第25話

「騎士様ったら、本当お上手。私なんかただの子持ちの中年女ですよ」

「なんということをおっしゃるのだ、フィンルーイどの。このようなひなにはもったいない美女ではござらんか」

「まあいやだ、ウフフ」

 ……なんだこれ。

 開けた途端の魔法や剣戟、人質交渉に脅迫に騙し合い。そんな諸々を覚悟して、俺は宿の台所の扉を開いたはずなのである。

 しかし今、俺の目の前に広がっているのは微妙に予想から外れた光景だ。

 台所の調理台の周りには、食堂から持ってきた丸椅子が置かれ、正面真ん中には五十がらみの体格のいい男が腰掛けていた。

 男は剣帯していて、見るからに仕立てが良い旅装を纏っていた。赤みがかった金髪をきれいに撫でつけ、鼻の下には整えられた髭を蓄えている。金のあるのが外見だけで伝わってくる、いかにもな伊達男だ。フィンルーイとテルミエルがその男を囲んで座り、談笑している。

「ジャス、ほんっとごめん」

 そう言って、両の手の平を顔の前で合わせる謎の仕草でトールが謝った。やつはといえば、ルルネとぴったりくっついて座っている。それ自体はいい。いざ全員で逃げることになった場合の懸念が一つ減った。問題はその二人を挟んで座る二人の女性の方だ。

「お久しぶりね?また会えてうれしいわ」

 そう言って笑ったのはマイアエイス。

「テメー、よくもこないだは騙してくれたな」

 獰猛な顔つきで歯を剥いたのがオリガンセン。

 予想しつつも恐れていた、ギンニール姉妹の襲来である。


「すまん、どういう状況か聞いてもいいか」

 とりあえず、オリガ以外の二人はすぐさま暴れだすような様子は見られないので、尋ねてみる。

「やや、これは失礼した!『エルフ殺し』のジャスレイどのとお見受けする」

 伊達男が今気づいた、みたいなそぶりで立ち上がった。

「どうも。ジャスレイだ。そちらは?」

「吾輩はバンフレッフ。メドリーニ王に仕える騎士である」

 ああー……

 めちゃめちゃ聞いたような名前だ。それもわりと最近。騎士であり密偵、確かそんな話だった。

「こっちの二人と一緒に現れた以上、彼女らはあんたの関係者なんだな?バンフレッフどの。メドリーニ王に仕える密偵仲間か?」

 つい皮肉を交えて言うと、オリガの方から攻撃的な魔法の匂いが漂ってきた。

「よさないか、オリガ。……不詳の弟子どもが失礼をしたようだな。ジャスレイどのがなかなか手強いもので、やり方を誤ってしまったのだ。それについてはお詫び申し上げる」

 遍歴騎士バンフレッフ卿がメドリーニ王の密偵だというのは、ヴァンネーネンから聞いた話だ。ただそれは、割と有名なことであるらしい。

 正体が割れているのになぜ密偵として成立するのかといえば、少なくとも人に見えるところでは、それとわかる行動をとらないらしいのだ。彼はあくまでも、遍歴の騎士にふさわしい活動をしながら、各地を旅している。諜報活動の証拠が出てこない以上、相手が密偵だとわかっていても、王の騎士を名乗られれば、それなりの待遇をせねばならない。

 ギンニール姉妹も基本的には同じだ。高名な冒険者であれば、領主も貴族も、ただの平民と侮りはしない。結果的に、一般の人族では立ち入れないような場所にも出入りできるわけだ。

「実際のところエルフの武器に関しては、渡さないというよりもというのが正しいんだがな。現状、俺にしか使えない状態なうえに、エルフに対して何の抑止力にも取引材料にもならない。彼女らはそれでも雇い主の意向に従う必要があると言ったが、あんたはどうなんだ、バンフレッフどの」

「それについても、弟子どもの報告から把握はしておる。我輩はこの件に関して、ある程度の裁量を任される光栄に預かっておるゆえ、こうしてこの目で真偽を確かめ、どう対処すべきか見極めにきたのだ」

 姉妹の前回の振る舞いからは、雇い主たるメドリーニ王の思惑までは読み取れなかった。とりあえずバンフレッフの言葉を信用するなら、すぐさまエルフに対して何か仕掛けるつもりでいるわけではなさそうだ。

「俺の個人的な意見を述べればだ、『エルフを殺せる剣』は、幻覚で人族をおびき寄せて食らう、人喰花のようなもんだぞ。持っていたところでエルフを本当に殺せるわけじゃないのに、こいつを使った悪さを企もうものなら、がすっ飛んできて、虫みたいに叩き潰される」

 駆け引きなしの本音を告げると、バンフレッフは髭を捻りながら考えるそぶりを見せた。

 俺は一応、善意で忠告をしているのだ。

 メドリーニ王が剣を使った悪さを企めばエルフに筒抜けになり、最終的には王が変わるか、王朝が変わるかのどちらかだ。それ自体は自業自得、歴史に学ばなかったのが悪いので同情の余地はない。

 ただ、そういった政変のとばっちりを受けるのは常に貧しき民衆である。今は安定している周辺諸国との関係も、王が変わればどうなるかわからない。森の向こうの山脈を越えればムルフニ王国だ。もし、かの国と戦争になれば、この村も無事では済むまい。

「少なくとも俺は、この物騒なものを手放すためにここまで来た。その後はエルフに返却するつもりだし、そもそも俺の行動はエルフに監視されている。この意味、高名なバンフレッフ卿ならばわかるだろう?」

