えられる懸念がひとまずなくなり、やっと息ができるような気分だった。俺はフィンルーイたちを人質に取られて、自分で思っていた以上に冷静さを失っていたのだ。

 バンフレッフは、彼とギンニール姉妹のうち、使用者登録を引き継がない二人は護衛として宿に残ろうと申し出た。信用できるかは甚だ疑問だ。しかし、他の権力者が送り込んできている密偵の存在を考えると、それを受けざるを得なかった。

 要求を飲むどころか上回る条件を提示したのだから当然だが、護衛は無報酬で良いし、なんなら宿代も払ってくれるらしい。それでようやくフィンルーイが手を打っても良い、と答えたので、誰が俺たちと森に行くか決まるのを待っているわけだ。


「では、しばらくの間よろしく頼むぞ、お三方」

 なんとなく予想はしていたが、シバラの合意剣の使用登録者を交代する要員はバンフレッフに決まった。それ自体はいいが、宿に残るのがギンニール姉妹なのは不安だ。猛犬が放し飼いになっているようなものじゃないか。

「おい、今なにか失礼なこと考えてるだろ」

 そんなに顔に出したつもりはないが、オリガが敏感に反応して噛み付いてきた。そういうところだぞ。

「心配しなくてもいいわよ。ここにいる間は、私たちバンフ様の指示なしには動かないもの」

「その通り。弟子どもよ、くれぐれも、フィンルーイどの一家を頼むぞ。吾輩の指示がない限り危害を加えてはならぬ。不審な者の接近があった場合はマイアの判断で処理せよ。わかったか?」

 バンフレッフのところどころ不穏な指示に、オリガとマイアはそれぞれ了解の返事をした。

「とりあえず、このお嬢さんたちは、暫定的には味方で用心棒って考えていいわけね?」

 フィンルーイが俺に向かって尋ねる。

「そういうことみたいだな。悪いんだが、今晩は俺たちも泊まっていいか?費用は払うから」

「いいわよ、どうせ今晩は客もなかったし。そのかわり何のお構いもできないけど」

 文句などあるわけがない。


 翌日早朝、例によってテルミエルに色々持たされ、またしても宿代を受け取ってもらえないまま送り出された。フィンルーイには、ギンニール姉妹の分の代金はしっかり取るように頼んできたが……

「それにしても本当にこの森に、その剣の製作者が居るのか?」

「まあエルフがここまでは足取りが追えてると言うんだから、そうなんだろう。だが同族との接触を拒んで引きこもってるらしいからな。くどいようだが、俺は会えるなんて保証は一切していないのを忘れないでくれよ」

 バンフレッフの問いに、再三説明したことをもう一度念押しする。

 俺とトール、ヴァンネーネンにバンフレッフを加えた一行は、まだ森のごく浅い場所、村人の行動範囲の中を注意深く進んでいるところだ。

「さすがにそれはわきまえておるよ。エルフに対してそこまで強気に出られるとも思っておらぬ」

「ならいいんだが。こちらとしても国だの王朝だのが滅びるのは、生活への影響がでかいもんでね」

 王だの領主だの、普段は一介の冒険者には遠い話のようにも思えるが、政の乱れは民衆の生活に直結する。民が貧しくなれば、街や村の人々の依頼で成り立っている冒険者稼業はまともに煽りを受けるのだ。

 この国ではもう長いこと大きな戦はなかった。ニルレイの街近辺ならば国境沿いの小競り合いの話が聞こえてくる程度だ。それは得難い幸福で、エルフを殺せる武器なんていうもののために失うのはあまりに馬鹿馬鹿しいと俺は思う。


 ヴァンネーネンの魔法で村人との鉢合わせを回避したりしながら森を進み、昼頃には前回の探索時に引き返した位置まで戻ってきた。

「村人が立ち入るのは大体この辺りまでだ。これより奥は禁足地って扱いだな」

 一際大きな、樹齢の古そうな木の周りに、ちょっとした開けた場所がある。木には縄がかけられていて、鳥の羽だの、鹿の角を削ったものだのが飾り付けられている。意味深な装飾だが、単にこれ以上奥に行ってはならないという目印だ。

「実際には普段の狩でここまで来る者はいないはずだ。奥に進む前に、腹ごしらえしていこう」

 早朝から歩き詰めで、そろそろ腹も減った頃だ。他の皆も異論なく、木の周りに座り込む。

「本当にテルミエルどのは料理名人であるなあ。これを毎日食べられるなら留守居も悪くないと思ったのだが」

 昼用に、と持たされた弁当は、薄焼きの小麦粉の生地で燻製肉と香草、酢漬の瓜を巻いたものだ。それが一人に一包み、他に林檎もある。水筒には葡萄酒もつめてもらった。

「それは上手くないだろう。ギンニール姉妹、あの二人は一緒に行動する前提で鍛えてあるんじゃないのか?」

 どちらか一人だけ連れてきても、本領発揮できるとは思えない。

「鋭いことを言いおる。恥ずかしい話だが、あれらは色々な意味で一人にしておくのは危険でな。期待もあるが、扱いに迷うこともある」

 だろうなあ……密偵としては人格面で難がありすぎる。

「あのさー……今聞くのもヘンかもしれないけど」

 弁当に夢中になっているように見えたトールが、遠慮がちに声を上げた。

「マイアたちが持っていったジャスの剣、あれどーなったの?」

 あっ。

「そうだよ!忘れてた!バンフレッフどの、こないだギンニール姉妹が持っていったのは鍛冶屋で買ったただの剣だ。あれは今どこにあるんだよ?!」

 いくらここのところ剣を使うような状況にならなかったからといって、丸腰に慣れすぎだろう俺。

「あれか?折れたぞ」

 えっ。

「は?折れた?!……折れたって?!」

「ええ……ど、どうしてそんなことに」

 衝撃でろくに言葉の出ない俺に代わってトールが尋ねる。

「どこからどう見ても、安物の剣にしか見えなかったものでな。負荷を与えてみたり、魔法を使ってみたりと、あれこれやっているうちにポキリとな。まあそれで騙されたことがはっきりして、こうして追ってきたわけである」

 バンフレッフが燻製肉巻きを頬張りながらこともなげに言った。

「安物で悪かったな畜生!くそッ、あれでも苦労してやっと借金払いが終わったところなんだぞ!」

「情報にあっても半信半疑だったのだが……ジャスレイどのは結構本気で困窮しておられるのだな」

 気の毒そうな顔をするな。

「トールさんと組んで多少マシになったみたいですけど、一人だと色々物入りで稼げないんですよ。しかも余裕がないのに、身入りの良くない依頼を受けたりするし」

 ヴァンネーネンまでが沈鬱な面持ちでそんなことを言う。

「ふむ……総合的に考えて、ジャスレイどのの剣が失われたことについて、非はこちらにあるか。あいわかった、安心なされよ。此度の任務を無事終えたならば、代替品を進呈しよう」

「え……そう?」

 あっさりと弁償の話になって拍子抜けする。

「このバンフレッフ、約したことを違えはせぬ。失礼ながらあの程度のものであれば、屋敷に帰れば我が郎党のために打たせた剣がごろごろしておる。一振りくらいどうということはない。ほとんど使っておらぬものもあったように思うしな」

 騎士だからなのか密偵だからなのか、その両方を兼ねているからなのか。バンフレッフは第一印象通りの羽振りの良さで俺を黙らせたのだった。

 ……金がないって本当につらい。

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