「我らの動きもエルフに伝わり、メドリーニ王に叛意ありと判断されるかもしれない……そう言いたいのだな?」

 さすがに意図を違えず理解したようだ。

「そうだ。こちらとしては、俺がこれを手放すまで、邪魔をして欲しくない。人族全体のためにもだ」

 バンフレッフが目を閉じて長考に入ったので、目線だけで他の面々の様子を確認する。

 テルミエルは考えの読めない穏やかな笑顔で座っている。これはこの叔母のいつも通りの態度なので、まあいい。

 問題はフィンで、俺とバンフレッフの会話から何が起きているのか察したらしく、険しい顔でこちらを睨んでいる。場所を変えて話すべきだった。今更遅いけど。

 トールとルルネは変わらずくっついて座っている。さっきから殺気を隠すつもりのないオリガに怯えている様子のルルネの手をトールがしっかり握ってやっていた。助かる。おまえは本当にできたやつだ。

「初めのやり方には問題があったが、我らも邪魔ばかりしていたわけではないのだがな。ジャスレイどのも『エルフを殺せる剣』を欲するのが、メドリーニ王だけだとは思っておるまい?」

「だろうな。……まさかあんたらが何かしたと?」

「誰に雇われていたかまでは調べておらんが、今日までに二組ばかり、弟子どもがしておる」

 礼を言うべきか、勝手なことをと言うべきか。迷っているうちにバンフレッフはさらに言葉を続ける。

「我輩としては、問題のものを穏便に貰い受けることができれば、それに越したことはない。こちらの行動がエルフに伝わるのであればなおのこと。『里付き』のお嬢さんに尋ねたいのだが、剣の所有者が変わったとして、エルフに仇なす意思はない場合どうなるだろうか?」

 ヴァンネーネンが『里付き』なのもバレているわけだな。

「そもそも叛意なしと判断されるか、という部分は、私には何も言えませんけれど……もしそうなった場合は、今のジャスレイさんと同じく、監視付きででしょうね。ジャスレイさんの今の状況は、エルフの皆様の思惑に沿ったものですから」

 正体も目的も不明のヴーレの存在は、エルフにとっても何らかの対処が必要と判断された。

 俺は個人ではエルフに脅威とみなされず、囮を兼ねて監視付きの自由を与えられた。しかしそれだって、もし合意剣をどこかの王だの権力者だのに売り渡すそぶりがあったら、ヴァンネーネンはエルフに報告するだろう。下手すると彼女自身が暗殺者の役割も果たすのかもしれない。

「そもそも、エルフに何かする意図がないならば、なぜ剣を欲する。くどいようだが、相手の合意がないと殺せないんだぞ。エルフには剣の存在が知れ渡っているから、取引材料にもならない」

「残念ながら吾輩には、我が君の真の思惑まではわからぬ。確かに今聞いた情報を持ち帰れば、お心が変わる可能性もあるだろう。しかしだ……」

 バンフレッフは人好きのする顔を悲しげにしかめた。

「引き下がる前に、最大限やれることはやらねばな。そういうわけで、吾輩はこう言わねばならない。従姉妹どの一家の命が惜しければ、剣を渡してもらいたい。今度こそ本物の方をな」

 これだけ話して、結局前回と同じ展開じゃねえか!

「ああもう……まあちょっと待て。まだ話していないことがある。渡せ渡せと簡単に言うが、これを手放すには、あるエルフに会う必要があるんだ。その説明をしよう」


「では、剣はそなたにしか使えないだけでなく、思うだけで手元に戻る魔法がかかっていると」

「そうだ。そんなもの、持って行ったところでなんの意味がある?」

 俺だってただ手渡して済むならいっそそうしたいくらいだ。

「あら、だったら話は簡単よ。あなたが私たちと一緒にメドリーニ王のもとに行けばいい」

「無理矢理連れてく方法なら色々あるしねえ?」

 ギンニール姉妹が物騒な笑顔で口々に言う。まあやっぱりそういう話になるよな。

 しかも大問題なのは、俺がメドリーニ王に捕らえられても、エルフにはなんの影響もなく、助力も期待できない点だ。彼らはメドリーニ王が何か企んだら動くのだろうが、俺が監禁されているだけなら放置する。そもそも最初は『湖』で死ぬまで飼い殺しにする案まであったわけだから。

 しかしフィンたちに危害を加えられる事態は絶対に避けねばならない。とりあえずここはおとなしく従って、後でどうにか逃げ出すかだが……

「はいはい!意見!意見あります!」

 トールが突然手を上げて、大声で皆の注目を集めた。

「おい、黙ってろって言ったろ」

「よい、オリガ。少年よ、聞くだけなら聞いてやろうぞ」

 バンフレッフに諫められてオリガが口を閉じた。オリガのこの気短で血の気の多い性格は、本来ならマイアと二人で、飴と鞭の役割を果たすのだろう。まあマイアの方もたいして穏やかな人格ではないから、今のところあまり効果的ではないが。

「えーと、ジャスしか剣を使えないとか、回収しちゃう魔法がかかってるとか、それって全部、さっきジャスが言ったエルフに会うと解除できる。それならさ、バンフレッフさんか、こっちのおねーちゃんたちのどっちかに、使用登録者を変えてもらったらいいんじゃねえ?」

 ……んん?

 それは有りなのか。そもそも可能なのか……?

 

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